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第一節 1080°回った御嬢様
Ep.13 立ち上がれ! 未来を生きる少年たちよ!
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僕が叫んだ瞬間、息切れをして自転車を急停止させたナノカ。横に大きく転倒してしまう。僕に対し、突然の行動で怒りを感じていただろう。訳が分からない間は顔をしかめて、こちらを怒鳴ろうとする。するのだが、すぐに僕の考えに気が付いた。
あの時、僕が彼女を驚かしていなかったのであれば、たぶんそのまま……いや、考えるだけでも恐ろしい。
ナノカは自転車を元に戻してから、僕の方に頭を下げた。
「ご、ごめんね。前が見えてなかったわ……ありがとう。おかげで助かったわ」
「僕もそれしか止める方法が無くて、ごめん……擦り傷とか打撲とか大丈夫!?」
「大丈夫よ。ありがとね……ただ自転車が変になっちゃったかもだから……情真くん、さっきに行っててもらってもいい?」
「うん。そうなったのは僕の責任だからね。安心して。必ず止めてくる!」
「頼んだわよっ!」
怪我をさせてしまったことに関して彼女に申し訳なく思っている。それと同時に今は自己嫌悪の時間ではないと考えた。
桐太を少しでも早く止めなければ。ナノカは「すぐ近くの坂から降りた黄色い屋根の家よ!」と教えてくれたから、もう場所が分からないこともない。
「任せてっ!」
必ず助けなくては。ナノカが必死になって助けようとしていた想いを継いでいる。失敗することは許されない。
雲が動く空の音が妙に騒がしい。それでも構わず、自分の中にある不安を無視して前に進んだ。
強い決意で坂の前に辿り着き、上に視線を向ける。厳しい坂ではあるが、へたばるものかと大奮起。途端に虚ろな目でこちらに走ってくる自転車に乗った少年の姿が視界に入った。生気が感じ取れない。それでいて、車輪は酷いスピードで回っている。
「まさか……あいつが桐太か……!?」
高校生と思えるような背格好に理亜の言っていた可愛い顔。十中八九、桐太に違いない。
復讐をするために心を失ったのか。しかし、このままでは復讐をする前に坂の下にあるガードレールを突っ切って、車道に飛び込んでしまう。
寒気がして、胸の中に不快な感情が込み上げてきた。嫌な未来も見えてしまう。
「ちょっと待てぇ!」
自分でも意図せず声が出ていた。何をすべきかは頭で分かっていた。自分の自転車を放って、坂を駆け上がる。
何としてでも彼を止めなければ、僕が思っている以上の最悪な事態になってしまう。 まだあの速さなら、彼を止められる。止められなくとも、後ろから引っ張って減速ができるはず。
今、ここで彼の物語を終わらす訳にはいかない。彼にだって、これからやりたいことがあるはずだ。
暴れる心臓の音を超える勢いで、喉から血が出る覚悟で叫んでみせる。
「止まれぇええええ!」
そうして前に出るも、冷たい風が頬を切り付けるだけ。僕の隣を彼はとんでもないスピードで横切っていった。
僕では彼の気を引くことも、進んでいく自転車を掴むこともできなかった。ただ一つ、後悔することしかできない。
「洒落になんないんだよ……どうして止まんないんだよ! 止められないんだよっ!」
足が棒のようになって、もう動けるのもあと僅か。坂の下まで到底行けない、止める力が僕にはないと泣きそうになりながら、諦めかけた。その絶望間際の瞬間だった。
希望の光が叫び声を上げる。
「そこ、危ないっての! 眼を覚ましなさいよっ!」
鋭く尖った声に僕の心が飛び跳ねた。この特徴ある大声を出せるのは、僕の知っている中ではナノカだけ。風紀委員でありつつも応援委員の方も務めている彼女。 彼女は坂の下で彼の勢いを受け止める気でいた。真正面で止められなかった僕とは違い、彼女は怖気づくこともない。
その力が彼の意識を呼び覚ました。
「えっ!? 何っ!? ううんっ!?」
自転車に乗った彼が気が付き、素っ頓狂な声を出す。すぐさま彼は地面に足を付け、ナノカを避ける。ギギギギィーッと耳がつんざくような音を響かせながら、自転車を止めようとする。ガードレールへの衝突と彼の転倒は避けられなかったものの、軽い怪我で済んだ。
ヒヤヒヤしていた僕はそのまま全身の力が抜け、立てなくなってしまう。数秒休んでから、再び歩き始めてナノカの方に行くと、彼は何ともなさそうな顔で立っていた。
生きている。ちゃんと目を動かせている。「んあっ」と声を出している。鼻水を滅茶苦茶鼻から垂らしている。
そんな彼に一応、確認を取っておく。
「君は桐太でいいんだよね?」
