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第一節 1080°回った御嬢様
Ep.10 今、そこにヒントガール
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山田くんはこちらの様子を神妙な顔で見つめている。
「はぁ? それは中学までだろ。ここにはねぇよ」
「えっ?」
そんな疑問を抱いているうちに山田くんは「次からは気を付けてくれよな。お前等がいないと色々気になって、練習になんねえぜ」と言って、自分の席に戻っていった。何を気にしているんだろうか、彼は。
その後が大変だった。休み時間になる度に後ろから唸り声のサイレンが聞こえてくる。ナノカによる懺悔のBGMが僕の居眠りを妨げてきた。
「ああ……風紀委員の仕事に集中してて忘れてた……本当にワタシって……ああ、ダメダメのダメ!」
「ナノカ、別に一回位サボったって問題ないんじゃ」
「一回位? そんな気構えがダメなのよ! 情真くんももっと罪悪感を持って! ああ……注意する側が注意されるなんて、あってならないことよっ!」
ネガティブながらも彼女の偉大さは伝わってくる。人に注意する人間が相手と同じことをやっていたら、説得力が全くない。そんなことを考えて彼女はクレームをしているのだ。
子供に注意しつつも自分で同じことをやっている大人と比べても、彼女はずっと大人で真面目だ。彼女の素敵なところを称えるためにも今は落ち込んでいるのを何とかしなくては。
別の話題を切り出すことにした。
「その調子じゃ、今日の英語のテストもままならないね」
余裕たっぷりな僕が彼女を導いてあげる。わざと挑発すると彼女が元気になるはずだ、確か。
「ああ、そう言えば英語表現のテストがあったわね」
「ん?」
「えっ? 英語表現よね」
「コミュニケーション英語じゃなくて……あっ、文法の方だった。ヤバい。何も勉強してねぇ!」
「はぁ……」
デジャヴを感じる。前も自分が理科と認識していて物理の教科書しか学校に持ってこなかったことがあり、地面に這いつくばってナノカに「生物の教科書、見せてください」と頼み込んだことがある。
今度は焦る番だ。テスト中にナノカから「あっ、ちょっと教科書見せてもらっていい?」なんて言える訳がない。ナノカはまたも僕にツッコミを入れるだろう。「しっかり言葉を使いなさいよ」と。
言われて、また何かが引っ掛かった。
言葉。そのせいで何度もトラブルに起こすことがあったり、巻き込まれることがあったり。 普段の日常、そこで交わされる会話の節々に違和感や既視感が潜んでいる。何かが僕の脳みその中で詰まっている。ただそれがいきなり飛び出てくる訳でもないから、「謎は全て解けた! そうだったのか!」と学校を飛び出すこともできない。いや、謎が解けたとしても普通に授業をバックレる勇気もないのだが。
ただただクラスに他の人が飛び込んでくるごとにビクついていた。桐太に関する変な噂が入ってくるか、来ないか。その挙動が酷く、僕の様子に気付いたクラスメイトの誰かが「あっ、また、電マが動いた」と勝手なあな名をつけていた。情真、電マ。似ても似つかない。
何も進まないまま、それでも何も起きないまま一日が過ぎていく。
気付けば放課後で下駄箱の前にある通路でぼーっと突っ立っていた。後ろから来た理亜が「何をしてるんだ? この変態」と言ってきたところで、現実に呼び戻されていく。
取り敢えず変態呼びは、自然と消えていくはずだからスルーして。
彼女の問いに答えたところで共に榎田さんの存在にも気が付いた。彼女は理亜の隣から僕に、弾んだ声を掛けてくる。
「じょーくん! 何も動かなかったから、石になっちゃったのかと思いました」
「ん? じょー……僕のことで間違いないんだね。心配してくれてありがと。ごめんね。考え事に集中してたんだよ」
桐太の件を、ね。そう心の中で付け足していたら、彼女からとんでもない予測が飛んできた。
「ははぁ、もしかして。ナノカちゃんのことですか?」
僕は口をあんぐりと開ける。確かにこの件の中でナノカと触れ合うごとにときめいていた。中らずと雖も遠からず。一応、心は見透かされていたみたいだ。
言いにくいけれども、このことは榎田さんにも知ってもらった方がいいだろう。唾を飲んで、話すことを決心した。
「ごめん。確かに僕はそういう感情をナノカに持ってるんだ」
「やっぱり! やっぱりですか!?」
「興味を持ってるところで水を差すようなんだけど、僕と彼女は結ばれない仲なんだよね。幾ら、仲良く見えたとしてもね」
