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第一節 1080°回った御嬢様
Ep.1 熱情感情不思議なクレーマー
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ナノカが別の人を好きになった。彼女が近くの席に、前の席にいるのにも関わらず実際のことは聞けなかった。怖かったのだと思う。彼女が「そうよ! あの人のことが好きなのよ」と僕のことではなく、違う人のことを笑顔でつらつらと並べ上げる姿が。
たぶん嫉妬で頭がどうにかなってしまうだろう。
ただ聞かないだけでも悶々とすることは多々あった。彼女が「おはよう」と言うのも、前からプリントを渡す仕草も前と一緒。噂が立つ前と立った後とで変化が全くないのだ。
ポジティブな人間であれば、結局あの噂は嘘だったのかと切り捨てることができる。
僕のようなネガティブな人間は変なことを考える。今までの彼女は僕のことなんて、全く見ていないと。いてもいなくてもどうでも良い存在。つまりは道端の石ころかと。いや、そうではなくともだ。ナノカが僕のことなんて気にしてすらいない存在だったとのことは分かる。
と言っても、元々彼女が少しにでも僕に何かある、何等かの感情を持っていると思い込んでいたことが自信過剰だったのかもしれない。この前までの僕は、ナノカが自分に好意を少なからず持ってくれてると信じ込んでいた、とんだポジティブ野郎だったって訳。
彼女は僕に興味なんてない。
それなのに、彼女は昼休みに活動中の放送室へ飛び込んできた。
「ちょっとちょっとちょっと! 声が小さいし、張りがないんじゃない? 休み時間、友達と話してる時の声よりも小さいし……声の張り方からどんな顔でやってんのか分かってるのよ!? もっとしっかり……校内の放送を任されてるって自覚を持って!」
何故、興味のない僕にクレームを入れようとするのだろうか。
全く訳が分からない。同じ放送部員の理亜は汗で湿った自身の黒髪を擦りつつ、「ナノカは情真を何にしたいんだろうな」と小声で喋っていた。先程まで暑苦しい放送室の密閉空間で一応、ナノカのことについて相談はしてみたのである。
理亜は「恋については分からないんだよなぁ……どうなんだ? ナノカはお前に全く興味がないのか?」と言っていた。
僕が「まだ分からない」と答えたばかり。ただナノカがここまでやってきたことでハッキリする。何か僕に対して、思うことはあるのだと。
暑い場所で説教を受けるのもと僕とナノカが廊下の方へと出ていく。そこで希望が潰えた。
放送室の隣にある生徒指導室。ここでは確か進路指導もやっていたのではないだろうか。つまるところ、進路の先生でお馴染みの松富先生もいる。ナノカは放送室に来るとの理由で彼のそばまで来ようとしていたのだ。
「ううむ……」
こちらの肩ががっくし下がっていたのをナノカは説教を聞いていたのだと勘違いしたよう。
「まぁ分かってくれたら、いいわ。アンタの放送でもまぁ、楽しんでくれる子は身近にいるからね。それだけは肝に銘じておいて」
「は、はい!」
一応、最後のものに返事をしておかないとまた同じ説教が繰り返される。危機感を覚え、元気な返答をしておいた。
ただ、今日は別の説教メニューも用意してあったようで。
「で、情真くん、後のことなんだけど……」
一体、僕へのクレームを何個用意してあるのか。
ここでまた叱られるとなると、周りの目も気になるところ。彼女も人が多くいるところで叱ることは少ないのだが。説教に熱中して周りが見えなくなることは往々にしてある。今も少しだけ同学年の生徒達がこちらを物珍しそうに見つめている。
そこで放送室から「私に任せろ」と救世主。颯爽と出てくる姿は美しい、理亜。ここの場面だけを切り取ってSNSにアップしたら、千いいねは貰えそうだ。
理亜はどうやら僕の困っていることを看破してくれていたらしい。
「ナノカ、そのポケットのふくらみは何だ?」
「えっ?」
理亜に指摘され、ハッと顔の表情が硬くなるナノカ。そこに推理が叩き込まれていく。
「たぶん、財布か? ナノカのことだと鉄は熱いうちに打った方がいいってことで、先に情真の方へと来たんだろう。で一緒に購買で何か買おうとしたんじゃないか?
