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瑯炎、敵を認識する。
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ばさり、と浴衣を受け取るのを見届けて、瑯炎はエグバードに背を向けた。
「風呂はそっちのを使え」
正直、今日の客には内心むかむかする。
蘭秀は花魁であり、太夫だ。
閨事は仕事、妓女として割り切っているはずだ。
それがあんなに嫌がるなど。
あんなに涙を流す蘭秀を初めて見た。
蘭秀は蜃気楼にやってきた時から涙を見せない子供だった。
義理の祖母が祖父が亡くなってから父から許可をもぎ取って、この蜃気楼を買い取り、そこからたびたびここに遊びに来るようになった。
祖母が役目の傍ら、こちらでも仕事をするようになって、色々なところから子供たちを引き取るようになった。
その中で来たのが蘭秀だ。
蘭秀はガリガリにやせて表情もなく、身体のあちこちに痣や傷を負った小さな子供だった。
祖母と瑯炎と二人掛かりで面倒を見、子供らしくふっくりとつやつやのりんごのような赤く色づいたほおを取り戻すころには、蘭秀はこのあたりでも見かけないほどの綺麗な子供になっていた。
パサパサで水気も油気もない髪は艶やかに背中に流れ、栄養状態が悪くむくんで色の悪い肌は血色と弾力を取り戻し、垢と埃と脂にまみれて不潔だった肌は、綺麗に洗われてよく手入れをされて艶を放ち、そして色香を放っていた。
こう言った花街で育つ子供は早い時期から性について教え込まれる。
もちろん将来、妓女や陰間、そうでなければ幇間や芸妓、忘八や下働き、もしくは妓楼以外の花街の用を足す為に存在する様々な店につとめ
る際に、第一に自らの身を守るため、でなければ花街ならではの気遣いなどで必須の項目だからだ。
花街ならではの特殊性が子供たちを早く大人へと成長させてしまう。
そも例にもれず、蘭秀も精神的に早熟な子供であった。
もちろん、身体の方はそれまでの栄養不良を補って成長を続けていて、ある程度は大きくはなったが彼女は室内であってもいまだに高下駄を愛用している。
下駄で身長差を補うことで、少しでも客にあなどられまいとする心のうちの表れなのだろうが、それが当代の太夫の気位の高さと優雅さを現わしていると客の間では評判だ。
その、当代一と評判の太夫を泣かせた客を想うと、瑯炎は熱く溶岩のように腹の奥を灼くのを感じた。
蜃気楼に引き取られた頃から面倒を見ていた蘭秀。
他の禿たちを始め、子供たちと一緒になって遊んでいたが、その中で一番かわいくて綺麗だった蘭秀。
妹のように可愛がっていたが、それでもそのうち店に出なくてはならない年になった。
その頃にはそれなりに女を知り、妓女たちともそういう意味で遊んでもいた。
その相手が、蘭秀になっただけだった。
蘭秀の水揚げには、それなりに遊び慣れてある程度がっつかずに済んで金を持っている老人が宛がわれる予定だった。
その方が、まだ処女地を拓かれたばかりの妓女の身体に負担を掛けずに済むから。
その話を女将から聞いて「お前もこれでいよいよ一人前か。頑張れよ」と声を掛けた時だった。
声を掛けられた当人である蘭秀が顔を歪めて、「水揚げは瑯炎がいい」と言ったのは。
まだ相手がきちんと決まっていなかったこともあって、女将の了承も得て、蘭秀の相手を務めたのだ。
そうやって大事に大事に見守ってきた。
その、蘭秀をこともあろうに泣かせた。
あの客は、敵だ。
「風呂はそっちのを使え」
正直、今日の客には内心むかむかする。
蘭秀は花魁であり、太夫だ。
閨事は仕事、妓女として割り切っているはずだ。
それがあんなに嫌がるなど。
あんなに涙を流す蘭秀を初めて見た。
蘭秀は蜃気楼にやってきた時から涙を見せない子供だった。
