淫魔さんは今日も鳴く

ひやむつおぼろ

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サブクエストストーリー

洗濯物と揃いのズボン

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 それなら、と言われて任されたのは本当に瑣末な手伝いだった。洗濯や、食器洗い、掃除のみ。任されたのは子供達の生活空間だけだった。

「いつもイヴァンは何やってんだ?」

「平日はこれに教会の聖堂の掃除をしている。休日にはミサを開いて…参加者にビスケットを配る。聖歌を一人歌う、ステンドグラスを磨く。」

 牧師としての仕事を指折り数えていく。ステンドグラス拭きはやめさせたほうがいいか?

「平日やりたいことを全て休日にしているから、あなたが手伝ってくれるととても助かる。」

 イヴァンの笑みが深まる。

「……!」

 その表情はいつもの慈愛に満ちた笑みではなく、何か柔らかい、特別な感情が乗っている気がして。心臓が高鳴り目をそらす。な、なんだよ『お姫様と王子様のキス』なんて言ったから……意識してんのか?俺は息を整えてイヴァンを見つめなおす。

「はーん、そうかよ。で…何からやりゃぁいいんだ。」

「洗濯物からしてほしい。日が出ているうちに干したいから」

ーー

 洗濯物を回収して回ると、洗濯物の山からお下げのお嬢さんか出てきた。

「ニックと二人でかくれんぼしていたの。かくれんぼ!これがニックの服で、これが私の!でもお揃いで同じ大きさだからよく間違えるの!」

 洗濯物の山から二つのズボンを高々と掲げ自慢気に話す。

「へえ、すごいな。…洗濯するから返してくんない?」

「お洗濯するの?私も手伝う!」

「かくれんぼはどうすんだよ」

「飽きたからいーの!私が飽きたんだから、ニックはもっと前に飽きてるに決まってるわ。」

 ほら、と窓の外を指さした先では、クロエとニックがブランコに乗り遊んでいた。ウィルと同じ赤い髪が太陽の下で煌めき、風を受けてとなびく。

「遊びに行かないでいいのか?」

 裏口、井戸の近くに出る。教会が作った日陰の中でも、ウィルの赤髪は片割れと同様に輝いている。

「んーー。今はいいや。」

 ぱっと笑うさまは太陽のようで、見ていてまぶしくもほほえましい。

「そういえば、二人は双子なんだよな。」

「うん、私たち双子!髪の色も目の色も、身長もおんなじ!おそろい!かわいいでしょ。」

「仲いい家族だな。」

「うん。私の、唯一の家族だよ」

 明々と笑っていたウィルの顔に影がかかる。

「……。」

「あのね、悪魔の子ってね…都合がいいの。大人にとってすごく都合がいいのよ。」

 井戸に木桶がぽちゃんと落ちる。ぐ、とロープを引っ張り水をくみ上げる背中は、小さいくせになにか悲しいものが背負われていた。

「……あー。何があったんだ?」

「聞かなくてもよかったのに。聞くの?」

「悪魔でも、愚痴ぐらい聞くさ。」

「……私の両親は結婚してた。私たちは結婚して何年か経ってから生まれたの。でもね、私たちは、捨てられた。」

 ウィルはくみ上げた水を洗濯桶に流す。今度は俺が、ぽちゃんと井戸に投げ入れた。

「悪魔の子だって?」

「二人は、育てられなかったの。そう言ったわ。あの人たち」

洗濯桶に水をためていく、ウィルは服を洗濯桶に入れ、足をつける。スカートが水にぬれ重さを持ち、太ももに張り付く。やせたふくらはぎを水滴が滑り落ちる、

「ケイザイテキに二人育てられなかったの?それとも、あの二人はセキニンカンがなくて親になれなかったのかしら。今じゃわからないし、わかりあえないわ。」

 粉せっけんをつま先で溶かしながらうつむいている彼女に、どんな声がかけられる?俺は、言葉を失いずっと洗濯桶の水の揺蕩いを見ていた。

「私、幸せよ。だって、私にはかわいい半身がいるもの。だからこそ、捨てたあの人たちを許さないし、私たちを捨てる利用を作ったこの宗教を許さない。」

「ウィルは……イヴァンのことが嫌いか?」

 ウィルを迫害する理由を作った宗教を信仰するイヴァン。しかし、ウィルたちに真剣にパンを切り分けるのも、イヴァンなのだ。

 俺はすごく答えが恐ろしかった。

「イヴァンが嫌い?まさか!」

 ウィルは、パッと笑った。いつもの太陽のような笑みのウィルだった。

「イヴァンは私たちを助ける理由にはするけど、いじめる理由にはぜったいしないわ。心が弱くて、でも、優しい。だから大好きよ。」

 ウィルが、洗濯板とブラシを持ってくる。水に溶いた粉石鹸がパチパチと浮かんでは弾けていく。ウィルの言葉は、年相応の口ぶりではなくって、難解だった。

ーー


「ウィル、手伝ってくれてありがとうな。」

「ううん、どういたしまして!ノワール。」

 ロープに吊るされた服、5人分の洗濯物となると圧巻だった。

 お揃いのズボンが寄り添うように並び、風にたなびいていた。

ーー


「ぎゃっ!いてぇ」

 ブランコの方から、悲鳴と何かがぶつかる音がした。

「ニック!」

 ウィルが飛び出していく、オレは慌てて後を追った。

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