我ながら名推理」
理亜に「まだ答えも出てないのに、自分で言うか」と自画自賛に対するツッコミを入れた。だが、聞こえていないようで彼女は自信満々な顔を変えはしない。
ナノカの方は「あっ、そうだったそうだった」と思い出したみたいで。
「理亜ちゃんの言う通りよ」
「じゃあ、急がないとな。購買に行く人、ここの前に通るのは分かるよな。結構たくさんいたし……もたもたしてると売り切れになるかな」
「そっか! じゃあ、急がなきゃ!」
理亜のおかげで何とか災難は回避できた。彼女には感謝しかない。ありがとうと伝えようとする。
「後、情真を連れてって叱りついでに特訓してやれ。あっちの廊下の方が誰もいないし、迷惑にならないし」
「……えっ? えっ!? 今、なんて!?」
今度は僕が驚く番だった。彼女は明らかにこちらを指名し、指まで突き付けている。理亜は僕を助けてくれる気などさらさらなかったのか。
ナノカはガシッと僕の腕を掴む。
「理亜ちゃん、ありがと。分かったわ。情真くんを連れてっと。ほら、さっさと行くわよ! 売りきれたら、アンタのせいだからね」
行く前に、だ。叫ばずにはいられない。
「理亜、何とかしてくれるって言ったんじゃ!」
「私に任せろと言っただけで情真を助けるとは一言も……なぁ」
「いやいや、そこは何とかするって意味じゃ、理亜の裏切り者ぉおおおおおお!」
「悪いな。私は忙しいんだ。書かないといけない原稿もたくさんあるし、応募しないといけない賞もあるし」
ナノカに「何言ってるのよ」と言われ、強引に引っ張られていく。理亜の方は淡々と手を振って、飽きたっぽい顔をした後に放送室へと戻っていった。薄情者だと吐き出したいところだが、壁に防音の機能が備わっている放送室には届かない。
悔しさを胸に彼女と購買へ向かうこととなった。
ええい、もうどうにでもなれとの気分。
逆にまぁ、ナノカと一緒にいられる時間ができたのだから、いいかと思い始めた。強引な彼女。彼女のことは隣の席になった、中学の頃から好きだったのだから。今はもう叶わないのかもしれないのだが。ずっと前から彼女の近くにいられたら、一緒に話していられたらと願っていたのだから。
たぶん嫉妬で頭がどうにかなってしまうだろう。
ただ聞かないだけでも悶々とすることは多々あった。彼女が「おはよう」と言うのも、前からプリントを渡す仕草も前と一緒。噂が立つ前と立った後とで変化が全くないのだ。
ポジティブな人間であれば、結局あの噂は嘘だったのかと切り捨てることができる。
僕のようなネガティブな人間は変なことを考える。今までの彼女は僕のことなんて、全く見ていないと。いてもいなくてもどうでも良い存在。つまりは道端の石ころかと。いや、そうではなくともだ。ナノカが僕のことなんて気にしてすらいない存在だったとのことは分かる。
と言っても、元々彼女が少しにでも僕に何かある、何等かの感情を持っていると思い込んでいたことが自信過剰だったのかもしれない。この前までの僕は、ナノカが自分に好意を少なからず持ってくれてると信じ込んでいた、とんだポジティブ野郎だったって訳。
彼女は僕に興味なんてない。
それなのに、彼女は昼休みに活動中の放送室へ飛び込んできた。
「ちょっとちょっとちょっと! 声が小さいし、張りがないんじゃない? 休み時間、友達と話してる時の声よりも小さいし……声の張り方からどんな顔でやってんのか分かってるのよ!? もっとしっかり……校内の放送を任されてるって自覚を持って!」
何故、興味のない僕にクレームを入れようとするのだろうか。
全く訳が分からない。同じ放送部員の理亜は汗で湿った自身の黒髪を擦りつつ、「ナノカは情真を何にしたいんだろうな」と小声で喋っていた。先程まで暑苦しい放送室の密閉空間で一応、ナノカのことについて相談はしてみたのである。
理亜は「恋については分からないんだよなぁ……どうなんだ? ナノカはお前に全く興味がないのか?」と言っていた。
僕が「まだ分からない」と答えたばかり。ただナノカがここまでやってきたことでハッキリする。何か僕に対して、思うことはあるのだと。
