謝漣華は誘惑する。

飴谷きなこ

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玖、謝漣華は誘引する。 *R15*

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 瑯炎ろうえん禿かむろに案内させて、蘭秀らんしゅうの部屋の隣にある遥か西方にあると言う国から運ばせたと言う大きな寝台を設えた部屋に案内されていた。
ここは蘭秀の部屋だけでは飽きが来ると言った客の場合は、敢えて部屋を変えてねやを楽しむと言った趣向を取る場合がある。
そうすることで慣れた敵娼あいかたでも新鮮味が出て、また足しげく客が通うきっかけになることがあるのだ。
だから、蜃気楼しんきろうは抱える妓女や陰間の数も多いが、客を通す部屋の数もそれなりに揃えているのでも有名なのだ。
客は金を払って生身の女を抱くのではなく、その金で夢を買うのだ。
部屋ごとに設えを変えるのも客に与える夢の為。
そしてその対価として客が落とす金の為である。
世の中は世知辛い。

 瑯炎はその大人が七人くらいは楽に眠れそうな寝台に漣華れんげをそっと横たえた。
身体に巻きつけた敷き布をそっと引きはがし、漣華の額に口づける。
それだけで漣華はびくん、と身体を跳ねさせた。
瑯炎は苦笑する。
今朝からこうでは、もう限界だろう。
一度吐き出させねばならない。
そう思って漣華の服を脱がし始めた。

「ろ、えん、さま? 」

 異変を感じたのか、漣華はそっと目を見開いて潤んだ瞳を瑯炎に向けてくる。
西方で作られたと言う寝台は弾力性に富み、瑯炎が片手をその上に置いても下から押し上げてくる。
これなら、多少激しい動きをしたところできっとそれをぶつける漣華には痛みは生じづらいだろう。

「漣華」

 瑯炎はそう言いながら、目の前で熱に蕩ける佳人に口づける。

「昨夜お前に媚薬を盛られた。すまん、止められなかった」

 息を吐き出しながら、漣華の花のように鮮やかに色づいた唇を瑯炎は啄む。

「できれば、もっと穏やかな形で迎えたかった」

 一瞬遠い目をして、瑯炎は漣華の熱で蕩けた瞳を覗き込んだ。

「媚薬をさっさと排出せねばならん。お前には効きすぎている」

 そう言うと、瑯炎は漣華の口腔内をねぶるように愛撫する。
熱い吐息を吐きながら、言葉を紡ぐ。

「これから、抱く。お前の意思を無視することを許してくれ」

 誰が、とは言わない。
言わなくても瑯炎の眼がそれを主張している。

「ろ、えん、さま。だいて、くださいませ」

 からからに乾いた咽喉から、漣華は言葉を紡いだ。
暑い。あつい。熱い。
身体の奥底で、熱が煽られ、燃える。
腰にわだかまって局部がはちきれるように膨張して痛いくらいにその存在をしめしている。
だが、発散するには刺激が足りず、おまけに胎の奥の方でも同じように熱がある。
誰かに触ってほしい。
誰かになぶってほしい。
誰かに甚振いたぶってほしい。

 漣華の脳はそれだけで埋め尽くされていた。
瑯炎への答えは、彼が今にも灼き切れそうな脳内の神経と血液をありったけ集めて、ようやく口にしたことである。

 それを瑯炎は頷いて了承の意を返すと、漣華はとろりとした笑みを浮かべて、腕を伸ばす。
瑯炎が近づくと、行燈あんどんの光が反射して瞳が黄金色に見えた。

「きれい……」

 うっとりと寝台に仰向けになった佳人は言う。

「綺麗なのは、美しいのはお前だ」

 柔らかな光に照らされた白い頬を撫で咽喉元に口づけを贈ると、白い敷布の上に横たわりその金茶色の髪を枕に散らした人は儚げな声で喘ぐ。
それを聞いて、咽喉元から耳の後ろまで、軽く啄む。
そして首元のボタンを掛け紐から外して、合わせ目に手を入れるとするりと肩から外し白い肌をあらわにしてしまう。
肌の上を撫でただけで、敏感になりすぎた身体は快感を捕らえて跳ねる。
それが瑯炎には面白く感じた。

