謝漣華は誘惑する。

飴谷きなこ

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漣華、二人を想う。

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 漣華れんげはいまだ宴が続く義実家から瑯炎の私邸に帰宅できていない。
先日漣華と義兄二人をせしめ、抵抗できないところをあわや空き室にでも連れ込まれかねなかったところを、瑯炎に助けられた。
そのどさくさに紛れて求婚を受け、かんざしを贈られたのがいまいち実感がわかない。
そもそもなぜ男である自分に求婚するのか。

 あの後、礼記はひたすら甘やかすし、義兄と義母、義曾祖母はニヨニヨしてるし、義父は苦虫を噛みつぶしたような表情をしてるし、ようやく夫とともに実家に顔を見せに来た義姉にはからかわれるしで散々だったのだ。
 
 礼記は宴の間、滞在してくれたがそれも昨日、帰宅してしまった。
漣華に熱い抱擁と口づけを施し、耳元で「愛してる」とささやいて。
昨日、礼記がふれた唇に手をやると、じん、と熱く熱を持つ。
それと同時に礼記に抱きしめられ、触れられた箇所が熱を持って、礼記を忘れさせまいとする。
下腹の奥に熱が生まれ、さらにそれが自らの下肢にも帯びてきて、漣華は慌ててかぶりを振ってふ、と息を吐く。

 自分はどうしたいのか。
このまま流されてどちらかと婚姻を結んでもいいのか。
そもそも自分は辺境の遊牧民の出、遊牧民の間では同性婚と言うものはなかった。
戦時においては戦場のならいとして熱くたぎった血潮を鎮めるべく、同性同士で交わるとも聞くが、自分はそもそも同性異性問わずそんなことをした覚えはないし、清らかな身のはずだ。
一度は花街に行き妓楼に上がったこともあるけれども、手先の手入れと按摩を受けただけだし。

 実際には清らかな身と言うわけでもなく、師匠であった瑯炎ろうえんとも礼記とも蜃気楼の陰間、莱玲らいれいともがっつりイタしてるわけだが、その際の記憶を幸か不幸か、漣華は失ってしまっている。
むしろ初めてがアレでは、なかなかに厳しいものもあるので記憶はない方が本人の為なのかもしれない。

 はふ、とまた息をついたときに、まげに挿した簪がしゃらり、と涼やかな音を立てた。
今、漣華の髪には二本の簪が飾られている。
どちらかとの婚約が決まるまでは、これは髪に挿して求婚を受けている最中、つまりは結婚適齢期であると周囲に知らせる意味合いもある。
簪は今後増える可能性もあれば、何らかの理由で減る可能性もある。
どちらにせよ、簪の数の増減は衆目を集めるから、あちらこちらで漣華の婚約の行方について噂になるだろう。
漣華自身は遊牧民の出身でたまたま謝家にひきとられたが、世間一般からすると今上皇帝の末妹の子で、東宮とは義理とは言え従兄弟同士になる。
自分が女であれば、問題はないとは思う。
子を産める身体であれば、良人おっととなった男の子を産んで育み、次世代へ命をつないでいくのだ。
いつの時代も命をつなぐと言うことは生きとし生けるもの最大の使命とも言える。

 それが、最初から子を生せない男を妻に迎えるとなるとどうなるのだろうか。
延琉に来てから、と言うか礼記に求婚されてから、同性婚と言うのは数はそう多くもないが少なくもない一定の数を占めていると聞かされた。
子は血筋の継承を目的にするならば親戚から養子を貰うこともあるが、そうでない場合は行き場のなくなった孤児を引き取ることもよくあるのだと言う。
社会の安全弁の役割を果たしているらしく、うまく機能しているものだと感心した。

 しかし。

 その対象が自分であると言うことにどこか納得がいかない。
しっくりこない。
そもそも、誰かを好きになると言うことがよくわからない。
二人のうち、誰を選ぶのかそれとも選ばずに誰かを選ぶのか。

 もう一度ゆっくりと頭を揺らして、しゃらりしゃらりと簪が奏でる音を聞く。
自分の心には誰が住んでいるのか。

 義母である稜佳りょうかは、胸に手を当てて誰がその中にいるのか自分に聞いてみろ、と言う。
胸に手を当ててはみるものの、それが誰なのかわからない。
一番最初に漣華にその恋心を告白し、漣華に簪を贈ったのは、礼記だ。
しかし、直後同じように簪を贈ってその熱い想いを告げたのは瑯炎だった。

「礼記どの……」

 漣華には、誰を想えばいいのかわからない。
しかし、あの優しく掻き抱いてくれ、耳元で熱く愛を語ってくれた礼記にも、漣華たちを暴漢から守り、その心のうちを簪に込めて贈ってくれた瑯炎にもどちらにも応えてやれれば、と思えてしまう。

 自分の身体が二つあればいいのに。

 あの二人を想うと、身体に熱が灯る。
熱くて仕方がない。
はらの奥底に熱がたまり、どろどろに溶けていくような。
まだ日は高いが、少し休もうと寝室に行くことにした。
 
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