暑い場所で説教を受けるのもと僕とナノカが廊下の方へと出ていく。そこで希望が潰えた。
放送室の隣にある生徒指導室。ここでは確か進路指導もやっていたのではないだろうか。つまるところ、進路の先生でお馴染みの松富先生もいる。ナノカは放送室に来るとの理由で彼のそばまで来ようとしていたのだ。
「ううむ……」
こちらの肩ががっくし下がっていたのをナノカは説教を聞いていたのだと勘違いしたよう。
「まぁ分かってくれたら、いいわ。アンタの放送でもまぁ、楽しんでくれる子は身近にいるからね。それだけは肝に銘じておいて」
「は、はい!」
一応、最後のものに返事をしておかないとまた同じ説教が繰り返される。危機感を覚え、元気な返答をしておいた。
ただ、今日は別の説教メニューも用意してあったようで。
「で、情真くん、後のことなんだけど……」
一体、僕へのクレームを何個用意してあるのか。
ここでまた叱られるとなると、周りの目も気になるところ。彼女も人が多くいるところで叱ることは少ないのだが。説教に熱中して周りが見えなくなることは往々にしてある。今も少しだけ同学年の生徒達がこちらを物珍しそうに見つめている。
そこで放送室から「私に任せろ」と救世主。颯爽と出てくる姿は美しい、理亜。ここの場面だけを切り取ってSNSにアップしたら、千いいねは貰えそうだ。
理亜はどうやら僕の困っていることを看破してくれていたらしい。
「ナノカ、そのポケットのふくらみは何だ?」
「えっ?」
理亜に指摘され、ハッと顔の表情が硬くなるナノカ。そこに推理が叩き込まれていく。
「たぶん、財布か? ナノカのことだと鉄は熱いうちに打った方がいいってことで、先に情真の方へと来たんだろう。で一緒に購買で何か買おうとしたんじゃないか?
我ながら名推理」
理亜に「まだ答えも出てないのに、自分で言うか」と自画自賛に対するツッコミを入れた。だが、聞こえていないようで彼女は自信満々な顔を変えはしない。
ナノカの方は「あっ、そうだったそうだった」と思い出したみたいで。
「理亜ちゃんの言う通りよ」
「じゃあ、急がないとな。購買に行く人、ここの前に通るのは分かるよな。結構たくさんいたし……もたもたしてると売り切れになるかな」
「そっか! じゃあ、急がなきゃ!」
理亜のおかげで何とか災難は回避できた。彼女には感謝しかない。ありがとうと伝えようとする。
「後、情真を連れてって叱りついでに特訓してやれ。あっちの廊下の方が誰もいないし、迷惑にならないし」
「……えっ? えっ!? 今、なんて!?」
今度は僕が驚く番だった。彼女は明らかにこちらを指名し、指まで突き付けている。理亜は僕を助けてくれる気などさらさらなかったのか。
ナノカはガシッと僕の腕を掴む。
「理亜ちゃん、ありがと。分かったわ。情真くんを連れてっと。ほら、さっさと行くわよ! 売りきれたら、アンタのせいだからね」
行く前に、だ。叫ばずにはいられない。
「理亜、何とかしてくれるって言ったんじゃ!」
「私に任せろと言っただけで情真を助けるとは一言も……なぁ」
「いやいや、そこは何とかするって意味じゃ、理亜の裏切り者ぉおおおおおお!」
「悪いな。私は忙しいんだ。書かないといけない原稿もたくさんあるし、応募しないといけない賞もあるし」
ナノカに「何言ってるのよ」と言われ、強引に引っ張られていく。理亜の方は淡々と手を振って、飽きたっぽい顔をした後に放送室へと戻っていった。薄情者だと吐き出したいところだが、壁に防音の機能が備わっている放送室には届かない。
悔しさを胸に彼女と購買へ向かうこととなった。
ええい、もうどうにでもなれとの気分。
逆にまぁ、ナノカと一緒にいられる時間ができたのだから、いいかと思い始めた。強引な彼女。彼女のことは隣の席になった、中学の頃から好きだったのだから。今はもう叶わないのかもしれないのだが。ずっと前から彼女の近くにいられたら、一緒に話していられたらと願っていたのだから。
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