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第二節 おかわりはありますか?
Ep.1 放送室で何が起こりますか?
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夏の暑さはまだ学校の廊下にこびりついている。じわじわと僕達に抱き着いて襲ってくる。そんな感じがしてならない秋の夕暮れに嫌気が差していた。
部室の掃除という名目で掃除を始めたものの箒を持って扉を開けた瞬間、やる気を失くした。顔に吹きかかる熱風が僕の心から全てを吹き飛ばし、持っていた箒を床に落としていた。そして、僕は入る際に箒に躓いてすっ転んでいた。
「いてぇ……」
「自分で落とした箒で転ぶなよ。それとも何か? 痛いのが好きなのか?」
そう言うは暑さの中でだらだらと汗を流して座る理亜だった。いや、僕のことを指摘する理亜の方がマゾヒストではないだろうか。この灼熱地獄で、折角置いてある扇風機も使わずにただただいるだけなのだから。
「理亜だって頑張ってるじゃないか。何で、こんなところで我慢大会してるんだ?」
「発火の研究だ」
非現実なことを、きっぱり言われて反論もツッコミも出なかった。何も言わず、箒を置いて扇風機を起動させてもらう。理亜の汗が飛んだのか、扇風機はぐっしょりと濡れている。
そんな僕にヒヤッとする視線が理亜の方から飛んできた。どうやら何か反応を必要としていたらしい。
「へ、へぇ。凄いね」
「他に言うことはないのか……?」
「……そうだなぁ。学校は燃やさないでよ。放送室が出火の元だと分かったら色々面倒だから」
「安心しろ。炎上するのは、私じゃない」
「えっ、さっき、発火って……」
「ああ。炎上するのはSNSだ」
「やめろ、おい。更に面倒になる奴じゃねえか」
と言うか、それならば暑い部屋にいなくても良いのでは。そう思うもこれ以上、変な話を追求していっても気持ちが熱くなるだけだ。SNSの炎上よりも早く、僕の体が燃え上がってしまう。余計な追及をやめ、椅子に座って寛ぎ出した。
扉を開け、換気をして。教室にはない備品の扇風機もある。教室のエアコンと違って教師に許可を取る必要もないし、自由に使える。しっかり冷却すれば、他の教室よりも涼しさを感じられる場所となるのだ。
下手に今の時間に帰るより、放送部の活動をしているとの題目で暇を潰して。夜になって涼しくなってから帰宅する方が気持ち的にも良い。
快適なことを自覚して、途中で数学の課題について思い出す。ついでだから、やってしまおうとライトノベルを読み出した理亜の前で問題を解き出した。
そんな中、理亜が扇風機を擦りながら独り言つ。
「……そろそろか」
「ん?」
気付けば、扇風機がバチバチと変な音を立てていた。違う部類の寒さがこちらを襲ってくる。驚いた勢いでやっていた数学の課題をノートごと、机から叩き落としたのにも関わらず、僕はそんなこと気にしもせず、扇風機の方に注目する。
何だか煙も上がっているように見えるのだけれども。
「ちょ、ちょちょちょい!? 何か早速目の前で事件が起きてんだけど!? えっ!? 何?」
僕が慌てていても、理亜は酷く冷静だ。まるで何もかもを見抜いているよう。まさか、今回もまた事件の犯人も全て分かっているのだろうか。
「ふふっ」
「理亜?」
今こそ推理ショーが始まる、かと思ったのだが。
「いや、扇風機を冷やしたら更に気持ち良いかなぁと冷蔵庫で冷やした水をぶっかけてみたんだが……ううん、失敗だったか」
思わずまたも転びそうになった。犯人が理亜ならば、彼女自身真実を知っているは当然のこと。
「何、やってんだ……学校をマジで火事にする気だったのかよ……」
「迂闊だったな。やっぱ、電気機械をそう安易に信用しちゃいけないんだな」
「僕は電気機器よりも理亜を信用できないよ」
そう言っているうちに理亜は扇風機のスイッチを止めて、確かめていく。「こりゃあダメだなぁ」とのこと。理亜がダメにしたのだろう。なんて考えているも実はほとんど扇風機も壊れかけていた。途中で勝手に止まったり、強にしてあるはずなのに弱の風しか来なかったり。彼女が水を掛けていなくとも、時間の問題だったのだろう。
良く言えば、理亜が最期に水を掛けてあげたことで最後に一回扇風機が「最後にお前達に素敵な風を送ってやろう」と本領を発揮することができたのか。こんなポジティブな解釈を口にしたら理亜がつけあがるだろうから、伝える気はさらさらないが。
理亜の背中をただただ見つめていることにする。そんな彼女の懐から、ボールペンがポトリと落ちた。
「あっ、理亜」
「悪い、拾ってくれ」
「全く……自分で拾えよな」
