8 / 12
幕間 ルダス
幕間 3
しおりを挟む
ーー
あの秘密の茶会以降、私は、私の信じていたものが足元から崩れゆく恐怖を覚えてしまった。だって、エルフが、世界の悪で、だから世界から消さないといけなくて。
ヴェント兄様は、エルフを殺すために武術を習ったのではないのか?どうしたらいい。わからない。わからない。
私は母上に赦しをもらい、奴隷市場に足を運んでいた。浅ましくて、惨めらしくて、獣じみたエルフを見たくて。
醜い、醜悪、汚い彼らを見ても、心は慰められず私は檻の周りをズンズンと進む。
そんなときだ、耳から血を流している褐色肌のエルフを見つけた。髪も黒く、目も黒く、肌も褐色で、耳の部分から垂れる赤い血を見てあの仄暗い夜のジャムを思い出した。
「お前、名前は。」
「…ガゼラです。人間様」
「耳は、どうした。」
「昨日の客に、長くてとんがった耳はルニカ神の罪の証だから、切ってやると」
罪の証か。エルフの耳が罪なら、私の罪はクッキーか、紅茶か、それとも、エルフから略奪したものを食べて育ったこの体か?
「お前は……。他の檻のとは、違うな。」
「それは、ルニカ教徒様が耳をお切りになったからでしょう。罪が消え、私はルニカ神に許されたのかもしれません。」
「なぜ、そう思ったんだ。」
凛とした、冷たい夜を彷彿とさせる男は、なぜと問いかけたとたんにヒトらしい温度を表情に浮かべた。
「……いいえ。いいえ、そう思ってません。あなたがそう言って欲しそうだったから。あなたが喜ぶと思ったから」
だから、そう言いました。
…なんて愚かな。慰めのために、口先だけで思ってもないことを言ったのに、そんなに正直に言ってしまったら意味がないだろう。これは媚びではなく、ただただ憐憫なのか。昔の私ならふざけるなと憤るところだろうに、その同情に近い不器用な優しさが、ストンと胸の奥に落ちた。痛みに顔を歪めることもなく、寄り添い世界全体を包み込む夜の闇のような男が檻に、私の目の前にいる。私たちルドウィッカ家の若い教徒たちの罪が暴かれた夜の権化のような男が、私のために慰めの言葉を吐く。
まるで、神が私だけをお許しになったかのように感じた。
「お前がほしい。私のそばで、お前の罪をずっと償っていてくれ」
私の夜。私の罪。ずっとそばにいて、ずっと償わせて。
「わたくしでよければ……。あちらに奴隷商人がいます。買ってください」
奴隷商人に、金貨の入った袋をわたす。奴隷商人は、傷がついたエルフは商品にならない、と断ってきた。ルドウィッカの名を告げあの耳が落ちたエルフが良いのだと年甲斐もなく……11の子としては年相応なのかもしれないが……駄々をこね、そいつの月給ほどの額を包み、ようやっと手に入れた。
「あなたの望むままに、あなたのためだけに生きましょう」
「ふん」
母上には、ルニカ教の教徒として、エルフの贖罪をさせると言って聞かせた。ガゼラは、私の従者として教育を施し、どこへ出しても恥ずかしくない執事として成長した。
ーー
経営学についてレッスンを受けたあと、ガゼラが先生を別室に案内し私を引き止めた。
「ヴェント兄様が、死んだ?」
「ええ、左様でございます。」
ガゼラが封書を持ってくる。封は空いていて、宛名を見る限り父上宛の封書だったことがわかった。
ヴェント兄様が所属する部隊が襲撃にあい戦死したことが、長たらしい賛辞の後に書いてあった。何度目を擦ろうとも変わらず。ルニカ聖騎士団の印と、ルニカ教会の印がしてあり、正式なものだった。
「父上と母上は何と?」
「旦那様はただ一言、残念だとおっしゃいまして、この文書を家族全員に見せるよう指示されました。奥様は……ルニカ聖騎士団に寄付金を送り、エルフの滅殺を王宮議会に申請するとおっしゃっています。」
「アザリア義兄様は」
「自室に閉じこもりきりでございます。」
「そうか……。」
どうしたものだろうか。いきなりのことで、何も頭に浮かばない。心の整理がつかない。襲撃してきたエルフを恨めばいいのか?無意味に虐殺をしていた私たちが、エルフを恨む資格があるのだろうか。
「ルダス様」
「っなんだ。」
「人殺しは、等しく罪です。ルニカ教においての悪、エルフがやるなら尚のこと重罪でございます。卑しい耳長のわたくしめに、どうかエルフ族全体を代表して、ばつをあたえてください。折檻をお願いします。」
「…ガゼラ」
折檻は、ガゼラと私二人だけで話したいというときの合言葉だ。彼がそう言い出すということは、この部屋の近くで耳をそばだてている輩がいるということ。私はガゼラのネクタイを引っ張り、細く長く育ったその脚を折らせる。
「それでは、今夜の鞭打ちと同衾をお前に命じる。お前の贖罪のため、私の手を煩わせたことを500詫びるまで終わらせないからな。」
「ありがとうございます。」
「ルニカ神がお前を許すまで…私がしっかりと償わせてやる」
ギィと、ドアの向こうから足音が聞こえる。
「最近入った洗濯下女でしたね。」
「立ち聞きをするような下女は感心しないな。」
「あなたは……ルドウィッカの次男になったという自覚が少し足りていません。」
「わかっているが」
「いいえ。わかっていなくとも私がフォローしますので大丈夫です。」
午後、洗濯下女の人出が足りずまた採用をしなければならないとメイド長が愚痴っていたのを私は不思議な心地で聞いていた。
あの秘密の茶会以降、私は、私の信じていたものが足元から崩れゆく恐怖を覚えてしまった。だって、エルフが、世界の悪で、だから世界から消さないといけなくて。
ヴェント兄様は、エルフを殺すために武術を習ったのではないのか?どうしたらいい。わからない。わからない。
私は母上に赦しをもらい、奴隷市場に足を運んでいた。浅ましくて、惨めらしくて、獣じみたエルフを見たくて。
醜い、醜悪、汚い彼らを見ても、心は慰められず私は檻の周りをズンズンと進む。
そんなときだ、耳から血を流している褐色肌のエルフを見つけた。髪も黒く、目も黒く、肌も褐色で、耳の部分から垂れる赤い血を見てあの仄暗い夜のジャムを思い出した。
「お前、名前は。」
「…ガゼラです。人間様」
「耳は、どうした。」
「昨日の客に、長くてとんがった耳はルニカ神の罪の証だから、切ってやると」
罪の証か。エルフの耳が罪なら、私の罪はクッキーか、紅茶か、それとも、エルフから略奪したものを食べて育ったこの体か?
