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第三節 夢の先には後悔か
Ep.6 夢想クレーマー
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その時、床に足を踏み込む音が聞こえてきた。
ナノカが古戸くんに食い掛かっていたのだ。それも三葉さんと同じ、いや、それを遥かに上回るような迫力で古戸くんのワイシャツを掴んでいる。
「あ、アンタねぇ……アンタ! 夢のことを……夢のことを、何だと思ってるの!?」
古戸君はただただ俯いているだけ。周囲の人間がいないのが不幸中の幸いだ。
何故にナノカがそこまでに怒り狂っているのか。
僕はこの顔を見て、分かる。理亜が言っていたではないか。推理するとの手があると。今の彼女なら分かる。何に悲しみを覚え、何に怒りを感じたのかが僕には理解できた。
夢そのものを否定した理由も納得したから言葉に出す。
「ナノカ……それって夢のことを卑下して、自分までもを苦しめようとしているからってことだよな……?」
「えっ?」
「だから怒ってるんだよね。ナノカは人を嫌がることをするのが大嫌いな人間だって知ってる。人を苦しませるのが大嫌いな人間だって知ってる。だから、自分から自分で夢を使って嫌がらせをする人のことが嫌なんだよね!? つまり、自分を追い詰める人が……!」
だから、だ。
彼女は自分を追い詰めるために使った夢が許せないのだ。だから、彼女は否定しようとしたのではないか。
ナノカがおかしくなった日のことを想像すれば、思い当たる節がある。古戸くんが泣きそうになって帰った途中で古戸くんと会っていれば。誰かを助けたいと思う古戸くんの気持ちをナノカに伝えていれば。自分の夢がダメだから三葉さんを助けられなかったと口に出していれば。
間違いなく、ナノカはその夢を否定する。夢の価値で自分が全てダメだと言ってしまうこと、を。
彼女は大きく首を縦に振って、答え合わせをしてくれた。
「ええ! そうよ! その通り! 古戸くん! アンタの夢で誰かが救われなきゃ、自分が救われない!? アンタの夢は自分を救うための夢だったの!?」
「そうだよ……誰かを助けたいって夢じゃないんだ。自分勝手などうせ、叶わない夢で」
「ふざけないでよ! アンタの輝きにどれだけワタシ達が感動してきたと思ってる!? 仲間と一緒に夢を目指そうとしてたことにどれだけ素敵だと思ったか分かってる!? そのおかげで短い間で情真くんはここまで成長できたのよ! 夢を助けたいって思えるようになった! それなのに、アンタはどうしてその夢がつまらないものって言っちゃうの!? 人をうまく助けられなかったからって言っても、それはアンタの努力がダメだったせいじゃない! うまくいかないことなんて何度も何度もあるわよ! プロだって失敗する! プロだって世界中の人全員を幸せにできることじゃない! それなのに何でアンタは失敗の一つで挫けようとしてんの!? やればいいじゃない! 失敗したなら、何度でも言葉で伝えてみたら? 何度でも歌で伝えてみたら!?」
「あっ……」
古戸くんと共に僕は彼女の言葉に飲み込まれていく。波の中に入ったような気分だ。途轍もなく、恐ろしい。ただ同時に心の汚れがすっぽりと消えていく。洗われていく。
そのまま崩れていく古戸くんにナノカはクレームで追い打ちを掛けていく。世界一、優しく人を想ったクレームで。
「夢がかなわなくって。夢のことがうまくいかなくって。自分がダメって決め付けるような夢は、ワタシが絶対に否定する。ワタシが絶対にダメだって言う。大袈裟に言うけど、スランプになって自分に価値がないって考えて、自分の大切な積み上げてきたものを全てぶっ壊して、生きることも諦めちゃうような夢をワタシは絶対に許さない。応援なんてしない……だからさ、古戸くんもワタシ達が笑って応援できるような夢を輝かせてよ。夢を追う中での闇に絶対、飲み込まれちゃダメだよ。古戸くんも、ここにいる情真くんも、他の子達もここにいる人達ならできるって信じてるから、ね!」
彼女は最後に話を聞いていただけの僕までもを惚れさせる笑顔で締めくくった。僕もついでに言っておく。
「まぁ、僕はともかく、君、言ってたじゃん。歌で幸せにしたいって。君も幸せになってよ。仲間思いなとことかさ。君にしかできないことじゃないよ。それ。ナノカもすっごい仲間思いだし」
