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第一節 1080°回った御嬢様
Ep.2 事件を呼び起こすクレーマーガール
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ふと思い出した。
昔のナノカはもう少しお淑やかで大人しい女の子だった気がする。中学一年生。一緒のクラスになってから「よろしくね」と明るい感じの挨拶をしてくれて、まず彼女の笑顔に一目惚れしたのだ。その時はまだ今のようにクレームなんてしていなかった。怒るなんてイメージもないし、よく僕が転んでいると穏やかな顔で「大丈夫」と処置をしてくれた。あの天使の笑顔が見れたのは僕なのか。それとも、誰か別の人にやっていたのか。今になっては分からないし、調べたくもない。
回想なんてものをしたが、別に今のクレーマー気質なナノカが前より嫌いになった訳ではない。怒ってくれるナノカも昔のナノカも変わらない。僕の中では可愛くて、頼りになる想い人なのである。
だからこそ、高校に出会ってナノカのことを完全に知りもしない人にとられたことが悔しかったのだろうか。
自分の感情を振り返っていると、購買でよく聞くおばちゃんの声が聞こえてきた。
「いらっしゃい」
ピークの時間は過ぎたのか、もう生徒はいない。その中でナノカはすぐ財布を出し、ショーケースの中を確かめていく。お目当てのものがあったようで、パッと顔が明るくなった。
「あっ、ラスク、あった! ラスクを一つお願いします!」
「分かったわ。それはいいけど、その子は?」
「その子? 粗大ごみ……じゃなくって、まぁ、ちょっとした連れです。気にしないでください」
「はいはい……あらあらぁ」
軽い対応に加えてニヤニヤな様子にナノカは顔を紅くして気持ちを吐き出していた。
「あの! べ、別に変な関係とかじゃありませんから! その点勘違いしないようにしてください!」
「分かったわ。はい。ラスク」
「ありがとうございます……ふぅ、やっと買えたわ」
ナノカは買い物を済ませ、僕を誰もいない部室が並ぶ通路まで拉致してきた。解放されたかと思えば、発声練習をさせられる始末。
「発泡スチロール美人め」
ちょこっと悪口を言ってみる。先程のお返しだ。
「何か言った? それにそこは八方美人でしょ?」
「そうそう」
「平然と人の悪口を言うな」
ポカンと頭に一発。彼女の優しい拳が入り込む。冷たい手がまた気持ち良い。自分がマゾヒストだとかそういうこと関係なく、彼女といれることが少々心地よい。
練習をしている間に何か重要なことを思い出す。
僕は逃げることにする。彼女の練習が厳しいから根を上げたなどの理由ではない。学生ならではの立派な理由だ。
「ああ……予習するの忘れてた!」
「いつも予習なんてしてないでしょうっ!」
「ま、まぁね……今日は世界史やっとかないとって」
「五時限目は物理よ」
「えっ、そうだった……あははは! やべぇ、宿題やってない……」
「アンタはねぇ……!」
こうして教師よりも恐ろしい説教を受けることとなる。ただ、この時間が好きなのだ。何にも縛られず、彼女といられる時間。青春とは言えないのかもしれないけれど。話していられる、彼女の呆れ笑いや本気の笑顔が時たまみられる、このふざけた時間が何よりも愛おしかった。
ただ無情にも心が騒いだまま、時間は過ぎていく。
月曜日の午後は酷く退屈だ。欠伸を四十連発の後には睡魔にど勝てなくなっていた。物理の女性教師が何か語るごとに僕の心は眠りの底へ底へと沈んでいく。最後の抵抗として配られたプリントにイラストを描こうと思うも、指に力が入らない。そのままお昼寝タイムが始まった。
それでも気付けば、放課後に。
少しやらなければならないことがあるから、教室に滞在する。少々危険なことをするとの事実に心をバクバクさせつつも、スマートフォンを起動させた。
さて、ゲームを始めよう。今日もログインボーナスを受け取って、メールを全て開いたらクエストに出掛けよう。
イベントの方も終わらせておかないと、と色々考えている間に誰かが僕の肩に手を置いた。
「ちょっと待って。今、忙しー」
「情真くん」
「えっ?」
