国王陛下はいつも眠たい

通木遼平

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 トゥーラン城の入口に一番近い応接室は急な来客のための部屋であまり広くはなかったが、どんな訪問者でも大丈夫なようにそれなりの調度品が用意され、品よくまとめられていた。
 その落ち着いた雰囲気の室内では、見るからに機嫌の悪そうなラグルの側近であるローディムが目の前の来客に対応している。アーケアの嫡男である彼は他の主家の人間と同じように愚かなエリーディアの主家の人間――もちろんフィーナディアとファルトーンは除く――のことを疎んでいたし、それを隠そうともしていなかった。

 が、たとえエリーディアの人間ではなくても目の前の令嬢のことは絶対に好きにはなれないとローディムは強く思っていた。髪や瞳の色合いこそフィーナディアに似ていたが、王の婚約者以上にメリハリのある体つきをしている。しかしその顔立ちは、内面を強く表しているようだった。
 エリーディアの長子であるフィーアルテは、完全に見下した視線をローディムに投げつけている。主家の長子という点で、ローディムと彼女は同じ立場であるはずなのに。ぜひともフィーナディアには、結婚前に実家と縁を切ってもらいたい。

 部屋の前の騎士がラグルとフィーナディアの来訪を告げ、ローディムは立ち上がった。国王であるラグルが訪れたというのに座ったままのフィーアルテに内心で舌打ちをする。部屋に入ってきたラグルはそんなローディムに負けず劣らず不機嫌そうで、一方そんな彼にエスコートされたフィーナディアは不安で顔色を悪くしていた。



 姉に声をかけようとしたフィーナディアをさりげなく止めたのはラグルだった。フィーナディアはまだエリーディアの人間ではあるが、国王であるトゥーランのラグルの婚約者としてこの城にいる以上、姉であるフィーアルテより立場は上だ。余計なことを言わせるわけにはいかない――というのもあったが、見るからにフィーアルテはこの場にいる誰よりもフィーナディアのことを見下していた。自分の目の前でフィーナディアが少しでも蔑まれるのを許すわけにはいかない。

「陛下」

 そんなラグルの内心に気づいたのかはわからないが、口を開いたのはローディムだった。

「ご足労いただき、申し訳ありません……こちらがエリーディアのご令嬢です」

 本来ならローディムがフィーアルテを紹介する必要はないのだが、少しの時間対応しただけでこの尊大な令嬢の愚かさは理解できていたので、この場をおさめて速やかに失礼な客人を追い返すためにも彼は相変わらず座ったままのフィーアルテをラグルに紹介した――ただし、名前までは言わなかったが。
 ラグルはうなずくと、フィーナディアと共にフィーアルテが座る向かいのソファに並んで腰を下ろした。

「久しぶりね、フィーナディア」

 フィーナディアと似ている声のはずなのに、全く違って聞こえる声でフィーアルテは言った。

「お姉様……」
「便りの一つもよこさないからわざわざ様子を見に来てあげたのよ」
「わたくしに声をかけるより、陛下にあいさつをするのが先ではありませんか?」

 さすがにフィーナディアは苦言を呈した。エリーディアにいた頃は父や姉に少しでも口答えすれば面倒なことになるため色々とあきらめていたが、ここはトゥーランだ。いくらなんでも守らなければいけない最低限のラインというものがある。
 しかしフィーアルテは不機嫌そうに顔を歪めた。フィーナディアが口答えするといつも見せる表情だった。

「随分と偉くなったようね、フィーナディア」

 フィーナディアの言葉を聞かず、ラグルに対して何のあいさつもせずにフィーアルテはつづけた。

「姉であるわたしに意見をするなんて。なぜわたしからあいさつをしなければならないの? わたしは先々代の国王の直系でいずれはこの国の女王となる身なのよ?」

 フィーナディアはラグルやローディムの方を見られなかった。羞恥で顔が熱い。今まで姉は――フィーナディアもだが――エリーディアから出たことがなく、こうしてエリーディア以外の主家の人間の前で非常識な発言も当然したことはなかったし、フィーナディアもそのような場に出くわすことがなかった。
 しかし実際こうしてこういう場にいると、姉の非常識さが心底恥ずかしい。ローディムなんて見るからにあきれた顔をしている。姉はそれに気づいてもいない様子だったが。

「……わたくしに何の用なのですか?」
「様子を見に来たと言っているでしょう? お父様があなたを心配してわたしにしばらくあなたの様子を見て手紙を出すようにおっしゃったの」
「しばらく……? どこに滞在するつもりなのですか? まさか叔父様のお屋敷に――」

 「冗談でしょう?」とフィーアルテは鼻で笑った。やさしい叔父の迷惑にはならないとフィーナディアは一瞬安心したが、その気持ちはすぐに吹っ飛んだ。

「ここに滞在するに決まっているじゃない」
「何を言っているの!?」

 フィーナディアはぎょっとした。

「あなたの姉なのだから当然でしょう?」
「それは……それは、お姉様が決めることではありません」
「あら? どうして? この国はいずれわたしのものになるのよ? どこに泊まろうが勝手でしょう」

 フィーナディアが何を言ってフィーアルテはその主張を曲げなかった。となりに座ってずっと不機嫌にしていたラグルを見上げる。その視線を受け、ラグルはローディムと視線をかわし、うなずいた。

「……女性を放り出すわけにはいきません。滞在を許可しますが、部屋はこちらで決めさせていただきます」

 ローディムは淡々と告げていたが、フィーナディアには歯ぎしりをしているように思えてならなかった。





「申し訳ありません……」

 姉と彼女についてきた侍女や護衛を離宮に押し込むと、フィーナディアはそのままラグルの執務室に連れてこられた。申し訳なさでいっぱいで、フィーナディアはラグルとローディムに頭を下げた。

「姉がご迷惑をおかけすることになって……」
「フィーナディアの元にも連絡はなかったのか?」
「はい――わたしの方からも手紙を出していなかったせいかもしれませんが……」
「フィーナディアは何も悪くない」

 「そうです」といまだに不機嫌そうなローディムが同意した。

「あの女は心底愚かなのです。非常識にもほどがある――ああ、フィーナディア様に言っているわけではありませんよ」
「ローディム様には特にご迷惑をおかけしたみたいですね……」
「陛下の許可が出ればすぐに不敬罪で訴えますが……」
「そういうわけにもいかないだろう」

 父親が口を出してくるのは目に見えている。もっとも、国王であること差し引いても主家の当主という同じ立場同士。その子が無礼を働けば当然咎められるのだがフィーアルテとフィーナディアの父親はきっとそうは考えないだろう。

「姉が来たのはわたしが故郷に便りを送っていなかったからだと思います……故郷というか、父のところに――結婚するまでは何も言ってこないと思っていたのですが……父は本気でわたしに陛下を貶めるように言っていましたから、姉が様子を見に来たのかと。叔父と相談して、すぐに姉をエリーディアに帰します」
「いや、それは少し待つんだ」
「えっ?」

 ラグルはローディムと視線をかわした。

「少し考えていることがある。悪いようにはしない」
「考えていること?」
「だがあまり一人にはならないようにするんだ――あの様子では……」
「わたしなら、大丈夫です」

 フィーナディアは微笑んだ。

「慣れていますし……」
「慣れるものでもないだろう――必ず誰かと共に行動するように。アルマでもいいが、トゥーランの者の方がいいだろう。カランズにもできるだけそばに付くように言っておく」
「そんな――その、一応、わたしの姉ですし、そこまでしなくても」
「気にすることはありませんよ。あの女が何かしでかしたら証人にできるので」

 恐縮するフィーナディアにローディムが告げた。父や姉がフィーナディアにラグルを陥れるよう命じたように、ラグルたちもフィーナディアの父や姉を陥れるきっかけを探っているようだった。もっとも、フィーナディアに丸投げの父たちと違ってラグルたちはいろいろと根回しもしているようだったが。

 それでも姉のことを気にしてうつむくフィーナディアの金茶の髪をラグルがそっと指の背で撫でた。姉が自分だけにあれこれ言ってくるならまだマシだが、もしラグルやこのトゥーラン城で働く人たちに迷惑をかけたらと思うと、フィーナディアは心配で仕方なかった。


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