彼は「は、はい!」と答えながら、僕にくしゃみを飛ばしてきた。彼の止まらないくしゃみ。彼の顔もどんどんと火照っていく。次にナノカの顔まで赤くなっているが、その前に僕が落ち着いて制止しておく。
「ナノカ……桐太のやろうとしていたこととかに怒りたいのは分かるんだけどさ。僕の制服の惨状を見たら……風邪だってことも分かるだろ? 説教するのは後にして、今は彼を家へ運んでやろう」
桐太は僕がそう言っているのに「自分でいきます! 後で買い物も行きます! くしゅんっ!」などとのたまっている。マスクもしないでウイルステロでも起こすつもりなのだろうか、こいつは。
ナノカはその態度にも苛ついたらしく、文句を飛ばす。
「ちょっと……何で……桐太くんは出掛けてるの!? 風邪なら寝てなさいよ!」
「いやぁ、今親が出掛けてて、それで熱に浮かされてる妹がどうしてもアイスが食べたいって言ってて! ううっ、くしゅん!」
僕はナノカを庇うために前へ出た。そのために彼の鼻水と彼女のツッコミが僕に直撃する。
「我慢してもらいなさいよぉ!」
壊れそうな耳に手を当ててから気を取り直す。彼をそのまま家に送り届けてから、坂に放ってきた自転車をナノカと二人で取りに行く。駐車違反で持っていかれてなかったことにホッとしたのは内緒だ。
さて、僕の見た限りでは何もかもが降り出しだ。僕はここまでやってきたことについて振り返った。
「ナノカ……今回の事故について、何か悪い意思があったようにはどうにもこうにも思えないんだよね。復讐考えそうな顔してなかったし」
「顔って……。まぁ、確かにそんなことやりそうな度胸もなかったかも。あっ、ティッシュあげるから、制服に付いた汚いの取っときなさいよね」
「あ、ありがとう」
ナノカも僕も困惑して、首を傾ける。一体、僕とナノカの推理が間違っていたのだろうか。首を捻り、寝違える位にまで痛めても、分からない。
疑問の深淵に囚われる中でふと電話が鳴り響く。全てが始まった瞬間と同じだ。今度はナノカが飛び掛かってきても二人一緒に倒れないようにと注意しながら、電話に出た。
相手は理亜。声の調子から何だか嬉しそうな彼女の心持ちが伝わってくる。
『おい、結局どうなったんだ? 何やら騒いでコンビニの方から飛んでくナノカとお前が見えたんだが』
「ああ……それならね」
きっと何も解けやしない。僕たちの推理を大間違いだと言って笑うだけ笑って、終わりだろう。毎度毎度僕をからかってくる理亜にそういった呆れの気持ちを抱きつつ、起こったことをありのままに説明した。
しかし、理亜は僕の後に続けて、不思議なことを口にし始めた。
『お前たちが悩んでいることに対する全ての答えが出た。教えてやる。だから学校から最寄りの駅へ来い。待ってるから、事故には十分注意してな』
あの時、僕が彼女を驚かしていなかったのであれば、たぶんそのまま……いや、考えるだけでも恐ろしい。
ナノカは自転車を元に戻してから、僕の方に頭を下げた。
「ご、ごめんね。前が見えてなかったわ……ありがとう。おかげで助かったわ」
「僕もそれしか止める方法が無くて、ごめん……擦り傷とか打撲とか大丈夫!?」
「大丈夫よ。ありがとね……ただ自転車が変になっちゃったかもだから……情真くん、さっきに行っててもらってもいい?」
「うん。そうなったのは僕の責任だからね。安心して。必ず止めてくる!」
「頼んだわよっ!」
怪我をさせてしまったことに関して彼女に申し訳なく思っている。それと同時に今は自己嫌悪の時間ではないと考えた。
桐太を少しでも早く止めなければ。ナノカは「すぐ近くの坂から降りた黄色い屋根の家よ!」と教えてくれたから、もう場所が分からないこともない。
「任せてっ!」
必ず助けなくては。ナノカが必死になって助けようとしていた想いを継いでいる。失敗することは許されない。
雲が動く空の音が妙に騒がしい。それでも構わず、自分の中にある不安を無視して前に進んだ。
強い決意で坂の前に辿り着き、上に視線を向ける。厳しい坂ではあるが、へたばるものかと大奮起。途端に虚ろな目でこちらに走ってくる自転車に乗った少年の姿が視界に入った。生気が感じ取れない。それでいて、車輪は酷いスピードで回っている。
「まさか……あいつが桐太か……!?」
高校生と思えるような背格好に理亜の言っていた可愛い顔。十中八九、桐太に違いない。
復讐をするために心を失ったのか。しかし、このままでは復讐をする前に坂の下にあるガードレールを突っ切って、車道に飛び込んでしまう。
寒気がして、胸の中に不快な感情が込み上げてきた。嫌な未来も見えてしまう。
「ちょっと待てぇ!」
自分でも意図せず声が出ていた。何をすべきかは頭で分かっていた。自分の自転車を放って、坂を駆け上がる。