「漣華。今日は夜が長い。たっぷり楽しめ」

 そう言うと、布で擦れて更に感度を増した二つの紅く色づいた胸の飾りの攻略に挑みかかった。





 礼記は、部屋の外に立って中から漏れ聞こえてくる声を何とはなしに聞いていた。
目の前には建物を貫く巨大な陥穽ふきぬけ、向うには先ほど乗ってきたばかりの昇降機エレベーターが上下に運行しているのが見える。
最近設置されたばかりだと言うが、特に問題なく動いているらしい。
妹の話でも後宮に設置された昇降機も問題なく稼働しているようで、畏きところや後宮の妃嬪ひひん方、上級の女官たちにも好評だと言う。
いずれその技術も時間が経てば民間に降りてくるだろう。
過去においてはそう言った技術は国の上層部が独占して外国に国力を見せつける道具としていたのだが、ここ数代の君主は英邁えいまいで積極的にそう言った独占技術を民間に流し、市場の活性化を狙っている。
宰相いわく、そう言った技術には旬があり、いずれ流出するのであれば積極的に流出させて管理した方が良いのだと言う。
その代わり技術や知識などに関する特許や著作権など、以前は聞かなかったものを耳にするようになった。
なんでもそう言ったものを開発した技術者や発明家などを積極的に保護し、支援する為に創設されたのだそうな。

 そう言ったことをつらつらと考えていると、ひと際大きな艶を帯びた声が聞こえた。
礼記の下肢がずぐり、と熱を帯びて力を持つ。
これは脱いで確認しなくてもわかる。
きっとみっともないほどにその口からだらだらと先走りを垂れ流しているだろう。
幸い、身に着けている衣装はゆったりとしており、上衣も長い。
そのままでも目立つわけではないが、なんとなく窮屈な感じがして礼記はその長い脚を軽く交差させて壁に凭れる。
そうすると下肢にも若干ゆとりができて張り詰めた雄にも僅かながら開放感があり、布できつく戒められたり擦れたりと言った刺激から解放される。

 そのまま、目の前に広がる装飾を施された広い天井と、そこにぶら下がる巨大な玻璃製の照明器具が四方八方に煌びやかな光を乱反射させながら光を放っている。
そこから少し視線の先を外して意図的に焦点をずらすと、視野の中の対象物がその線をぼんやりとさせてそこに光がまとわりつく。
あまり視力には良くはなかろうが、思考も適度にぼんやりとするので礼記はたまにこういう遊びをする。
周りには単純に思索に耽っているように見えるようで、適度にほって置いてくれるから中々に重宝している。

 中に居るはずの佳人が上げる艶声が礼記の思索に色を添える。
彼の人は、礼記に抱いてほしい、と言っていた。
抱くのはやぶさかではない。
だが、あの場所で彼の人とそう言う行為に及ぶのは嫌だった。
しかも媚薬を盛られていたのだと言う。
極弱いものらしいが、あのまま抱いてしまって終わった後そのやり取りした記憶が残っていなかったら、と思うと怖い気がする。
礼記は間違いなく漣華に好意を持っていたし、正直工房へ発注を掛けるべく技官を呼び寄せた際、初めて会った時に電撃が走った。

 一目惚れしたのだ。

 礼記とて、絶賛結婚適齢期であり、それなりに妓女おんなを抱いたり、それなりの家格の令嬢たちとお見合いなどをしたりそれはそれなりに恋愛経験なりなんなりを積んでいる。
だが。
美しい令嬢たちだったと思う。
それなりに教養も財産も身分も持ち合わせ、貴族の妻となるには十分な娘たちだった。
だが、礼記の心を動かす令嬢は一人もいなかった。
お茶などを共にし、しばらくして礼記は席を外したことがあった。
小用を済ませて令嬢と共にいた四阿あずまやに戻ろうとした際、ちょうど大きな樹に隠れて令嬢たちの背後に回った。
そこに行くまでの遊歩道が結構蛇行していたりなんだりで時間がかかって仕方なかったので、行儀は悪いが武官でもあるから、そこは大目に見てもらおうと近道を選んだのだ。
そこで、礼記は令嬢たちが自分の事にそれほど好意を持っていないどころか、下位に見て悪しざまに言うのを聞いたのだ。

 礼記は代々武を以て延唐えんとうに仕える家に生まれた。
毎日たゆみなくむことなく、地道に勉学に励み、技術を鍛え武を磨いてきた。
それに自信を持ち、延唐を護る武の一角として自負を持っている。

