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しおりを挟む「全くなっていないわね、ここの使用人は」
離宮に押し込めたものの、姉のフィーアルテは早々にフィーナディアの部屋にやってきた。部屋の位置は教えていなかったのに、連れてきた誰かに探らせたのかそれともここの使用人にたずねたのかはわからないが……。というより、勝手に城内をうろつくのはさすがにどうかと思う。正式に招待された客人でもないのに。
アルマを含めた数名の侍女と、カランズが選んでくれた特に信頼できる騎士たちが部屋とその周囲に待機してくれている。むしろ圧を感じるくらいなのに、フィーアルテはそんなことちっとも気にならないらしい。
フィーアルテはトゥーラン城の使用人がいかに使えないかを語っている。離宮に御用聞きに来ない――そもそも先ぶれなしにフィーアルテが来たので客人につける侍女を選んでいなかったし、フィーアルテは自分の侍女や取り巻きを連れてきている――すれ違っても最低限のあいさつをしない――フィーアルテが求めているのは王族にするそれで、常識的に考えれば当然のことだ――など、どう考えてもトゥーラン城で働く人たちに非はほとんどないことばかりだ。
そもそも、現在は王位についているトゥーランの城で、しかも次代の王家であるアーケアの人間の目の前で、自分こそが王族だというフィーアルテは不敬どころか反逆で捕らえられてもおかしくはなかった。ラグルたちはフィーアルテだけでなく姉妹の父、ファラグレスにも問題があると考えて、まとめてどうにかしようとしているらしく何も言わないが。
「もっとも、できそこないのあなたにはぴったりなのでしょうね、フィーナディア」
アルマだけでなく他の侍女たちも表情をこわばらせたのがわかった。
「それで――ちゃんとやっているの? お父様が心配なさっていたのよ。あなたが余計なことをしていないか」
父や姉にとっての余計なこと、のことだろう。すでにフィーナディアはラグルたちに父や姉のことを話しているがそれを覚らせるようなことはしなかった。
「まあ、この様子だとその心配はなさそうだけれど」
うつむいたフィーナディアに口端をにんまりと上げ、フィーアルテは部屋の中をぐるりと見渡した。ラグルとの距離が縮まってもフィーナディアの部屋の場所は変わっていない。ラグルの部屋からは離れている客間の一つだ。
元々あった家具などをそのまま使っていて特に模様替えもしていない。ラグルからの贈り物は花や本が多く、花に関しては素朴な雰囲気のものをラグルもフィーナディアも好んでいたので今も花瓶に活けられてはいたが華やかさにはかけるだろう。本に関しては希少価値の高い古書も多く、丁寧に本棚に並べられているがフィーアルテにはその価値はわからない。
フィーアルテから見てこの部屋は最低限の物しかない、王の婚約者にしては質素な部屋に映っただろう。フィーナディアは実家の姉の部屋を思い出した。彼女は父や取り巻きから様々な贈り物をされていて、部屋の中は高価な調度品や小物が無駄に目についた。
フィーナディアがラグルに気に入られていることをわざわざ言う必要はない――フィーナディア自身も、彼女の侍女たちもそう考えいていた。それにフィーナディアは知らなかったが、彼女が結婚後に使うことになる部屋のための家具などは今からラグルが周囲に相談しながら用意している。この部屋の様子がいつまでも変わらないのは、あくまでここが仮の私室だからという理由も大きかった。
「地味であなたにぴったりの部屋ね、フィーナディア。いえ、メイドたちと同じ部屋の方があなたにはぴったりなんでしょうけれど」
フィーアルテの侍女がクスクスと笑い声をたてた。
「昔からメイドたちと気が合うようだったものね?」
フィーナディアは何も言わなかった。言い返してもこの時間が長くなるだけだ。
フィーアルテは再度フィーナディアに父の期待に応えるよう念を押し、更に嫌味を積み重ねた。フィーナディアをバカにする物言いに侍女たちの怒りがたまっていくのを感じたが、フィーナディアにはなだめることしかできない。
結局、フィーナディアの元に妃教育の教師が訪れたという知らせが届くまで、フィーアルテはフィーナディアの部屋に居座りつづけた。「ではまたね」と美しい笑顔を貼り付けて姉が部屋を出て行くと、フィーナディアはやっと大きなため息を吐いた。
「ごめんなさい、姉が――」
侍女たちを見てフィーナディアが眉を下げると、侍女たちはそろって首を振った。
「あの方はいつもああなのですか?」