苦しい現実が目の前に立ちはだかっている。ただ、彼女は顔を前に出して聞いてきた。
「どういうことなのです? はっ、まるでロミオとジュリエットみたいな親同士が結婚を許してくれないという仲なのですかっ!?」
全然違う。いや、確かに障害がある点については間違っていないか。
「他のところに好きな人がいるからさ。僕なんか恋の相手にはならないんだよ。中学から知り合って好きになった位の友情じゃあ、適わないね。なんてまぁ、この話、ナノカ以外のクラスメイトはみんな知ってる話なんだけど。つまんない話をした……」
「う、うぐ、なんて悲しい物語なのですかぁ」
「えっ?」
「友情や恋はあるのに、叶わない夢。悲しいですよ! うっ……うぐっ……」
そこまで感動的な話はしていない。何故か彼女は泣きだしそうになっているものだから、僕は取り乱しつつも話題を変える。彼女の話で気になっていたことだ。
「ええと、ええと、そのメロンジュエリーって何? 甘いのかな?」
その質問に榎田さんが目を点にして、理亜が腕を組んで唸っていた。先に僕の一言で落ち着いたらしき榎田さんが解説をしてくれる。
「あはは……何も知らなかったんですね。これはロミオとジュリエットというお互いの恋が認められることなく死んでしまう悲恋の小説ですよ」
その言葉を聞いて、こちらの耳の中で「甘いのかな?」との恥ずかしい発言が連続再生された。顔に熱を帯びながら、数秒前の自分をぶん殴りたいと思ってしまう。
その上、思う。僕の事情より重い例を出されるとは。考えてしまうではないか、まだ可能性はあると。絶望的な状況より、現状はマシなのだから。
思い悩んでいる僕に対し、榎田さんの方は「知らなかったんですね」と優しい笑顔で対応してくれていて、その隣から理亜が口を出す。
「みるく。元は小説じゃなくて、シェイクスピアが書いた悲劇の戯曲だ。まぁ、そういう舞台の話は小説としても知れ渡ってるから、勘違いしても仕方がないかな。ただまぁ、みるくたちの部活って合唱の他に歌の舞台もやるんだろ? だったら、解説本を見るのもいいな。役者の解説とかあって、演者の解説にもなるはずだ」
「なるほどです!」
僕は戯曲に関しては何も知らないため口は出せず。しかし、心の中で「今だ」と何かが呟いた。何が今、か。今襲え、という訳ではなかろう。違う理由だ。
今の話に注目しろ、と言うことか。思い返して、ハッとなった。小説でなくて、解説本がある。では、その逆も然り。
たった今、謎が全て解けた。
「はぁ? それは中学までだろ。ここにはねぇよ」
「えっ?」
そんな疑問を抱いているうちに山田くんは「次からは気を付けてくれよな。お前等がいないと色々気になって、練習になんねえぜ」と言って、自分の席に戻っていった。何を気にしているんだろうか、彼は。
その後が大変だった。休み時間になる度に後ろから唸り声のサイレンが聞こえてくる。ナノカによる懺悔のBGMが僕の居眠りを妨げてきた。
「ああ……風紀委員の仕事に集中してて忘れてた……本当にワタシって……ああ、ダメダメのダメ!」
「ナノカ、別に一回位サボったって問題ないんじゃ」
「一回位? そんな気構えがダメなのよ! 情真くんももっと罪悪感を持って! ああ……注意する側が注意されるなんて、あってならないことよっ!」
ネガティブながらも彼女の偉大さは伝わってくる。人に注意する人間が相手と同じことをやっていたら、説得力が全くない。そんなことを考えて彼女はクレームをしているのだ。
子供に注意しつつも自分で同じことをやっている大人と比べても、彼女はずっと大人で真面目だ。彼女の素敵なところを称えるためにも今は落ち込んでいるのを何とかしなくては。
別の話題を切り出すことにした。
「その調子じゃ、今日の英語のテストもままならないね」
余裕たっぷりな僕が彼女を導いてあげる。わざと挑発すると彼女が元気になるはずだ、確か。
「ああ、そう言えば英語表現のテストがあったわね」
「ん?」
「えっ? 英語表現よね」
「コミュニケーション英語じゃなくて……あっ、文法の方だった。ヤバい。何も勉強してねぇ!」
「はぁ……」
デジャヴを感じる。前も自分が理科と認識していて物理の教科書しか学校に持ってこなかったことがあり、地面に這いつくばってナノカに「生物の教科書、見せてください」と頼み込んだことがある。
今度は焦る番だ。テスト中にナノカから「あっ、ちょっと教科書見せてもらっていい?」なんて言える訳がない。ナノカはまたも僕にツッコミを入れるだろう。「しっかり言葉を使いなさいよ」と。
言われて、また何かが引っ掛かった。
