上 下
11 / 12
花吐くエルフ 2

五話 ベニバナアセビ

しおりを挟む
 自分の病状を話したあの日からルルーはオレが花を吐くのを手伝ってくれるようになった。曰く、貴様が野生動物に襲われ帰ってこなければ後味が悪いとか。

 記憶の中の幼馴染が、「ツンデレヒロイン(好感度100%)じゃん」と大声で叫ぶ。

 まぁ、気を許してくれたことも、花吐き病を汚いって言わなかったことも、うれしかった。

「付き添わせるのは申し訳ない」といえば、

「バカ耳長!小屋でお前を待つよりましだ!」

 背中に大きな平手をもらって,苦笑した。

「耳長、貴様は、まあ特殊な病ではあるが……病人だろう。心細くなるのは当たり前なのだから、私に頼ればいい。ルドウィック家の男ほど頼りになるものはないぞ。」

「ありがとう、ルルー。」

「ふん。今日の分を吐ききってしまえ。貴様は想い人の特徴を言うだけで八回はいたんだ。重症なのだろう?」

「う……」

「なんだ口を押さえて……。おい、発作がもう来たのか?!さっさと行くぞ。耳長」

ーー

 切り株の近くで、また吐く。今日の花は小さな、ふんわりとした鐘のような花だ。一つの茎に五、六個花がついている。昔ゲームで村をきれいにしていたときに生えたあの白い花に似ている……が、俺の想いを投影しているのか、その花弁はほんのりと赤い。

「貴様!その花、毒のある花だぞ。しびれが出てないか?」

「えっ、なんともないけど」

「そんなはず……。私を襲った耳長にはこの薬、効いたが?」

 ルルーは懐から取り出したガラス瓶を光にかざす。同じ形の花がぷかぷかと浮いていた。

「……もしかしたら、自分で作って自分で吐いたから毒に耐性が付いた?」

「そんな簡単に体が作り変わってしまうのか?!」

「……魔法とエルフのいる世界だからな。」

 前世の医療技術に中指立てるような、素敵ななんでもなおしポーションがある世界だ。科学が繁栄していた世界の常識で測ってちゃ、答えなんかでやしないよな。

「何を言ってるんだ?」

「いや、何も。それよりその毒薬、どうしたんだ?」

「……私の従者が作ってくれてな。私が逃げられるように10組も。一瓶残しているんだ。」

「へぇ……」

 毒薬を十個も用意してもらってたのに、なぜあんなに怪我をしてたんだ?一瞬沸いた疑問は、愛おしそうに瓶を撫でるルルーの顔を見て、すぐにわかった。

「追手が来てたのに、毒薬使わなかったんだな。」

「な、にをいってる、耳長。今日の貴様はおかしいぞ!」

「逃げて逃げて、毒薬を使って…それから最後の一瓶になったとき、惜しくなったんだろ。気に入っている従者からもらったものだから。」

「ち、ちが、ガゼラに、そんな気を持ってなんかない!」

「でも、ルルーがそれで怪我をしたって知ったら、その従者も悲しむと思うぞ。」

「……。いや、斬られて戦死したと思わせなければ、作戦がうまくいかなかっただけだ。この瓶を使いたくなかったわけではない。血を流すのは、想定内だ。」

 瓶を日にかざしながら、ルルーは目を細める。俺は喉に残った花を吐き切って、水で口を濯いだ。

「ガゼラ、怒るかな。」

「身を守るためのものを出し惜しんだら……怒るんじゃないか?」

「ぐ……。」

「もしもがあったら使ったほうがいいとおもうけど…使いたくないんだろ。この花で、新しい護身用のやつを一緒に作るか?」

「できるのか?頼む」

ーー

 ちゃぽんと木べらが音を立てる。

「花をいって煎じて……めちゃくちゃなやり方をしたが……。ハエにかけたら苦しんで痙攣した。うまくいったな」

「し、知らなかったのか耳長!」

 ルルーが大げさにのけぞる。

「……、ルルーは魔法を使ったことあるか?」

「いや、わたしは兄たちとは違い、魔法適正がなかったからなにも…」

「エルフの住処にしているテリトリーは、魔力に溢れてるんだ。魔って名前がつくけど、怖いものじゃない。生命のエネルギーだ。魔法は生命のエネルギーをこねて、奇跡を作り上げる方法のこと……。」

