【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平

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ギディオン

第六話

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「……夜会に残りたかったなら、残ってもよかったのに」

 沈黙が居座る馬車の中でアルティナにそう言われて、ギディオンの思考は一瞬止まった。

「えっ」
「お友だちもたくさんいたし、セルヴァン伯爵令嬢だったかしら? 彼女は離れたところから見てもかわいらしかったし、無理してわたしにつきあわなくてもよかったのよ」

 つづけて言われた言葉にぽかんとしてしまう。セルヴァン伯爵令嬢? どうして彼女の名前が出てくるのだろうか? それよりも目の前の金色の瞳がうるんだのを見て、ギディオンは思わず腰を浮かしかけた。

「ど、どうしてそんなことを言うんだ?」
「だって彼女と話していて楽しそうだったもの……彼女じゃなくても、もしあなたに恋人がいるなら無理してわたしとおしどり夫婦のフリなんてしなくてもいいのよ……わたしがこの国にいる間は父だって突然この国を吹き飛ばしたりなんてしないもの」
「彼女は突然話に割り込んできて……邪険にもできないから適当に愛想笑いをしていただけだ。恋人だっていない。どうしてそう思ったんだ? 誰かがそう言ったのか?」
「誰も何も言ってないけれど……、わたしのわがままであなたを夫にしてしまったから……」
「えっ?」
「あなたに他に好きな人がいたらって、後から思ったの……ごめんなさい……」

 伏せられた瞳から涙がこぼれた。が、ギディオンにはそれにハンカチを差し伸べる余裕がなかった。

「わ、わがままって……」
「他に候補者がいたみたいだけれど、あなたがいいって言ったの。わたし……子どもの頃から、ずっとあなたが好きだったから」
「あの……王の秘書官は? 金色の獣の……」
「えっ? シトロン? 彼はわたしが生まれる前にお母様が孤児だったのを拾って、自分の子どものように育ててたのが縁でわたしにとっても兄みたいな――ギディオン? どうしたの? 顔が真っ赤だわ」

 顔を上げたアルティナは目を丸くしてギディオンをのぞき込んだ。言われた通り、本当に真っ赤なのだろう。顔が熱くて仕方ない。それを隠すように片手で覆って、ギディオンは顔をそらした。

「アルティナは彼のことが好きなんじゃないかとずっと思っていたんだ……結婚式の時、親しそうに話していたから……」
「わたしにとっては兄と同じだもの! あなたがメイジーと仲がいいのと同じよ」
「そうみたいだな……僕もずっと君が……これは政略結婚だから、君が好きな相手を諦めて僕と結婚したんだと……」
「えっ?」
「陛下は僕がずっと君を好きだったと知っていたから、僕を婚約者に指名したんだと思っていた。身分もちょうどいいだろう?」

 自分に婚約と婚姻の話が来たのはアルティナがそれを望んでくれたからだったのか。ギディオンはやっと顔をアルティナの方へ向けた。アルティナの頬は、化粧をしていてもはっきりとわかるくらい赤く染まっている。

「わたしのこと……好きだったの?」
「そうだよ。君が僕の手を治してくれた時から」
「メイジーはそんなこと言ってなかった」
「メイジーは知らなかったんだ。家族で知っているのは父上くらいだ。メイジーに知られたら国中に広まる」

 アルティナは声をたてて笑った。ギディオンはやっと肩の力を抜いて表情を緩めた。居座っていた沈黙は馬車から追い出され、代わりに穏やかな空気が二人を包んでいた。

「家であまり話してくれなかったのは?」
「それは……君と会うと気まずくて……それに、緊張していたんだ。すまなかった」
「ううん、いいの。これからはじめていけたら」
「そうだな。はじめていこう。愛してるよ、アルティナ」

 手袋越しにキスを受けながら、「わたしも愛している」とアルティナはささやいた。





 馬車が止まり、タウンハウスに到着したのがわかった。外から扉が開かれ、ギディオンはいつも通り先に降りるとアルティナに手を伸ばす。微笑む彼は最初で会った時と違ってもう大人で、最初で会った時とその表情も違うけれど、差し出された手のやさしさは変わらず、それに自らの手を重ねたアルティナの笑顔もあの時と同じものだった。


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