 それが。

 たかが、文官の娘であるだけの女たちに悪しざまに言われていたのだ。
やれ、武官の給料では流行りの宝石が買えないだの、流行りの布地で衣装を仕立てられないだの、流行りの芝居を見たいのに芸人を呼べないだの。
挙句、保養地に別荘のひとつやふたつ建てないと身内に顔が立たないなどと言い出し、礼記は我慢できなくなった。
そこに居たのは、礼記の父の同輩である文官の紹介でそこそこ高級官僚の娘たちであったのだが、礼記は令嬢たちから気配を絶ち、ひっそりと距離を取ると、父と父の同輩の居る別の四阿へ赴いて今回のお見合いは破談とさせていただくと伝えた。

 自分は武官であり、国家に奉仕する武家の生まれ、嫁の贅沢の為にその報酬を頂いているのではない、と拒否したのだ。
それには礼記の父も何も言わず、同僚の文官はただ頭を下げて自身の不明を詫びた。
そうしてその令嬢たちとのお見合いは無事、解散となり、後日破談を申し入れたのだ。
先方は随分とごねたようだが、いざと言う時に夫となる自分が不在であれば、家政を仕切り場合に寄っては武器を手に取り家族どころか一門を率いねばならぬ。
そうでなくては武家の嫁は務まらぬ、と突っぱねたのだ。

 元よりまだ見合いの段階で礼記の懐を皮算用して、贅沢を極めんと欲するその心根がいやしい。
贅沢をしたいのならば自ら額に汗して働け、と礼記は言い放ち、相手を黙らせた。
それでもぐちぐちと不満を口にしていたが、礼記はそれに対して揮家の持ちうる財産の最低でも五倍の持参金を持って嫁いでくるのであれば、妾として迎えると答えた。
その持参金に礼記は一切手を付けないが、妾として遇しはする。
だが、妻として扱うことはなく、また生まれた子も子として扱うことはない。
そしてその生活に掛かる一切の費用はその持参金のみから出すべしと条件を付けると、とんとん拍子に破断が成立したのだ。

 それ以来女と言う存在に辟易し、見合い話も断り続けて今に至る。
恋など一生縁のないものだと思っていたところにこれだ。
礼記は自嘲した。

 幸いにして延唐は古来より同性間の恋愛は寛容で、時には推奨してきた歴史もある。
女性はやはり唯一子を産める性であるから、別格ではあるのだが、男性同士でも結婚できるのだ。
現に数代前の揮家の当主の正妻は男性である。
当然子は生せないから、兄弟の子を養子に取って跡を継がせたが、元よりどの家でも子は多いから、1人養子にやったところで困りはしない。
医療水準も高まってきたとは言え、子供をたくさん産まねば死亡率は低くないから、すぐに家系が絶えてしまいかねないのだ。

 ふと視線を感じて横を見ると動きにわずかに遅れて焦点が合った。
視線の先にはさきほどまで寝衣姿だったのを改めたのか、衣装を着こみ髪を結い上げてこちらへ歩み寄ってくる莱玲の姿があった。

「莱玲どの」

「先ほどは失礼申し上げましたわ、まさかお客様がおいでとは思わずあのような姿で」

 着替えてまいりました、と莱玲は笑ってくるりとその場で回って見せる。

「どうでしょう?似合いますか?」

 礼記は知らないが、今日は先日とは違って革製の衣装ではなく、比較的おとなしめだ。
だからと言って蘭秀ほどではないが、それなりに上質の絹であつらえた衣装を身に纏っている。
髪は大きくまげをひとつ結って他の髪は垂らし、かんざしで飾る。
そして飾り櫛で自らが陰間であることを示す。

「見違えたな」

 礼記は世辞ではなく、感嘆した。
莱玲は実際美しい。
見た目は完璧に美女そのものである。
だが、その拵えは陰間、つまり男を示すのだ。
その矛盾が莱玲を蘭秀と妍を競う陰間の頂点足らしめている。

「うふふ、ありがとう存じます」

 莱玲は礼記の腕にその豊満な胸を押し当てて、笑う。
そこから彼らはそのまま立ち話に興じた。
莱玲としては、別の部屋でもてなしても良かったわけだが、二人とも部屋の中の漣華と瑯炎が気になっていたのだ。
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