「…? 成功を祈っただけだと申すか?」

「…平たく言うとそうだな。魔法で火を灯す時も、火がつけばいいなぁって願えばいい」

「…本当なのか?」

「人間が争う理由、人間がエルフの森に奇跡の力があると知ったからだとおもったんだが……。その様子だと、人間は知らないのか?」

「……時期伯爵公だとしても、知らされていないことだってあろう。」

「そうか。」

「アザレア義兄さまなら、あるいは…」

「…?」

「それより、耳長よ。お前のその病、ポーションが効かずとも、魔法を使い願えば治るのではないのか?」

 ルルーの問いかけに、ゆるゆると首を振る。

「治りたいって思いより、この病気が強かったんだ。この病気を治す方法はただ一つ、想いを伝えて、両思いになること。ムリだってわかってんのに、オレの体は望んでるんだよ。名前も教えてもらってないあの人のことを。」

「…そうも、難儀な顔をするでない。」

 ルルーが俺に近づき頬をゴシゴシと擦る。ガサツな手つきとは裏腹に、ルルーは優しくそして痛ましげに顔を歪めてオレに寄り添った。

「耳長。私はルドウィッカ公爵公の名…いや、貴様に宿の一食一宿の恩を持つとして、貴様の想い人を探し当てると誓おう。」

「ルルー…」

 その日は痺れ薬を作った小屋で、声が枯れるほど泣いた。

ーー

 暗くなり、部屋に蛾が入っただけで騒ぎ立てたルルー。虫除け用にハッカ油を混ぜた水を振り撒き、窓を開け、蛾を逃す。

「信じられないぞ!王宮や実家の豪邸に虫は出なかった」

 ルルーは叫ぶ。絶対そんなことはない、料理場にはネズミがいるぞと脅せば、枕が飛んできた。

 2人だけ、一つの枕を投げ合って疲弊した夜。

 開け放した窓の先に、細い細い三日月が浮かんでいるのを、ルルーがベッドの上から眺めていた。

「耳長。この森でなら、願えば少しだけでも魔法が使えるのだろうか」

「さぁ、どうだか」

「もし、願いが叶うなら…。」

 月の仄暗い白い灯りが、ルルーのブロンドの上でキラキラと弾けて輝く。前髪がかかった目尻は、彼の顔に影を作る。

「何を願うんだ。」

「耳長と人間が結ばれて欲しい。…母上の疑いを、晴らしたい…。もう、エルフと人間で争いたくはない。ガゼラに今すぐ会いたい。」

 座りを正し、つらつらと。細い月に、静かな夜に願いを託す。

「全てを叶えて欲しい。そう思うのは人間だけか?」

 強欲で欲深く、卑しいだろうかと、オレに向き直る。

「…おれも同じぐらいある。願い事。」

「そうか、同じか…」

「ただ、そうだな…あの人とは結ばれなくてもいい…。もう一度、会えたらそれでいいや。」

 は…と乾いた笑いがこぼれた。

「なんだ…謙虚なやつめ。願いぐらいは欲深く言わぬか。叶うものも…叶い辛くなるぞ。」

「叶わないって言わないのか…」

「口が裂けても言ってやるものか。魔法などに頼らずとも、かなえてやる。従者の迎えをまち、我が国に帰ってから…、全て実現してみせる」

 首から下げたシルバーのロザリオをにぎり、高らかに、宣言してみせる。

 ぶちん

「あっ!」

 かつん、かしゃんと音がしてネックレスチェーンが床に落ちる。

「不吉だな。チェーンが切れたのか。あとで…」

「な、何してる!さっさと手を離せ!」

 俺からネックレスを奪い取って、ルルーが手のひらをみる。

「ど、どうしたんだよルルー」

「エルフは、鉱物にふれると火傷するんじゃ…」

「は?なんのことだ。悪魔じゃあるまいし…」

 バサ、バサと開け放した扉から風が舞い込む。何かが、月を遮り部屋を暗くする。ばき、と木枠に革靴がかけられる。

「……ルダス様、お迎えにあがりました。お支度をなさってください。」

 暗闇から現れたそいつは、ルルーの手を取りそう言った。

 そいつの頭には、ヤギのようにねじれたツノが生え、皮膜を夜の空に大きく拡げていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

処理中です...