何としてでも彼を止めなければ、僕が思っている以上の最悪な事態になってしまう。 まだあの速さなら、彼を止められる。止められなくとも、後ろから引っ張って減速ができるはず。
今、ここで彼の物語を終わらす訳にはいかない。彼にだって、これからやりたいことがあるはずだ。
暴れる心臓の音を超える勢いで、喉から血が出る覚悟で叫んでみせる。
「止まれぇええええ!」
そうして前に出るも、冷たい風が頬を切り付けるだけ。僕の隣を彼はとんでもないスピードで横切っていった。
僕では彼の気を引くことも、進んでいく自転車を掴むこともできなかった。ただ一つ、後悔することしかできない。
「洒落になんないんだよ……どうして止まんないんだよ! 止められないんだよっ!」
足が棒のようになって、もう動けるのもあと僅か。坂の下まで到底行けない、止める力が僕にはないと泣きそうになりながら、諦めかけた。その絶望間際の瞬間だった。
希望の光が叫び声を上げる。
「そこ、危ないっての! 眼を覚ましなさいよっ!」
鋭く尖った声に僕の心が飛び跳ねた。この特徴ある大声を出せるのは、僕の知っている中ではナノカだけ。風紀委員でありつつも応援委員の方も務めている彼女。 彼女は坂の下で彼の勢いを受け止める気でいた。真正面で止められなかった僕とは違い、彼女は怖気づくこともない。
その力が彼の意識を呼び覚ました。
「えっ!? 何っ!? ううんっ!?」
自転車に乗った彼が気が付き、素っ頓狂な声を出す。すぐさま彼は地面に足を付け、ナノカを避ける。ギギギギィーッと耳がつんざくような音を響かせながら、自転車を止めようとする。ガードレールへの衝突と彼の転倒は避けられなかったものの、軽い怪我で済んだ。
ヒヤヒヤしていた僕はそのまま全身の力が抜け、立てなくなってしまう。数秒休んでから、再び歩き始めてナノカの方に行くと、彼は何ともなさそうな顔で立っていた。
生きている。ちゃんと目を動かせている。「んあっ」と声を出している。鼻水を滅茶苦茶鼻から垂らしている。
そんな彼に一応、確認を取っておく。
「君は桐太でいいんだよね?」
彼は「は、はい!」と答えながら、僕にくしゃみを飛ばしてきた。彼の止まらないくしゃみ。彼の顔もどんどんと火照っていく。次にナノカの顔まで赤くなっているが、その前に僕が落ち着いて制止しておく。
「ナノカ……桐太のやろうとしていたこととかに怒りたいのは分かるんだけどさ。僕の制服の惨状を見たら……風邪だってことも分かるだろ? 説教するのは後にして、今は彼を家へ運んでやろう」
桐太は僕がそう言っているのに「自分でいきます! 後で買い物も行きます! くしゅんっ!」などとのたまっている。マスクもしないでウイルステロでも起こすつもりなのだろうか、こいつは。
ナノカはその態度にも苛ついたらしく、文句を飛ばす。
「ちょっと……何で……桐太くんは出掛けてるの!? 風邪なら寝てなさいよ!」
「いやぁ、今親が出掛けてて、それで熱に浮かされてる妹がどうしてもアイスが食べたいって言ってて! ううっ、くしゅん!」
僕はナノカを庇うために前へ出た。そのために彼の鼻水と彼女のツッコミが僕に直撃する。
「我慢してもらいなさいよぉ!」
壊れそうな耳に手を当ててから気を取り直す。彼をそのまま家に送り届けてから、坂に放ってきた自転車をナノカと二人で取りに行く。駐車違反で持っていかれてなかったことにホッとしたのは内緒だ。
さて、僕の見た限りでは何もかもが降り出しだ。僕はここまでやってきたことについて振り返った。
「ナノカ……今回の事故について、何か悪い意思があったようにはどうにもこうにも思えないんだよね。復讐考えそうな顔してなかったし」
「顔って……。まぁ、確かにそんなことやりそうな度胸もなかったかも。あっ、ティッシュあげるから、制服に付いた汚いの取っときなさいよね」
「あ、ありがとう」
ナノカも僕も困惑して、首を傾ける。一体、僕とナノカの推理が間違っていたのだろうか。首を捻り、寝違える位にまで痛めても、分からない。
疑問の深淵に囚われる中でふと電話が鳴り響く。全てが始まった瞬間と同じだ。今度はナノカが飛び掛かってきても二人一緒に倒れないようにと注意しながら、電話に出た。
相手は理亜。声の調子から何だか嬉しそうな彼女の心持ちが伝わってくる。
『おい、結局どうなったんだ? 何やら騒いでコンビニの方から飛んでくナノカとお前が見えたんだが』
「ああ……それならね」
きっと何も解けやしない。僕たちの推理を大間違いだと言って笑うだけ笑って、終わりだろう。毎度毎度僕をからかってくる理亜にそういった呆れの気持ちを抱きつつ、起こったことをありのままに説明した。
しかし、理亜は僕の後に続けて、不思議なことを口にし始めた。
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