「お前は……。他の檻のとは、違うな。」
「それは、ルニカ教徒様が耳をお切りになったからでしょう。罪が消え、私はルニカ神に許されたのかもしれません。」
「なぜ、そう思ったんだ。」
凛とした、冷たい夜を彷彿とさせる男は、なぜと問いかけたとたんにヒトらしい温度を表情に浮かべた。
「……いいえ。いいえ、そう思ってません。あなたがそう言って欲しそうだったから。あなたが喜ぶと思ったから」
だから、そう言いました。
…なんて愚かな。慰めのために、口先だけで思ってもないことを言ったのに、そんなに正直に言ってしまったら意味がないだろう。これは媚びではなく、ただただ憐憫なのか。昔の私ならふざけるなと憤るところだろうに、その同情に近い不器用な優しさが、ストンと胸の奥に落ちた。痛みに顔を歪めることもなく、寄り添い世界全体を包み込む夜の闇のような男が檻に、私の目の前にいる。私たちルドウィッカ家の若い教徒たちの罪が暴かれた夜の権化のような男が、私のために慰めの言葉を吐く。
まるで、神が私だけをお許しになったかのように感じた。
「お前がほしい。私のそばで、お前の罪をずっと償っていてくれ」
私の夜。私の罪。ずっとそばにいて、ずっと償わせて。
「わたくしでよければ……。あちらに奴隷商人がいます。買ってください」
奴隷商人に、金貨の入った袋をわたす。奴隷商人は、傷がついたエルフは商品にならない、と断ってきた。ルドウィッカの名を告げあの耳が落ちたエルフが良いのだと年甲斐もなく……11の子としては年相応なのかもしれないが……駄々をこね、そいつの月給ほどの額を包み、ようやっと手に入れた。
「あなたの望むままに、あなたのためだけに生きましょう」
「ふん」
母上には、ルニカ教の教徒として、エルフの贖罪をさせると言って聞かせた。ガゼラは、私の従者として教育を施し、どこへ出しても恥ずかしくない執事として成長した。
ーー
経営学についてレッスンを受けたあと、ガゼラが先生を別室に案内し私を引き止めた。
「ヴェント兄様が、死んだ?」
「ええ、左様でございます。」
ガゼラが封書を持ってくる。封は空いていて、宛名を見る限り父上宛の封書だったことがわかった。
ヴェント兄様が所属する部隊が襲撃にあい戦死したことが、長たらしい賛辞の後に書いてあった。何度目を擦ろうとも変わらず。ルニカ聖騎士団の印と、ルニカ教会の印がしてあり、正式なものだった。
「父上と母上は何と?」
「旦那様はただ一言、残念だとおっしゃいまして、この文書を家族全員に見せるよう指示されました。奥様は……ルニカ聖騎士団に寄付金を送り、エルフの滅殺を王宮議会に申請するとおっしゃっています。」
「アザリア義兄様は」
「自室に閉じこもりきりでございます。」
「そうか……。」
どうしたものだろうか。いきなりのことで、何も頭に浮かばない。心の整理がつかない。襲撃してきたエルフを恨めばいいのか?無意味に虐殺をしていた私たちが、エルフを恨む資格があるのだろうか。
「ルダス様」
「っなんだ。」
「人殺しは、等しく罪です。ルニカ教においての悪、エルフがやるなら尚のこと重罪でございます。卑しい耳長のわたくしめに、どうかエルフ族全体を代表して、ばつをあたえてください。折檻をお願いします。」
「…ガゼラ」
折檻は、ガゼラと私二人だけで話したいというときの合言葉だ。彼がそう言い出すということは、この部屋の近くで耳をそばだてている輩がいるということ。私はガゼラのネクタイを引っ張り、細く長く育ったその脚を折らせる。
「それでは、今夜の鞭打ちと同衾をお前に命じる。お前の贖罪のため、私の手を煩わせたことを500詫びるまで終わらせないからな。」
「ありがとうございます。」
「ルニカ神がお前を許すまで…私がしっかりと償わせてやる」
ギィと、ドアの向こうから足音が聞こえる。
「最近入った洗濯下女でしたね。」
「立ち聞きをするような下女は感心しないな。」
「あなたは……ルドウィッカの次男になったという自覚が少し足りていません。」
「わかっているが」
「いいえ。わかっていなくとも私がフォローしますので大丈夫です。」
午後、洗濯下女の人出が足りずまた採用をしなければならないとメイド長が愚痴っていたのを私は不思議な心地で聞いていた。
10
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる