6 / 6
ギディオン
第六話
しおりを挟む「……夜会に残りたかったなら、残ってもよかったのに」
沈黙が居座る馬車の中でアルティナにそう言われて、ギディオンの思考は一瞬止まった。
「えっ」
「お友だちもたくさんいたし、セルヴァン伯爵令嬢だったかしら? 彼女は離れたところから見てもかわいらしかったし、無理してわたしにつきあわなくてもよかったのよ」
つづけて言われた言葉にぽかんとしてしまう。セルヴァン伯爵令嬢? どうして彼女の名前が出てくるのだろうか? それよりも目の前の金色の瞳がうるんだのを見て、ギディオンは思わず腰を浮かしかけた。
「ど、どうしてそんなことを言うんだ?」
「だって彼女と話していて楽しそうだったもの……彼女じゃなくても、もしあなたに恋人がいるなら無理してわたしとおしどり夫婦のフリなんてしなくてもいいのよ……わたしがこの国にいる間は父だって突然この国を吹き飛ばしたりなんてしないもの」
「彼女は突然話に割り込んできて……邪険にもできないから適当に愛想笑いをしていただけだ。恋人だっていない。どうしてそう思ったんだ? 誰かがそう言ったのか?」
「誰も何も言ってないけれど……、わたしのわがままであなたを夫にしてしまったから……」
「えっ?」
「あなたに他に好きな人がいたらって、後から思ったの……ごめんなさい……」
伏せられた瞳から涙がこぼれた。が、ギディオンにはそれにハンカチを差し伸べる余裕がなかった。
「わ、わがままって……」
「他に候補者がいたみたいだけれど、あなたがいいって言ったの。わたし……子どもの頃から、ずっとあなたが好きだったから」
「あの……王の秘書官は? 金色の獣の……」
「えっ? シトロン? 彼はわたしが生まれる前にお母様が孤児だったのを拾って、自分の子どものように育ててたのが縁でわたしにとっても兄みたいな――ギディオン? どうしたの? 顔が真っ赤だわ」
顔を上げたアルティナは目を丸くしてギディオンをのぞき込んだ。言われた通り、本当に真っ赤なのだろう。顔が熱くて仕方ない。それを隠すように片手で覆って、ギディオンは顔をそらした。
「アルティナは彼のことが好きなんじゃないかとずっと思っていたんだ……結婚式の時、親しそうに話していたから……」
「わたしにとっては兄と同じだもの! あなたがメイジーと仲がいいのと同じよ」
「そうみたいだな……僕もずっと君が……これは政略結婚だから、君が好きな相手を諦めて僕と結婚したんだと……」
「えっ?」
「陛下は僕がずっと君を好きだったと知っていたから、僕を婚約者に指名したんだと思っていた。身分もちょうどいいだろう?」
自分に婚約と婚姻の話が来たのはアルティナがそれを望んでくれたからだったのか。ギディオンはやっと顔をアルティナの方へ向けた。アルティナの頬は、化粧をしていてもはっきりとわかるくらい赤く染まっている。
「わたしのこと……好きだったの?」
「そうだよ。君が僕の手を治してくれた時から」
「メイジーはそんなこと言ってなかった」
「メイジーは知らなかったんだ。家族で知っているのは父上くらいだ。メイジーに知られたら国中に広まる」
アルティナは声をたてて笑った。ギディオンはやっと肩の力を抜いて表情を緩めた。居座っていた沈黙は馬車から追い出され、代わりに穏やかな空気が二人を包んでいた。
「家であまり話してくれなかったのは?」
「それは……君と会うと気まずくて……それに、緊張していたんだ。すまなかった」
「ううん、いいの。これからはじめていけたら」
「そうだな。はじめていこう。愛してるよ、アルティナ」
手袋越しにキスを受けながら、「わたしも愛している」とアルティナはささやいた。
馬車が止まり、タウンハウスに到着したのがわかった。外から扉が開かれ、ギディオンはいつも通り先に降りるとアルティナに手を伸ばす。微笑む彼は最初で会った時と違ってもう大人で、最初で会った時とその表情も違うけれど、差し出された手のやさしさは変わらず、それに自らの手を重ねたアルティナの笑顔もあの時と同じものだった。
99
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
無愛想な婚約者の心の声を暴いてしまったら
雪嶺さとり
恋愛
「違うんだルーシャ!俺はルーシャのことを世界で一番愛しているんだ……っ!?」
「え?」
伯爵令嬢ルーシャの婚約者、ウィラードはいつも無愛想で無口だ。
しかしそんな彼に最近親しい令嬢がいるという。
その令嬢とウィラードは仲睦まじい様子で、ルーシャはウィラードが自分との婚約を解消したがっているのではないかと気がつく。
機会が無いので言い出せず、彼は困っているのだろう。
そこでルーシャは、友人の錬金術師ノーランに「本音を引き出せる薬」を用意してもらった。
しかし、それを使ったところ、なんだかウィラードの様子がおかしくて───────。
*他サイトでも公開しております。
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
【完結】契約結婚の妻は、まったく言うことを聞かない
あごにくまるたろう
恋愛
完結してます。全6話。
女が苦手な騎士は、言いなりになりそうな令嬢と契約結婚したはずが、なんにも言うことを聞いてもらえない話。
化け物伯と追放令嬢
真麻一花
恋愛
婚約破棄を宣言された後、王都の外れに追いやられてしまった令嬢は、「化け物伯」と揶揄されている辺境伯とお見合いをすることになった。
その化け物伯の顔は、令嬢の想像とはすこし違って……。
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
そろそろ諦めてください、お父様
鳴哉
恋愛
溺愛が過ぎて、なかなか婚約者ができない令嬢の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、7話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
2025.09.21 追記
自分の中で溺愛の定義に不安が生じましたので、タグの溺愛に?つけました。
この恋を忘れたとしても
喜楽直人
恋愛
卒業式の前日。寮の部屋を片付けていた私は、作り付けの机の引き出しの奥に見覚えのない小箱を見つける。
ベルベットのその小箱の中には綺麗な紅玉石のペンダントが入っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる