淫魔さんは今日も鳴く

ひやむつおぼろ

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メインストーリー

ビスケットと悪魔

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「お兄さんは悪魔だったの?!」

 ウィルが目を大きく見開く。ニックも驚いていて、空いた口が塞がらない様子だった。ベティは、ツノを見て、尻尾を見た後納得した、とでもいうように息を吐いた。

「あぁそうだよ悪魔だ。騙してて悪りい。だからさっきの誓い、撤回してくれよ!悪魔が牧師と結ばれるなんて絶対無理だ!オレの知ってるやり方じゃない。誓ったお前たちに何があるかわかんねぇ。」

「悪魔と誓い合ったって、まずいことになったんじゃないか?今すぐ破棄して、イヴァンにこいつを追い出すように言ってこようぜ。」

 ニック、そうだ、お前の反応が正しい。

 オレはヘマしてイヴァンに嫌われて帰る。それを上司に報告する。それで今回の仕事は終わり。それでいいだろ?

「いやよ」

「は?おい、クロエ。何言ってんだよ。」

 クロエが、ニックに立ち塞がる。その瞳にはただならぬ執着があった。

「お兄さんが悪魔だったからなに?私たちは、神様のルールで傷ついてきた。悪魔の子だって言われてきた。私たちは、差別される側の辛さを知ってるはずよ。」

「ニックは、いつのまに神様の味方になったの?お姉ちゃんを裏切ったの?神様が私たちを守ってくれた?私たちが信じるのは私たちだけ、イヴァンそのものだけ。」

「悪魔と仲良くなってもいいんじゃない?人間の世界を作ったのは悪魔様、でしょ。」

「えっ、あの、は、そうか?」

 オレはあんぐりと口を開ける。女どもの肝が座りすぎだろ。何言ってんだよ、悪魔はそんな、優しいもんじゃねえのに。ニックも負けんじゃねぇよ!

「イヴァンは、ベティたちに悪いことする人を泊めたりしない。お兄さんも昨日の夜のうちにベティを殺せた。ベティたちは生きてる。大丈夫。」

「そっか。それもそうだな。」

「ニック~!!!ニックさんよぉオイオイ!」

 ウィルが子供たちに割れたクッキーを子供たちに配っていく。その度に体がズンと重くなる。おいおいおいやめろ!止めさせろ!

「ベティ、お前だけでも食わないでくれ……。」

「ベティはね、おにいさんが、イヴァンをしあわせにしてくれるってわかってるの。だから誓いのことをしんぱいしてない。」
 凛とした態度で、ベティは言い放つ。

「本音は?」

「ベティがかけてたビスケット。ベティのビスケットだから食べる。」

「畜生!!」

「ノワールお兄さんも食べる。諦めが肝心」
 ガキのくせに、達観したこと言いやがって……。


「ニックとクロエは押さえつけて!ノワール、あーんして!」
「やめろ!イヴァン!イヴァン助けにこい!うわぁ!乗るな!」

 小麦の香ばしいかけらが口の中に入る。かちり、と誓いが、悪魔との契約が完成したことに気づき、絶望した。

『契約者人間たちの願い、淫魔ノワールとイヴァン牧師が婚姻関係を結ぶこと』
『淫魔ノワール受諾』

ーー

「ねーノワール!朝ごはん食べよーよー。一緒に食べよー?」

「いらねぇ!!悪魔は食わねぇで良いんだよ!」

 ダイニングテーブルの上には斜めにスライスされたバケットと少し焦げたにんじんと芽キャベツのソテー。ミルクポットが置かれていた。子供の人数分だけおいてある。イヴァンは、ベティの横に座り、ナプキンを片手にご飯をあげていた。

「ほっといてやれよウィル、女どもにのし掛かられて怒って拗ねてんだぜ」

「子供たち、客人になにかしたのか?」

「悪魔に飛び乗って口にビスケットを突っ込んできやがったんだよ!どんな教育してんだ。」

 イヴァンは、はっとしてこちらを振り向いた。

「なぜ、遊んでただけなのに悪魔であることがバレた?」

「あー真名を教えちまったから…。」
「イヴァン、このこ、ノワールおにいさんっていうの。ベティたちと仲良しになったのよ。」
「そうか、よかったなベティ。ゆっくり食べなさい。」

 ベティの頬についたパンクズをナプキンで拭いとり、イヴァンはまたこちらを振り返った。

「客人、私はあなたをその名で呼ばない方がいいか?」
「あ?オレが悪魔だってこと知ってんだし、オレもイヴァンのこと名前で呼んでんだから今更、じゃ……」

 クロエとウィルがこちらを睨む。

ーー

 ビスケットを食べたオレはグロッキーになって、うんうんと唸っていた。その間も子供会議はオレを置いて回る。

「ノワールは、前途多難な恋をしたわね。」

「イヴァンは鈍ちん!すっごく鈍ちんだよね!村の女の子たちからお花もらっても神様にあげちゃうんだもん!」

「直接言葉でアピールした方がいいかもしれないわ」

「好き!って露骨にアピールさせんのか?難しいぜ!」

「でもつたえる、だいじ!」

「そうね、アピールした方がいいと思った時、ノワールに伝えるわ。私とウィルがあなたを睨んでたら、それが合図よ。」

「ロマンチックに口説き落とそう!ロマンチックに!」

 マセたガキどもが多い会議は、難しいと思うぜなんていう、緩いブレーキじゃ止まることもなく…。ガキの前でイヴァンを口説くことを、約束させられてしまった。

ーー

「オレを特別扱いできるってなら、名前で呼んでもいいぜ。イヴァン」

「そう、ならまだ客人と呼ぶことにする」

 ウィルとニックが顔を見合わせて両肩を上げる。クロエはため息を吐いた。

「……あっそ。」

 ベティがはやく食べてあそぼうと言ったことでオレのダダ滑りした空気は流れていった。

ーー


「子供たちには、言ってない?」

「ああ、性交のこと?言ってねえよ、ガキたちにんなこといったら嫌われんだろ」

「ならさっきの」

「あーそうだ!!会社からはまだ帰ってくんなって言われてんだよね!なあ、イヴァン。教会の雑務とか手伝いとかするからさ、ここに置いてくれよ!」

「……あなたが、教会にいても、具合が悪くならないなら好きなだけいていい。」

「ええ、タダで泊まるわけにゃいかねえよ…てか泊まるの許してくれても、お前とねるのを許してくれなきゃ意味ないんだけど?」

「それはダメ」

「ちぇ、ケチ。ならなんかねえの?仕事もできない、家に帰ることもできない、ガキどもと遊ぶことしかできないのは暇なんだけど。」

「……なら…」
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