誰も邪魔してこないし、電波も悪くない。最適なゲーム環境。振り返って確かめてみる。口を出してきたのは片方の頬を上げて、顔を引き攣らせているナノカだった。
「学校の校則って知ってる? 学内でスマホを触っちゃダメなんて」
当然、知っている。
「ああ、でも。まぁ、別にねぇ。校則なんて気にしてたら……あっ」
一瞬目を離したせいでクエスト失敗。ゲームオーバーになっていた。教室の中に「残念でした」とでも言うような人を小馬鹿にするBGMが鳴り響いていく。
「校則が一人一人破ってったらどうなると思う? 何でスマホをやっちゃいけないって校則があると思ってる?」
「何でだろ?」
「学校の中で極力、スマホによるトラブルがないようにとれっきとした理由があってねぇ! こういうことがあると! スマホで何か起きた時、スマホが悪いって責められるのよ!」
「バレなきゃ、いいじゃん」
「そういうことじゃないでしょ!」
彼女は机を叩いて、意見を主張してきた。このままだとスマートフォンが蹴り飛ばされかねない勢いだ。
ナノカの前ではゲームはやめるしかない。そもそも集中できないし。
鞄の中に入れて、帰ろうとしたところで着信音が鳴った。
「あれ……?」
着信をそのままにして出ようとすると、ナノカから声が掛かる。
「ちょっと、出ないの?」
ブーブー鳴っているが、すぐに鳴り止むとは思う。
「いや、別に……電源切っとくか」
「待ちなさいよ。親からの急な連絡だったら困るでしょ! 出なさい!」
「ええ……」
先程は学内でスマートフォンを使うなと言ったではないか。彼女に矛盾を指摘すると、すぐ反論される。
「そこはうまく使い分けなさいよ! アンタ、そういうの得意でしょ! ずる賢いんだから」
「……分かったよ」
「それでいいのよ。先生来ないか、見ててあげるから」
一応、事実を言っておく。
「知らない番号からだけど」
「もしかしたら、お母さんが他の人の電話をってこともあるでしょ。セールスだったら、『いりません』って切ればいいし。早くしなさい」
結局電話は鳴り止むことなく、僕を呼んでいる。
「もしもし、露雪情真です」
電話に出た、次の瞬間。
耳に衝撃が走った。
『どうかお願いします……助けてください! ぼくは今、今……人の命を奪ってしまうかもしれないんですっ!』
昔のナノカはもう少しお淑やかで大人しい女の子だった気がする。中学一年生。一緒のクラスになってから「よろしくね」と明るい感じの挨拶をしてくれて、まず彼女の笑顔に一目惚れしたのだ。その時はまだ今のようにクレームなんてしていなかった。怒るなんてイメージもないし、よく僕が転んでいると穏やかな顔で「大丈夫」と処置をしてくれた。あの天使の笑顔が見れたのは僕なのか。それとも、誰か別の人にやっていたのか。今になっては分からないし、調べたくもない。
回想なんてものをしたが、別に今のクレーマー気質なナノカが前より嫌いになった訳ではない。怒ってくれるナノカも昔のナノカも変わらない。僕の中では可愛くて、頼りになる想い人なのである。
だからこそ、高校に出会ってナノカのことを完全に知りもしない人にとられたことが悔しかったのだろうか。
自分の感情を振り返っていると、購買でよく聞くおばちゃんの声が聞こえてきた。
「いらっしゃい」
ピークの時間は過ぎたのか、もう生徒はいない。その中でナノカはすぐ財布を出し、ショーケースの中を確かめていく。お目当てのものがあったようで、パッと顔が明るくなった。
「あっ、ラスク、あった! ラスクを一つお願いします!」
「分かったわ。それはいいけど、その子は?」
「その子? 粗大ごみ……じゃなくって、まぁ、ちょっとした連れです。気にしないでください」
「はいはい……あらあらぁ」
軽い対応に加えてニヤニヤな様子にナノカは顔を紅くして気持ちを吐き出していた。
「あの! べ、別に変な関係とかじゃありませんから! その点勘違いしないようにしてください!」
「分かったわ。はい。ラスク」
「ありがとうございます……ふぅ、やっと買えたわ」
ナノカは買い物を済ませ、僕を誰もいない部室が並ぶ通路まで拉致してきた。解放されたかと思えば、発声練習をさせられる始末。
「発泡スチロール美人め」
ちょこっと悪口を言ってみる。先程のお返しだ。
「何か言った? それにそこは八方美人でしょ?」