ちょっと捻くれたアドバイスだ。涙目の古戸くんも口を開けていた。
「えっ?」
「君にしかできないことじゃないけど、だからこそできることもあると思うんだよなぁ、まぁね。重荷を感じず。そういう時こそ、僕達にも相談してよ、夢の力だけで戦うんじゃなくて、ナノカ達の夢と一緒に戦わせてよ!」
話が終わった。何か文句を言われないかと肝が冷えていたものの、何事も起こらなかった。ナノカも平常運転だ。
古戸くんの方は少し僕がドキッとしてしまいそうなスッキリとしか表情を見せてくれた。
「……二人共、ありがとう……闇に飲まれないよう、頑張るよ。夢の闇に飲まれて限界を勝手に決め付けて、挫折しないよう……頑張るよ。本当に、ありがとう」
クレーマー、ナノカは更に続けて話をする。
「まっ、誰かが救われたって光があるからこそ、闇を感じちゃうのかもね。光になろうとし過ぎて、宇宙に飛んでかないように気を付けてね」
「ああ……」
良い例えではないか。
まぁ、一生闇のような存在、僕みたいなのもいるとは思うが。闇は闇で問題か。少しは僕も光を目指さないと。
言葉を飲み込んだ瞬間だった。
「えっ?」
ナノカが振り返ってこちらを見つめてきた。
「今の言葉に変なところあった? 文句は何でも受け付けるけど……」
「文句なんてないよ……」
「じゃあ、どうしたのよ。その辺にゴキブリか何かでもいたの?」
「いないよ。ただ、分かっただけなんだ。確かめないといけないものはあるけれども、誰が犯人か。何故、三葉さんがやめたのか……捻くれ者の僕だからこそ、ピンと来ちゃった……ナノカのおかげで」
「へぇ、そうなの。ワタシのせいで……へぇ……ワタシのせいなんだ……へっ? ワタシのおかげ?」
「うん」
「へっ!? それって、どういうことよ!?」
僕はあまりに普通に事件の真相を思い付いてしまったからだろうか。案外落ち着いて閉まっている。自分のことなのにまるで他人事のよう。
逆にナノカの方が手を四方八方に動かして混乱している状態だ。そんなナノカをどうするかの前に確かめたいことがある。
ある可能性を賭けて、古戸くんにスマートフォンを操作した後、画面を提示してみせた。
「古戸くん、これに心当たりってあるよね? これこそ、君が考えていた事件の犯人なんでしょ?」
ナノカが古戸くんに食い掛かっていたのだ。それも三葉さんと同じ、いや、それを遥かに上回るような迫力で古戸くんのワイシャツを掴んでいる。
「あ、アンタねぇ……アンタ! 夢のことを……夢のことを、何だと思ってるの!?」
古戸君はただただ俯いているだけ。周囲の人間がいないのが不幸中の幸いだ。
何故にナノカがそこまでに怒り狂っているのか。
僕はこの顔を見て、分かる。理亜が言っていたではないか。推理するとの手があると。今の彼女なら分かる。何に悲しみを覚え、何に怒りを感じたのかが僕には理解できた。
夢そのものを否定した理由も納得したから言葉に出す。
「ナノカ……それって夢のことを卑下して、自分までもを苦しめようとしているからってことだよな……?」
「えっ?」
「だから怒ってるんだよね。ナノカは人を嫌がることをするのが大嫌いな人間だって知ってる。人を苦しませるのが大嫌いな人間だって知ってる。だから、自分から自分で夢を使って嫌がらせをする人のことが嫌なんだよね!? つまり、自分を追い詰める人が……!」
だから、だ。
彼女は自分を追い詰めるために使った夢が許せないのだ。だから、彼女は否定しようとしたのではないか。
ナノカがおかしくなった日のことを想像すれば、思い当たる節がある。古戸くんが泣きそうになって帰った途中で古戸くんと会っていれば。誰かを助けたいと思う古戸くんの気持ちをナノカに伝えていれば。自分の夢がダメだから三葉さんを助けられなかったと口に出していれば。
間違いなく、ナノカはその夢を否定する。夢の価値で自分が全てダメだと言ってしまうこと、を。
彼女は大きく首を縦に振って、答え合わせをしてくれた。
「ええ! そうよ! その通り! 古戸くん! アンタの夢で誰かが救われなきゃ、自分が救われない!? アンタの夢は自分を救うための夢だったの!?」
「そうだよ……誰かを助けたいって夢じゃないんだ。自分勝手などうせ、叶わない夢で」
「ふざけないでよ! アンタの輝きにどれだけワタシ達が感動してきたと思ってる!? 仲間と一緒に夢を目指そうとしてたことにどれだけ素敵だと思ったか分かってる!? そのおかげで短い間で情真くんはここまで成長できたのよ! 夢を助けたいって思えるようになった! それなのに、アンタはどうしてその夢がつまらないものって言っちゃうの!? 人をうまく助けられなかったからって言っても、それはアンタの努力がダメだったせいじゃない! うまくいかないことなんて何度も何度もあるわよ! プロだって失敗する! プロだって世界中の人全員を幸せにできることじゃない! それなのに何でアンタは失敗の一つで挫けようとしてんの!? やればいいじゃない! 失敗したなら、何度でも言葉で伝えてみたら? 何度でも歌で伝えてみたら!?」
「あっ……」
古戸くんと共に僕は彼女の言葉に飲み込まれていく。波の中に入ったような気分だ。途轍もなく、恐ろしい。ただ同時に心の汚れがすっぽりと消えていく。洗われていく。
そのまま崩れていく古戸くんにナノカはクレームで追い打ちを掛けていく。世界一、優しく人を想ったクレームで。
「夢がかなわなくって。夢のことがうまくいかなくって。自分がダメって決め付けるような夢は、ワタシが絶対に否定する。ワタシが絶対にダメだって言う。大袈裟に言うけど、スランプになって自分に価値がないって考えて、自分の大切な積み上げてきたものを全てぶっ壊して、生きることも諦めちゃうような夢をワタシは絶対に許さない。応援なんてしない……だからさ、古戸くんもワタシ達が笑って応援できるような夢を輝かせてよ。夢を追う中での闇に絶対、飲み込まれちゃダメだよ。古戸くんも、ここにいる情真くんも、他の子達もここにいる人達ならできるって信じてるから、ね!」
彼女は最後に話を聞いていただけの僕までもを惚れさせる笑顔で締めくくった。僕もついでに言っておく。
「まぁ、僕はともかく、君、言ってたじゃん。歌で幸せにしたいって。君も幸せになってよ。仲間思いなとことかさ。君にしかできないことじゃないよ。それ。ナノカもすっごい仲間思いだし」
ちょっと捻くれたアドバイスだ。涙目の古戸くんも口を開けていた。
「えっ?」
「君にしかできないことじゃないけど、だからこそできることもあると思うんだよなぁ、まぁね。重荷を感じず。そういう時こそ、僕達にも相談してよ、夢の力だけで戦うんじゃなくて、ナノカ達の夢と一緒に戦わせてよ!」
話が終わった。何か文句を言われないかと肝が冷えていたものの、何事も起こらなかった。ナノカも平常運転だ。
古戸くんの方は少し僕がドキッとしてしまいそうなスッキリとしか表情を見せてくれた。
「……二人共、ありがとう……闇に飲まれないよう、頑張るよ。夢の闇に飲まれて限界を勝手に決め付けて、挫折しないよう……頑張るよ。本当に、ありがとう」
クレーマー、ナノカは更に続けて話をする。
「まっ、誰かが救われたって光があるからこそ、闇を感じちゃうのかもね。光になろうとし過ぎて、宇宙に飛んでかないように気を付けてね」
「ああ……」
良い例えではないか。
まぁ、一生闇のような存在、僕みたいなのもいるとは思うが。闇は闇で問題か。少しは僕も光を目指さないと。
言葉を飲み込んだ瞬間だった。
「えっ?」
ナノカが振り返ってこちらを見つめてきた。
「今の言葉に変なところあった? 文句は何でも受け付けるけど……」
「文句なんてないよ……」
「じゃあ、どうしたのよ。その辺にゴキブリか何かでもいたの?」
「いないよ。ただ、分かっただけなんだ。確かめないといけないものはあるけれども、誰が犯人か。何故、三葉さんがやめたのか……捻くれ者の僕だからこそ、ピンと来ちゃった……ナノカのおかげで」
「へぇ、そうなの。ワタシのせいで……へぇ……ワタシのせいなんだ……へっ? ワタシのおかげ?」
「うん」
「へっ!? それって、どういうことよ!?」
僕はあまりに普通に事件の真相を思い付いてしまったからだろうか。案外落ち着いて閉まっている。自分のことなのにまるで他人事のよう。
逆にナノカの方が手を四方八方に動かして混乱している状態だ。そんなナノカをどうするかの前に確かめたいことがある。
ある可能性を賭けて、古戸くんにスマートフォンを操作した後、画面を提示してみせた。
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