理亜がこちらに命令してくることにぶつくさ言いながらも結局渡すことにする。何だか少し普通のボールペンと違う重量感があった。そこに首を傾げていると、彼女から返答がやってくる。
「どうした?」
「いや、これ、普通のボールペン?」
「よく気付いたな。これはペン型の録音機だ。横にあるスイッチを押すと、オンにできる」
「えっ?」
おっと、とんでもないものが出てきましたか。驚きを隠しえない僕に彼女は次々と情報をぶつけてきた。
「そりゃ、お前の筆箱にこっそり入れて朝おはようから、夜おやすみまで聞くためだ」
「冗談きついね」
その言葉に彼女は目を見開き、「えっ?」と高い声を出す。何か、僕はおかしいことを言ったのだろうか。そこまで感覚がずれた話をした覚えはないのだが。
取り敢えず、彼女のペースに飲まれると危険なので僕が話して主導権を得ようとした。
「で、それって朗読コンテストの練習用に使うための」
としようとしたが無理だ。彼女を僕の思い通りに動かそうとするのは無理。分かっていたことだった。彼女はどんどん自分の考えで動いていく。
「ああ、じゃ、この扇風機処分してくるから。ここで発火されても困るしな。待っててくれ……って言っても、帰ってもいいんだがな」
「そうだなって言っても、折角課題をやり始めたんだし、いいところまでやってから帰ることにするよ」
「真面目だな。いや、いつだってお前は真面目だな。特に下半身とか」
「下ネタはやめろっ!」
僕が吠えている間に彼女はそそくさと扇風機を担いで、外に出て行った。僕も手伝おうとしたのだが、「軽いし、問題ない。一人でやった方がいい」とのこと。
彼女に任すことにして部屋に戻ると、例のボールペンが置かれていた。
「あれ……理亜……?」
置いて行っているんではないか。これを使って誰かの筆箱に入れれば、その人の自然な会話を盗聴できる、か。考えていると一つ声がした。
「くれぐれも悪用するんじゃないぞ」
「へっ?」
「じゃ!」
理亜が放送室から出ていく姿が見えた。一度戻ってからわざわざ僕に忠告するとは。彼女が何をしたいのかも分からない。
彼女の霊圧が完全に消えた後の放送室。このペンを悪用、か。
「……これを……職員室に隠しておけばテストの点、取り放題かな」
変なことを呟いてみたところ。
「あら、面白そうね」
「おいおい、まだいるのかよ、理亜」
振り返った先にいたのは、理亜ではない。
クレーマーと名高い少女。その栗色ポニーテールを持つ、殺意の塊は僕にこう告げた。
「面白そうね。性根の腐りきったアンタの顔が絶望の底に落ちていく、姿を見るってのはね」
部室の掃除という名目で掃除を始めたものの箒を持って扉を開けた瞬間、やる気を失くした。顔に吹きかかる熱風が僕の心から全てを吹き飛ばし、持っていた箒を床に落としていた。そして、僕は入る際に箒に躓いてすっ転んでいた。
「いてぇ……」
「自分で落とした箒で転ぶなよ。それとも何か? 痛いのが好きなのか?」
そう言うは暑さの中でだらだらと汗を流して座る理亜だった。いや、僕のことを指摘する理亜の方がマゾヒストではないだろうか。この灼熱地獄で、折角置いてある扇風機も使わずにただただいるだけなのだから。
「理亜だって頑張ってるじゃないか。何で、こんなところで我慢大会してるんだ?」
「発火の研究だ」
非現実なことを、きっぱり言われて反論もツッコミも出なかった。何も言わず、箒を置いて扇風機を起動させてもらう。理亜の汗が飛んだのか、扇風機はぐっしょりと濡れている。
そんな僕にヒヤッとする視線が理亜の方から飛んできた。どうやら何か反応を必要としていたらしい。
「へ、へぇ。凄いね」
「他に言うことはないのか……?」
「……そうだなぁ。学校は燃やさないでよ。放送室が出火の元だと分かったら色々面倒だから」
「安心しろ。炎上するのは、私じゃない」
「えっ、さっき、発火って……」
「ああ。炎上するのはSNSだ」
「やめろ、おい。更に面倒になる奴じゃねえか」
と言うか、それならば暑い部屋にいなくても良いのでは。そう思うもこれ以上、変な話を追求していっても気持ちが熱くなるだけだ。SNSの炎上よりも早く、僕の体が燃え上がってしまう。余計な追及をやめ、椅子に座って寛ぎ出した。
扉を開け、換気をして。教室にはない備品の扇風機もある。教室のエアコンと違って教師に許可を取る必要もないし、自由に使える。しっかり冷却すれば、他の教室よりも涼しさを感じられる場所となるのだ。
下手に今の時間に帰るより、放送部の活動をしているとの題目で暇を潰して。夜になって涼しくなってから帰宅する方が気持ち的にも良い。
快適なことを自覚して、途中で数学の課題について思い出す。ついでだから、やってしまおうとライトノベルを読み出した理亜の前で問題を解き出した。
