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しおりを挟む執務室の長椅子にラグルはぐったりと寝そべった。書類に向かっていたはずのローディムがパッと顔を上げ、すぐに眉間にしわを深く刻んだ。ラグルと一緒に執務室に入ってきたカランズもほんの少し苦い笑いを口元に浮かべた。
夜会の翌々日――今日は午前中から主家会議が行われた。会議が終わると主家の当主だけで親睦を兼ねた昼食会があり、それらをすべて終えてラグルはやっと解放された気持ちで執務室に戻ってきたのだ。
今回の主家会議はファルトーンがエリーディアの当主になることについてが主な議題だったためトゥーランに関しては特に何もなかったが、いくら国主とはいえ他の主家の当主は年上ばかりでさすがにラグルも緊張を強いられた。
「それで?」
会議のための礼服のまま長椅子に身を投げ出しているラグルにローディムは声をかけた。使用人が見たら折角の衣装がしわになると悲鳴を上げそうだ。
「主家会議はどうだったのです?」
ラグルはちらりと視線を上げた。
「問題なく終わった。ファルトーンのことは根回しがしてあったし……」
「フィーナディア様のことは?」
「それも問題なかった」
エリーディアから妃を、という話はファラグレスの杜撰な計画もあったがラグルが即位する時の主家会議でその話が出たからというのも大きい。しかしファラグレスが主家の当主の座を追われ、エリーディアの問題が片付けばエリーディアからわざわざ妃を選ばなくてもいいのだ。
王家は主家が順に担っていくが、当代の国王に娘を嫁がせてできるだけ影響を強めたいと考える主家があってもおかしくはない。実際、今回の主家会議で一度婚約を白紙に戻したらどうかという話も出た。フィーナディアが他でもない、ファラグレスの娘だからというのもあるだろうが。
「夜会で使った灯りのことを話したからな」
夜会の大広間にはいくつもの灯りを浮かせていた。ラグルの魔力が使われた灯りで主家の当主たちもそれに気づいていた。虹色の瞳を持つラグルの魔力が桁外れなのは周知の事実。それでも改めて目の当たりにして感心していたのだ。
しかしラグルは主家会議であの灯りは確かに自分の魔力が使われているが自分の魔力だけで作られたものではないと打ち明けた。あれこそ、フィーナディアの功績だ。フィーナディアが神話の神々の紋章から使えそうなしるしを選び、ラグルを中心に魔力が多く使い慣れている者がしるしに魔力を込めたのだ――とはいえ、やはり圧倒的にラグルの魔力が多かったが。
もしあの灯り全てをラグルがあの場で灯し、浮かせていたのならきっと彼は夜会の最中にどうしようもない眠気に襲われていただろう。
主家の当主たちはその話に驚き、感心して以降はもう誰もフィーナディアが妃になることを反対しなかった。その上、アーケアの当主――ローディムの父親だ――が、ラグルとフィーナディアの仲睦まじさをからかったので会議が終わるころには親子ほど年が離れている当主たちにはこぞって温かい視線を向けられたのだった。余計なお世話だった。
「フィーナディアの研究の成果を実用化できるように計画を立てる。ローディム、フィーナディアに必要なものや人材を聞いて計画書を作ってくれ」
「わかりました」
「フィーナディアは?」
「イングリット様とお部屋で過ごされていますよ」
カランズが答えた。
「あのネックレスを、イングリット様がご自分でフィーナディア様にお持ちしたいとおっしゃっていたので――そういえばあのネックレスに一体何をしたのですか?」
「何が?」
「陛下の魔力を感じました」
ラグルは一度長椅子に置かれたクッションに顔を埋めた。それから大きく息を吐き、特に何でもない様子でまた顔を上げた。
「トゥーランの当主はあれを妻に贈る前に自身の魔力を込める。俺もそれにならっただけだ」
「本当に? それだけですか?」
瑠璃色の瞳が疑うように細められた。いつものカランズからは珍しい表情だ。
「それだけに決まっているだろう。フィーナディアが身につけるものだぞ」
「ですが……」
「カランズの言いたいこともわかりますけどね」
ローディムが目を通し終えた書類をめくりながら口をはさんだ。
「あれを目の前で見たのでしょう?」
「それ以外も見ましたが」
「あの女の自業自得だ。フィーナディアを守るために魔力を込めたのだから、あの女がつけてただで済むはずがない」
どこか他人事のようにラグルは言いながら立ち上がった。
「陛下、どちらに?」
「フィーナディアのところだ。護衛はいらない」
***
「本当によく似合っているわ」
フィーナディアの首元を飾る美しい宝石に、ラグルの祖母であるイングリットは満足そうに笑顔を見せた。
「夜会でお見せできなくて申し訳ありませんでした」
「いいのよ。でも結婚式にはぜひつけてちょうだいね。もちろん、その後も――長く使ってくれたら、うれしいわ」
フィーナディアがうなずくと、イングリットは優しく瞳を細めた。早くに亡くなったはグルの母親はあまりこのネックレスを使わないままその前の持ち主であるイングリットの元に戻ってきてしまったのだ。
「このネックレスのことをラグルから聞いた?」
フィーナディアは首を傾げた。
「トゥーランに代々伝わっているものだけれど、当主が妻に贈るの。妻を守るように魔力を込めてね」
「まあ、それでは……」
そっとネックレスに触れるとそれに答えるようにネックレスから温もりが伝わってくるような気がする。
「わたくしの目からも虹色の輝きが見えるわ。あの子の色ね」
フィーナディアはネックレスをはずし、しっかりとそれを見つめた。虹色の輝きはフィーナディアにもわかる。ラグルの色だ。
「あの子は若くしてこのトゥーランの当主になり、この国の国王になった。トゥーランや国のためばかりで心配していたの……本当にいい縁に出会えてよかった……」
「イングリット様……」
「わたくしのことはおばあさまと呼んでくれていいのよ? あなたのようにかわいい孫が増えるならうれしいわ」
そう言って笑うイングリットにフィーナディアも顔をほころばせた。家族に恵まれなかったフィーナディアにとってイングリットの言葉は心の奥を温かく包んでくれるようだった。
「おばあさま」とそっと、大切に、フィーナディアが口にすればイングリットも優しくフィーナディアを見つめ返してくれる。その視線がくすぐったい。
ノックが聞こえ、フィーナディアが返事をすると外に控えていた騎士がラグルの来訪を告げた。部屋に訪れたラグルはきっちりとした礼服を着ていたが少ししわがよっている。「まあ、だらしない」とイングリットがあきれたように言ったのに、ラグルは気まずそうな顔をした。
「主家会議は終わったのですか?」
フィーナディアの問いにうなずきながら、ラグルはそれがさも当然であるかのようにフィーナディアのとなりに座った。
「問題なくファルトーンがエリーディアの当主となった。元々エリーディアはファルトーンとフィーナディアが治めていたんだろう? 混乱も少ないだろうし、他の当主たちも協力的だから心配することはない」
ラグルはイングリットに視線を向けた。
「あら? お邪魔のようね」
孫に向かってやれやれと大げさにため息をついてイングリットは立ち上がった。
「お暇するわ。フィーナディア様、わたくしが帰るまでにまたお茶をしましょう」
「はい、イングリット様。ぜひ」
立ち上がって見送るフィーナディアと座ったままのラグル――二人の孫にやさしいまなざしを向けて、イングリットはフィーナディアの部屋を後にした。
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