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オメガバース研究者 ベータの被験体 執着 調教
「普遍ネズミは色恋の夢を見るか」2
しおりを挟む東雲鳴不はリノリウムの廊下をきゅっと踏んだ。よく綺麗にされたクリーム色の艶やかな床に、ねずの薄っぺらなゴム底の靴が擦れてきゅっきゅっと齧歯類の鳴き声のような音が鳴る。
ねずは清潔な研究棟の中をその研究員の助手だと名乗る薄ハゲの男に案内されていた。
「先生、来てくださいましたよ」
薄ハゲが廊下の一番端の部屋で止まると引き戸を開ける。
「あぁ、よく来た……。君は今いくつだね?」
「19だ」
「言っちゃ悪いが、そうは見えんね。」
背の高い、ガタイの良い好青年がちんまいパイプ椅子にしゃんと腰をかける。これが先生か、馬術士や、弓道選手だと言われた方が納得のいくほどの肩幅を持っていた。
「センセも、学者サマには見えないね。体育教師が似合いそうだ」
そう言いながら、身分証を出す。ねずだって己の手が他より一段としわしわで、己よりエライ、多分すこし年上の先生がこれだけ張りのある肌であることに、甚だ疑問があるが、こればかりは肉屋のせがれのとおり『運』なのだろう。今まで幸運だったセンセと今まで運の回らなかった己。ただそれだけだ。
「はは、こりゃぁ参った。すまなんだね。思ったことがすぐ口に出てしまって。しののめ、下は何で読むんだい?」
「鳴かないと書いてねずです。夜鳴きをせなんだ俺を喜んだ母が、悔し泣きのない人生にって願ったんです。」
「そうか、それはなかなか良い名だ。」
「センセはどう呼んだら良いですか。」
「まだ、君と実験できるかわからないからね。センセと読んでてくれて構わないよ。」
「えっ、、俺では、ダメでしたか?」
「いいや、まずは血液検査をしなければならないんだ。最新機器だが二日かかる。それで君の体が私の研究にふさわしければ手紙を送るよ。……心配しなくとも、この血液検査だけで50万渡すよ。ただ、そうだな、君がもし私の研究にぴったりの逸材だったら、君を3年預からせてもらって良いかい?」
「3年ですか?!」
ねずは驚いた。そんなに研究することが己の皮と骨だけの体にあるかしらと思ったからだ。センセは手際よくゴムチュウブで細い腕を縛るとアルコール綿で表面を拭う。骨と皮だけだった腕から、血管を見つけたのだろう。銀の針のついた筒が、ねずの体に刺さる。これだけで50万…。
「3年で、1200万出そう。」
「せんにひゃく」
喉がひっくり返るかと思った。一年400万の計算だ。己の人生のほんの三年が、彼にとってはよっぽど価値のあるものなのかと驚いた。
「君の実験が成功すれば、もっと、なんなら一生遊んでいけるぐらい出せるよ。」
「一体何を調べるんですか」
「さぁ、それは教えられないね。ただ、三食宿付きで健康に暮らすだけで1200万だってことだけは確かだよ」
しゃべくるのに集中していたから、シリンジが己の血で満杯になっていることに気づかなかった。血は助手に回収され、消毒と絆創膏が施される。
「君から、いい返事を待ってるよ。」
クスクスという笑い声にハッとして、今日初めて先生の顔を見た。
まるで狐が人間を騙すために化けているかのように、なんでも聞いてやりたくなるような美丈夫がそこにいた。ゾッとするような美しさに、ねずは骨だらけの体を抱いて、一目散に逃げ出した。
下宿にはまた肉屋のせがれがいた。この世の俗っぽさが全て詰め込まれて脂肪に変わったような男だ。あぁ、帰ってこれた。俺は抱きついた。
「どうしたねず。君も僕の魅力に惚れたかい?」
「馬鹿は休み休み、寝言は寝て言えよ肉屋。お前よりよっぽどいい男に微笑まれて震えて帰ってきたんだ」
「ふん、そうかい。さういえば、新聞屋から電話があったよ。君の配った朝刊が濡れてたからもうこなくていいって」
「……肉屋がいい男すぎて刺殺しそうだ。」
「おぉ怖い」
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