そんな中、理亜が扇風機を擦りながら独り言つ。
「……そろそろか」
「ん?」
気付けば、扇風機がバチバチと変な音を立てていた。違う部類の寒さがこちらを襲ってくる。驚いた勢いでやっていた数学の課題をノートごと、机から叩き落としたのにも関わらず、僕はそんなこと気にしもせず、扇風機の方に注目する。
何だか煙も上がっているように見えるのだけれども。
「ちょ、ちょちょちょい!? 何か早速目の前で事件が起きてんだけど!? えっ!? 何?」
僕が慌てていても、理亜は酷く冷静だ。まるで何もかもを見抜いているよう。まさか、今回もまた事件の犯人も全て分かっているのだろうか。
「ふふっ」
「理亜?」
今こそ推理ショーが始まる、かと思ったのだが。
「いや、扇風機を冷やしたら更に気持ち良いかなぁと冷蔵庫で冷やした水をぶっかけてみたんだが……ううん、失敗だったか」
思わずまたも転びそうになった。犯人が理亜ならば、彼女自身真実を知っているは当然のこと。
「何、やってんだ……学校をマジで火事にする気だったのかよ……」
「迂闊だったな。やっぱ、電気機械をそう安易に信用しちゃいけないんだな」
「僕は電気機器よりも理亜を信用できないよ」
そう言っているうちに理亜は扇風機のスイッチを止めて、確かめていく。「こりゃあダメだなぁ」とのこと。理亜がダメにしたのだろう。なんて考えているも実はほとんど扇風機も壊れかけていた。途中で勝手に止まったり、強にしてあるはずなのに弱の風しか来なかったり。彼女が水を掛けていなくとも、時間の問題だったのだろう。
良く言えば、理亜が最期に水を掛けてあげたことで最後に一回扇風機が「最後にお前達に素敵な風を送ってやろう」と本領を発揮することができたのか。こんなポジティブな解釈を口にしたら理亜がつけあがるだろうから、伝える気はさらさらないが。
理亜の背中をただただ見つめていることにする。そんな彼女の懐から、ボールペンがポトリと落ちた。
「あっ、理亜」
「悪い、拾ってくれ」
「全く……自分で拾えよな」
理亜がこちらに命令してくることにぶつくさ言いながらも結局渡すことにする。何だか少し普通のボールペンと違う重量感があった。そこに首を傾げていると、彼女から返答がやってくる。
「どうした?」
「いや、これ、普通のボールペン?」
「よく気付いたな。これはペン型の録音機だ。横にあるスイッチを押すと、オンにできる」
「えっ?」
おっと、とんでもないものが出てきましたか。驚きを隠しえない僕に彼女は次々と情報をぶつけてきた。
「そりゃ、お前の筆箱にこっそり入れて朝おはようから、夜おやすみまで聞くためだ」
「冗談きついね」
その言葉に彼女は目を見開き、「えっ?」と高い声を出す。何か、僕はおかしいことを言ったのだろうか。そこまで感覚がずれた話をした覚えはないのだが。
取り敢えず、彼女のペースに飲まれると危険なので僕が話して主導権を得ようとした。
「で、それって朗読コンテストの練習用に使うための」
としようとしたが無理だ。彼女を僕の思い通りに動かそうとするのは無理。分かっていたことだった。彼女はどんどん自分の考えで動いていく。
「ああ、じゃ、この扇風機処分してくるから。ここで発火されても困るしな。待っててくれ……って言っても、帰ってもいいんだがな」
「そうだなって言っても、折角課題をやり始めたんだし、いいところまでやってから帰ることにするよ」
「真面目だな。いや、いつだってお前は真面目だな。特に下半身とか」
「下ネタはやめろっ!」
僕が吠えている間に彼女はそそくさと扇風機を担いで、外に出て行った。僕も手伝おうとしたのだが、「軽いし、問題ない。一人でやった方がいい」とのこと。
彼女に任すことにして部屋に戻ると、例のボールペンが置かれていた。
「あれ……理亜……?」
置いて行っているんではないか。これを使って誰かの筆箱に入れれば、その人の自然な会話を盗聴できる、か。考えていると一つ声がした。
「くれぐれも悪用するんじゃないぞ」
「へっ?」
「じゃ!」
理亜が放送室から出ていく姿が見えた。一度戻ってからわざわざ僕に忠告するとは。彼女が何をしたいのかも分からない。
彼女の霊圧が完全に消えた後の放送室。このペンを悪用、か。
「……これを……職員室に隠しておけばテストの点、取り放題かな」
変なことを呟いてみたところ。
「あら、面白そうね」
「おいおい、まだいるのかよ、理亜」
振り返った先にいたのは、理亜ではない。
クレーマーと名高い少女。その栗色ポニーテールを持つ、殺意の塊は僕にこう告げた。
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