「そうそう」
「平然と人の悪口を言うな」
ポカンと頭に一発。彼女の優しい拳が入り込む。冷たい手がまた気持ち良い。自分がマゾヒストだとかそういうこと関係なく、彼女といれることが少々心地よい。
練習をしている間に何か重要なことを思い出す。
僕は逃げることにする。彼女の練習が厳しいから根を上げたなどの理由ではない。学生ならではの立派な理由だ。
「ああ……予習するの忘れてた!」
「いつも予習なんてしてないでしょうっ!」
「ま、まぁね……今日は世界史やっとかないとって」
「五時限目は物理よ」
「えっ、そうだった……あははは! やべぇ、宿題やってない……」
「アンタはねぇ……!」
こうして教師よりも恐ろしい説教を受けることとなる。ただ、この時間が好きなのだ。何にも縛られず、彼女といられる時間。青春とは言えないのかもしれないけれど。話していられる、彼女の呆れ笑いや本気の笑顔が時たまみられる、このふざけた時間が何よりも愛おしかった。
ただ無情にも心が騒いだまま、時間は過ぎていく。
月曜日の午後は酷く退屈だ。欠伸を四十連発の後には睡魔にど勝てなくなっていた。物理の女性教師が何か語るごとに僕の心は眠りの底へ底へと沈んでいく。最後の抵抗として配られたプリントにイラストを描こうと思うも、指に力が入らない。そのままお昼寝タイムが始まった。
それでも気付けば、放課後に。
少しやらなければならないことがあるから、教室に滞在する。少々危険なことをするとの事実に心をバクバクさせつつも、スマートフォンを起動させた。
さて、ゲームを始めよう。今日もログインボーナスを受け取って、メールを全て開いたらクエストに出掛けよう。
イベントの方も終わらせておかないと、と色々考えている間に誰かが僕の肩に手を置いた。
「ちょっと待って。今、忙しー」
「情真くん」
「えっ?」
誰も邪魔してこないし、電波も悪くない。最適なゲーム環境。振り返って確かめてみる。口を出してきたのは片方の頬を上げて、顔を引き攣らせているナノカだった。
「学校の校則って知ってる? 学内でスマホを触っちゃダメなんて」
当然、知っている。
「ああ、でも。まぁ、別にねぇ。校則なんて気にしてたら……あっ」
一瞬目を離したせいでクエスト失敗。ゲームオーバーになっていた。教室の中に「残念でした」とでも言うような人を小馬鹿にするBGMが鳴り響いていく。
「校則が一人一人破ってったらどうなると思う? 何でスマホをやっちゃいけないって校則があると思ってる?」
「何でだろ?」
「学校の中で極力、スマホによるトラブルがないようにとれっきとした理由があってねぇ! こういうことがあると! スマホで何か起きた時、スマホが悪いって責められるのよ!」
「バレなきゃ、いいじゃん」
「そういうことじゃないでしょ!」
彼女は机を叩いて、意見を主張してきた。このままだとスマートフォンが蹴り飛ばされかねない勢いだ。
ナノカの前ではゲームはやめるしかない。そもそも集中できないし。
鞄の中に入れて、帰ろうとしたところで着信音が鳴った。
「あれ……?」
着信をそのままにして出ようとすると、ナノカから声が掛かる。
「ちょっと、出ないの?」
ブーブー鳴っているが、すぐに鳴り止むとは思う。
「いや、別に……電源切っとくか」
「待ちなさいよ。親からの急な連絡だったら困るでしょ! 出なさい!」
「ええ……」
先程は学内でスマートフォンを使うなと言ったではないか。彼女に矛盾を指摘すると、すぐ反論される。
「そこはうまく使い分けなさいよ! アンタ、そういうの得意でしょ! ずる賢いんだから」
「……分かったよ」
「それでいいのよ。先生来ないか、見ててあげるから」
一応、事実を言っておく。
「知らない番号からだけど」
「もしかしたら、お母さんが他の人の電話をってこともあるでしょ。セールスだったら、『いりません』って切ればいいし。早くしなさい」
結局電話は鳴り止むことなく、僕を呼んでいる。
「もしもし、露雪情真です」
電話に出た、次の瞬間。
耳に衝撃が走った。
『どうかお願いします……助けてください! ぼくは今、今……人の命を奪ってしまうかもしれないんですっ!』
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