言葉。そのせいで何度もトラブルに起こすことがあったり、巻き込まれることがあったり。 普段の日常、そこで交わされる会話の節々に違和感や既視感が潜んでいる。何かが僕の脳みその中で詰まっている。ただそれがいきなり飛び出てくる訳でもないから、「謎は全て解けた! そうだったのか!」と学校を飛び出すこともできない。いや、謎が解けたとしても普通に授業をバックレる勇気もないのだが。
ただただクラスに他の人が飛び込んでくるごとにビクついていた。桐太に関する変な噂が入ってくるか、来ないか。その挙動が酷く、僕の様子に気付いたクラスメイトの誰かが「あっ、また、電マが動いた」と勝手なあな名をつけていた。情真、電マ。似ても似つかない。
何も進まないまま、それでも何も起きないまま一日が過ぎていく。
気付けば放課後で下駄箱の前にある通路でぼーっと突っ立っていた。後ろから来た理亜が「何をしてるんだ? この変態」と言ってきたところで、現実に呼び戻されていく。
取り敢えず変態呼びは、自然と消えていくはずだからスルーして。
彼女の問いに答えたところで共に榎田さんの存在にも気が付いた。彼女は理亜の隣から僕に、弾んだ声を掛けてくる。
「じょーくん! 何も動かなかったから、石になっちゃったのかと思いました」
「ん? じょー……僕のことで間違いないんだね。心配してくれてありがと。ごめんね。考え事に集中してたんだよ」
桐太の件を、ね。そう心の中で付け足していたら、彼女からとんでもない予測が飛んできた。
「ははぁ、もしかして。ナノカちゃんのことですか?」
僕は口をあんぐりと開ける。確かにこの件の中でナノカと触れ合うごとにときめいていた。中らずと雖も遠からず。一応、心は見透かされていたみたいだ。
言いにくいけれども、このことは榎田さんにも知ってもらった方がいいだろう。唾を飲んで、話すことを決心した。
「ごめん。確かに僕はそういう感情をナノカに持ってるんだ」
「やっぱり! やっぱりですか!?」
「興味を持ってるところで水を差すようなんだけど、僕と彼女は結ばれない仲なんだよね。幾ら、仲良く見えたとしてもね」
苦しい現実が目の前に立ちはだかっている。ただ、彼女は顔を前に出して聞いてきた。
「どういうことなのです? はっ、まるでロミオとジュリエットみたいな親同士が結婚を許してくれないという仲なのですかっ!?」
全然違う。いや、確かに障害がある点については間違っていないか。
「他のところに好きな人がいるからさ。僕なんか恋の相手にはならないんだよ。中学から知り合って好きになった位の友情じゃあ、適わないね。なんてまぁ、この話、ナノカ以外のクラスメイトはみんな知ってる話なんだけど。つまんない話をした……」
「う、うぐ、なんて悲しい物語なのですかぁ」
「えっ?」
「友情や恋はあるのに、叶わない夢。悲しいですよ! うっ……うぐっ……」
そこまで感動的な話はしていない。何故か彼女は泣きだしそうになっているものだから、僕は取り乱しつつも話題を変える。彼女の話で気になっていたことだ。
「ええと、ええと、そのメロンジュエリーって何? 甘いのかな?」
その質問に榎田さんが目を点にして、理亜が腕を組んで唸っていた。先に僕の一言で落ち着いたらしき榎田さんが解説をしてくれる。
「あはは……何も知らなかったんですね。これはロミオとジュリエットというお互いの恋が認められることなく死んでしまう悲恋の小説ですよ」
その言葉を聞いて、こちらの耳の中で「甘いのかな?」との恥ずかしい発言が連続再生された。顔に熱を帯びながら、数秒前の自分をぶん殴りたいと思ってしまう。
その上、思う。僕の事情より重い例を出されるとは。考えてしまうではないか、まだ可能性はあると。絶望的な状況より、現状はマシなのだから。
思い悩んでいる僕に対し、榎田さんの方は「知らなかったんですね」と優しい笑顔で対応してくれていて、その隣から理亜が口を出す。
「みるく。元は小説じゃなくて、シェイクスピアが書いた悲劇の戯曲だ。まぁ、そういう舞台の話は小説としても知れ渡ってるから、勘違いしても仕方がないかな。ただまぁ、みるくたちの部活って合唱の他に歌の舞台もやるんだろ? だったら、解説本を見るのもいいな。役者の解説とかあって、演者の解説にもなるはずだ」
「なるほどです!」
僕は戯曲に関しては何も知らないため口は出せず。しかし、心の中で「今だ」と何かが呟いた。何が今、か。今襲え、という訳ではなかろう。違う理由だ。
今の話に注目しろ、と言うことか。思い返して、ハッとなった。小説でなくて、解説本がある。では、その逆も然り。
たった今、謎が全て解けた。
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