義理の祖母が祖父が亡くなってから父から許可をもぎ取って、この蜃気楼を買い取り、そこからたびたびここに遊びに来るようになった。
祖母が役目の傍ら、こちらでも仕事をするようになって、色々なところから子供たちを引き取るようになった。
その中で来たのが蘭秀だ。
蘭秀はガリガリにやせて表情もなく、身体のあちこちに痣や傷を負った小さな子供だった。
祖母と瑯炎と二人掛かりで面倒を見、子供らしくふっくりとつやつやのりんごのような赤く色づいたほおを取り戻すころには、蘭秀はこのあたりでも見かけないほどの綺麗な子供になっていた。
パサパサで水気も油気もない髪は艶やかに背中に流れ、栄養状態が悪くむくんで色の悪い肌は血色と弾力を取り戻し、垢と埃と脂にまみれて不潔だった肌は、綺麗に洗われてよく手入れをされて艶を放ち、そして色香を放っていた。
こう言った花街で育つ子供は早い時期から性について教え込まれる。
もちろん将来、妓女や陰間、そうでなければ幇間や芸妓、忘八や下働き、もしくは妓楼以外の花街の用を足す為に存在する様々な店につとめ
る際に、第一に自らの身を守るため、でなければ花街ならではの気遣いなどで必須の項目だからだ。
花街ならではの特殊性が子供たちを早く大人へと成長させてしまう。
そも例にもれず、蘭秀も精神的に早熟な子供であった。
もちろん、身体の方はそれまでの栄養不良を補って成長を続けていて、ある程度は大きくはなったが彼女は室内であってもいまだに高下駄を愛用している。
下駄で身長差を補うことで、少しでも客にあなどられまいとする心のうちの表れなのだろうが、それが当代の太夫の気位の高さと優雅さを現わしていると客の間では評判だ。
その、当代一と評判の太夫を泣かせた客を想うと、瑯炎は熱く溶岩のように腹の奥を灼くのを感じた。
蜃気楼に引き取られた頃から面倒を見ていた蘭秀。
他の禿たちを始め、子供たちと一緒になって遊んでいたが、その中で一番かわいくて綺麗だった蘭秀。
妹のように可愛がっていたが、それでもそのうち店に出なくてはならない年になった。
その頃にはそれなりに女を知り、妓女たちともそういう意味で遊んでもいた。
その相手が、蘭秀になっただけだった。
蘭秀の水揚げには、それなりに遊び慣れてある程度がっつかずに済んで金を持っている老人が宛がわれる予定だった。
その方が、まだ処女地を拓かれたばかりの妓女の身体に負担を掛けずに済むから。
その話を女将から聞いて「お前もこれでいよいよ一人前か。頑張れよ」と声を掛けた時だった。
声を掛けられた当人である蘭秀が顔を歪めて、「水揚げは瑯炎がいい」と言ったのは。
まだ相手がきちんと決まっていなかったこともあって、女将の了承も得て、蘭秀の相手を務めたのだ。
そうやって大事に大事に見守ってきた。
その、蘭秀をこともあろうに泣かせた。
あの客は、敵だ。
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ごめんなさい!やっぱり間違ってた!
お詫び申し上げます。
いえいえ、わかりにくい字ですからねえ。ありがとうございます!
とても面白いです!蓮華君、色んな人とフラグ立ってますね(笑)。
愛されなのに全く自覚がないってある意味残酷なものですね。片想いの方の苦労が・・・。
連載頑張ってくださいね!
人名など、誤字あったらごめんなさい。
感想ありがとうございますー!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
そうですね、漣華はまだ無自覚です。
今まで自分を含めて周囲は見た目もきれいなひとに囲まれていたので、いきなりこうモテ期に突入して恥ずかしいやら混乱しているやらできっと大変なのですよ^^
漣華はさざなみの華、になります^^読み方はレンゲなんですけれどね^^