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1.5章 竜王の聖女と逆里帰り出産又はハネムーン
竜王の聖女
しおりを挟む竜王の谷に関する歴史である。
ーー
竜王の谷に住まう特殊な一族。人間とも竜ともつかぬ怪しげな体。鋭い爪や牙、鱗を持ちながらも、人間と同じく二足で歩行する種族。ヘイストス家並び谷の一族は竜人であった。竜人と竜王はいつも共にあった。竜王は卵を産み、その卵を竜人が守り、世話をするーー旅のものを受け入れ、竜人の血は薄まっていったが。それでも、竜王の谷はそうして暮らしていた。
竜王を世話し竜王を満足させれば、谷を超え、エーデフォルン全土に安寧と豊穣の加護が行き渡る。その偉大な力はエーデフォルン王国初代国王が竜王の谷の一族に対しヘイストス家と名付け、公爵の位を渡したほどだった。
しかし竜王の世話は過酷を極めるものだった。竜王に近づくだけで脳を探られ何者かの記憶と自分の記憶を混ぜられる。自分のものではない死の体験、自分の気持ちではない醜い嫉妬心や復讐心、虚栄心……数々の負の感情に気がくるってしまう。
王都から来た先生が、大きな石造りの王都風の建物を建てて狂った者を運び込む。しかし何人が狂おうとも、谷の民の竜王への忠義はもはや信仰のように熱く硬い。一族をあげて世話をするため、谷のものの多くは狂っていった。親身に世話を焼いた先生も匙を投げて王都へと帰った。
ヘイストス家は己についた公爵という立ち位置がエーデフォルン王国の作りし枷だけではなく、罠であることを理解したのは、世話役の誰であったか。
王宮で春の暦に行われる会議に、ヘイストス家の跡取りは顔を出さねばならない。そこでもしボロを出せばどうなる?竜王の世話で気が狂った爪の長い我々が、モンスターのたぐいと同じであると思わせてしまったら?
春の議会で竜王の谷の一族全員を虐げるような言葉を投げかけた伯爵に、鱗の薄い一族の男が牙を剥こうとした。もしこの痴れ者が死んでいたら、国家叛逆の罪を問われかねない。
王族貴族は、茶を飲む所作でさえ、ややこしいのだ。もしこの鋭い牙を見せ笑いでもしたら!王宮の狸どもは未開の資源たっぷりな蛮族どもの暮らす谷を襲う大義名分を得てしまう。
ヘイストスの後継ぎが狂ってしまっては困る。竜王の世話は一族の血が最も薄いものにさせた。これをヘイストス家では竜王の従者と呼んだ。
従者を立てて、半世紀過ぎ。従者の一人、ナーリャ•ヘイストスは竜王に気に入られた。竜王はリャーナに対し人知を超えた英知、頑丈で不死な肉体、竜にしか使えぬ魔術…沢山の贈り物を授けた。ナーリャを一生の伴侶とし、ツガイにした。ナーリャの体は竜の谷の祖先、竜人そのものとなった。
平和だった谷からすると劇薬に近かった。ただ力を持て余して、使う機会が全くなかったなら、活用しようなどと考えなかっただろうに。
ナーリャが竜王から貰った贈り物達は、エーデフォルンとツーヴェリア王国の戦争が勃発し、早速日の目を浴びることとなる。ツーヴェリア王国からの刺客が竜王が国土を潤す根幹であることを知っていた。国力を低下させるために竜を殺しに竜の谷へやってきた。
鉄砲や弓、この谷にはない鉄器の類が竜の一族を襲う中、ナーリャは誰より早く刺客を倒し縛り上げ、エーデフォルン王国に送還した。竜王を守り、我々を虐げる優位種の人間をいともたやすく退治したナーリャの力を、一族の、ヘイストス家の人間は欲した。
竜王は土地を潤し穀物を与えることはあれど、鉱物の生成は不得意であった。エーデフォルン王国のように騎士のように鉄製の剣や鎧を用意できない。竜王の加護のおかげで、谷に結界が張ってあるが、先のツーヴェリアからの使いのように、エーデフォルン王国に招かれたものを排除することはできない。
此度は大事がなかったが、竜王がもし殺されてしまったら?ツーヴェリアからだけではない、エーデフォルンの心変わりがあれば襲われるかもしれない。
竜王を守るために、自ら使える力が欲しかった。ナーリャの実例は素晴らしく魅力的だったのだ。ナーリャ以外にも、竜王から寵愛を受けるものを用意しなければと考えた。竜王の従者を1人に絞り、竜王から愛される子を作ろうとした。竜王の体調不良や精神汚染を訴えるものは多かったが当時の当主は何もせずただ見ていた。
ナーリャは竜王から寵愛を受けしものとして、そしてこの惨劇の火種としての責があった。竜は気高く長寿が故にツガイを選り好みする傾向がある。ナーリャが選ばれたのは奇跡であり、竜王の世話を1人に負担させたところで、変わりはしないのだ。なんども説明したが…理解はされなかった。
ある日、竜王の世話係をしていた当主の末の倅が、とうとう狂って親親族含め30人を殺した。
ナーリャは黙っていられなかった。ナーリャは里のものを呼び出し、明確な竜王の世話係のルールを決めた。7歳から17歳まで。竜人の特徴を少量残すもの。竜王の里から出た回数が少ないもの。…あまりに厳格かつ複雑な取り決めがなされた。その竜王に対する自然信仰的価値観から、竜王の従者という名は、竜王の聖女という名に変わった。
また、里が閉鎖的であるため、竜人の血が濃くなっていることが、惨劇の一員にあると見たナーリャは、エーデフォルン国王と契約を結ばせた。王国の生まれのものとの政略婚。王国からの血を受け入れることにより、竜王の谷からは段々と竜人の特徴を持つものがいなくなった。
ーーー
そうして竜王の代替わりがいくつも起き、徐々に竜王の谷に純血の竜人は、わし、ナーリャを最後に全て消えた。もし狂ってしまっても、もう二度と谷の半数が消える事態は起こるまい。わしはゆっくり腰を据えながら、竜王の世話を聖女とともに行っておった。
竜王の聖女として支えていたルミナス。17を過ぎ、ようやっと、この子も聖女の任を降り、ただの青年として過ごせるようになった。やっと自由に、外を知り世界を知る。巣立つ様を観れる、そう思っていたのに!
だのにまぁ……。孕ませて帰ってきよったとは……。
ーーー
飛ばしたデータをかき集め、再開しています……完結させるぞ。
ーー
2022年7月1日 少し改変、再編しました。
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