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しおりを挟む温室の天井からやわらかな太陽の光が降りそそいでいた。長椅子にゆったりと腰かけて、フィーナディアはノートの上に重ねた便箋に手紙を書いていた。目の前のテーブルの上にはお茶のセットとフィーナディアが先日受け取った手紙が置かれている。
あの夜会からひと月ほどたとうとしていた。各地から来ていた人々が帰って行った後は穏やかな日々がつづいていた。フィーナディアの研究を実用化するためのチームが発足し、フィーナディアもそれに協力はしていたが、それ以上に優秀なメンバーと虹色の瞳を持つラグルのおかげで徐々に形ができつつある。簡単な灯りなどは孤児院や病院から少しずつ設置しはじめていた。とりあえずは好評だ。
フィーナディアは手紙を手に取った。送り主は叔父のファルトーンだった。エリーディアの当主となった叔父は、仕事をやめて家族と共にエリーディアへと戻った。叔父が住んでいた屋敷は従叔父の一家が越してきて、フィーナディアのはとこにあたるその家の息子が今は城勤めをしている。
元々、父の代わりに当主の仕事を手伝ってくれていたのもあって叔父は問題なく新しい生活と仕事をこなしているようだった。叔父の手紙にはエリーディアの様子もよく書かれていて、故郷の日々が穏やかで平和なことに安心する。
手紙を一度置き、フィーナディアはトゥーランでの生活をつづった。フィーナディアが取り組んでいること、結婚式の準備のこと、それから――
向かい側の長椅子に視線を向ける。
その虹色の瞳をまぶたの裏に隠し、静かな寝息を立てて眠っているのはラグルだった。フィーナディアは微笑んだ。毛布の代わりに太陽の光がラグルを包んでくれている。
それから、ラグルとのことも――この手紙が来た時、ラグルはフィーナディアのことを気づかってくれた。叔父はきちんとその後の父や姉のことをフィーナディアに報告してくれていた。今は二人ともエリーディアの“塔”と呼ばれる場所に幽閉されているが、今のところは反省の色はまったく見えないこと、このままの状態で二人とも変わらないのであればいずれは病死することになるだろうということ。
叔父はもしそうなったら決定する前にフィーナディアに報告することを約束してくれている。それから、そうなると決定してもフィーナディアの結婚式が終わってからにすることも。
フィーナディアは少し考えてから、「その件については叔父様に任せます」とだけ手紙に書いた。結婚式は来年の春なので、それより前に――ということになりそうだったら、ラグルと相談してみるので気にせずに言ってほしいとも。
叔父はきっともし二人のどちらかが突然病死となったら、フィーナディアの結婚式が一年は延期になってしまうことを気にしてくれているのだろう。あんな二人でも間違いなくフィーナディアの家族で、フィーナディアはその縁を切っていない。
ペンを置いて紅茶のカップを代わりに持ち上げた。さわやかな香りのするハーブティーだった。夏にアイスティーにしてもおいしそうだ。
紅茶をひと口飲み、カップを置くと同時に目の前の長椅子でラグルが身じろいだ。「ん……」と小さく声が漏れ、ゆっくりと虹色の瞳が開く。眉間にしわを寄せ、どこか気まずそうに起き上がったラグルは眠気を追い出すように軽く伸びをした。
「すまない、寝ていたな……」
「お気になさらないでください。お疲れなのでしょう?」
今は過ごしやすい季節なことと、フィーナディアの研究のおかげでラグルは以前のように魔力の使い過ぎで眠くなることが少なくなった。が、国王としての仕事は激務なままだ――むしろ魔力の使い過ぎがなくなった分、ローディムが容赦なく仕事を回すようになったのだが、今までのことがある分それについてラグルは文句を言えなかった。
ただ、フィーナディアとの時間を無駄に過ごす羽目になることは文句を言ってやりたい気分だ。フィーナディアは気にすることなく笑顔を見せてくれてはいるが。
「こういう時くらい、ゆっくりしてくださって大丈夫ですよ」
「だが……」
ラグルはつまらなそうな顔をした。
「折角フィーナディアとこうして過ごせる時間を寝てしまうのは俺だって惜しい」
フィーナディアは目を丸くし、頬をバラ色に染めた。
「それに……」
「それに?」
「言っていただろう? 眠くない俺とゆっくりお茶をと」
「えっ」
目を瞬かせてフィーナディアは自分の記憶を掘り起こした。たしかに言ったような気がする――あれはトゥーランに来てすぐ、風邪を引いてしまった後のことだった気がする。
フィーナディアだって何となく言ったその言葉を、ラグルが覚えていたことが意外で、それでいて胸の奥がほんのりと温かくなるような……何か灯りが点るような感覚がして、フィーナディアはしあわせだった。
「自分で言ったのに忘れていたのか?」
「少し忘れていました」
フフとフィーナディアは笑った。
「でも、そうですね――起きているラグル様とこうして一緒に過ごせる時間が増えるのは、たしかにうれしいです」
今度はラグルが照れ臭そうにする番だった。
「ラグル様がそうやって何気ないことを覚えてくださっていることも」
「ただ、」とフィーナディアはつづけた。
「ラグル様がお休みになっているところの近くで、一人で本を読んだりこうして叔父様からの手紙の返事を書いたりすることも嫌いじゃないんです」
ラグルが自分の傍で穏やかに眠っているのを見ると、心を許してもらえているのだと思えること、自分の傍がラグルにとって安らぎの場になっていると思えること、それがとてもうれしくてしあわせなのだと――そう言ったフィーナディアに、ラグルは照れ臭そうなまま微笑んだ。細められた虹色の瞳がやさしくフィーナディアを見つめている。
だけどやはり今からは起きているとそう言って、フィーナディアの手を取ったラグルがうっかり小さくあくびをこぼしたのに、フィーナディアは思わず笑ってしまったのだった。
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