侍女の一人がフィーナディアとアルマにたずねた。
「そうね……」
「失礼ですが、フィーナディア様は何も言い返さないのですか? いずれはフィーナディア様の方があの方より立場が上になりますし……」
「ちょっとでも言い返すと余計に長引くの。正論は通じないし……申し訳ないけれど、あなたたちも我慢してね」
「どうして陛下はあの方の滞在を許可されたのでしょう……?」
一番若い侍女が言った。
「ラグル様と――それから、ローディム様には何か考えがあるみたいだけれど……どうかしらね」
想像はつくが。
「もしお姉様に何か言われたりされたりしたら、すぐにわたしに言ってね」
ノックの音と共に教師が訪れ、フィーナディアは気持ちを切り替えるべく姿勢を正した。
***
案の定、フィーアルテはフィーナディアの侍女たちに目をつけたようだ。廊下ですれ違っただけでフィーアルテや彼女の侍女、取り巻きたちから絡まれる。
「あんな人がフィーナディア様の姉君だなんて信じられません」
フィーナディアの侍女の中で一番若いラナが唇を尖らせながら言った。ここは城で住み込みで働く使用人たちの私室などがある一角で、文官や武官でさえ近づかない。使用人たちを大切にしている者ほど彼らのプライベートを尊重して押しかけることはなかったし、フィーアルテのように使用人を見下している人間は当然ここには近づかなかった。その食堂は夕食を取る使用人たちがまばらにいて、食事やおしゃべりをのんびりと楽しんでいる。
アルマは最初の頃フィーナディアの部屋からつづく小部屋を使っていたが、フィーナディアの侍女が増えてやっと自分に用意されていた私室を使うようになっていた。夜間、フィーナディアの傍に待機する侍女は交代制だ。
夜間を担当する侍女と交代して侍女仲間と今は食後のデザートを楽しみながらいつもなら楽しいおしゃべりをするところ、フィーアルテについて愚痴をこぼし合っていた。
「フィーナディア様のことだってバカにして!」
「あの人はエリーディアでもああだったのよ」
アルマはため息をこぼしながら言った。フィーナディアに仕えるアルマは当然、エリーディアでもフィーアルテに目をつけられていた。フィーナディアにはよくかばってもらっていたが、そのたびに申し訳なさを感じてしまう。今もそうだ。
「今日なんて、フィーナディア様がお庭を散歩していたらばったり出くわして……なんて言ったと思います? 自分が散歩しているから庭から出て行けって言ったんですよ!? ここはトゥーランだし、あの人の城じゃないのに……!! さすがにフィーナディア様が注意したら、いずれ自分は女王になるんだからトゥーランも自分のもので、庭だってそうだ、なんて――非常識にもほどがあります!!」
話している間に怒りがぶり返したのか、ラナの声はだんだんと大きくなっていった。近くに座っていた関係のない使用人がうんうんとうなずいているのが見えて、アルマはまたため息をついた。フィーアルテの横暴はフィーナディアの侍女たち以外にも広がっているらしい。
「あいさつ一つだって、陛下と同じくらい礼をつくさないと文句を言うものね」
一緒に夕食をとっていたもう一人の侍女、ポーラがため息交じりにそう言った。
「正直、わたしも最初はエリーディアの人っていうだけでフィーナディア様のことを色眼鏡で見てしまっていたけれど……本物を見てしまうと、とばっちりを受けただけだったフィーナディア様に申し訳なかったわ」
「フィーナディア様は気にしてないわよ」
「あの方は本当にいい方だもの」
「わたしもフィーナディア様のことは大好きです!」
「わたしたちへの態度は我慢できるけれど、フィーナディア様への態度は許せないわ。陛下たちもいつまでこの状況を放っておくのかしら」
「陛下たちには何かお考えがあるようだけれど……」
アルマは考えながら言った。
「フィーアルテ様が何か失態をして、それを理由にエリーディアをどうにかしたいのではないかしら……想像だけれど。でも、何にせよ陛下はフィーナディア様を大切になさっているし、いつまでも放っておいたりしないと思うわ」
「そうね」とポーラもラナも納得したようにうなずいた。エリーディアにいた時やトゥーランに来たばかりとは違って、今のフィーナディアには心強い味方がいる。自分たち下の立場の人間では逆にかばわれてしまうことも、ラグルたちなら安心してフィーナディアを任せられた。アルマはそれが嬉しかった。
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