上 下
1 / 4

第一話

しおりを挟む


 この国には魔法使いと呼ばれる者たちがいる。

 見た目はわたしたち人間と同じだが、自然や動植物、あるいは人間が放出する魔力を糧として生きる、どちらかといえば妖精や精霊と同じような種族――らしい。
 魔法使いたちは自らの糧でもある魔力を使って様々な魔法を使うことができるため国ではとても重宝されていた。彼らは国の依頼で様々な仕事をこなし、給金や衣食住を与えられている。そしてその食の部分が特に重要だった。

 この国で生まれた子どもたちは漏れなく十二歳になると教会で魔力測定を受けなければいけない。人間は魔法使いのように魔法を使うことはできないが、魔法使いが作った便利な魔道具を使うのに魔力適正というのがとても重要になる。魔力量が多ければ大きな魔道具を使えるし、火の魔力適正があれば火を扱う魔道具をより効果的に使えるなど、日常生活はもちろんのこと将来の仕事をそれで決める家族もいる。ついでに貴族なんかは、使う使わないに関わらず魔力量が多いと箔がつくと言うしまつ。

 そしてここからが大切なのだが、魔力測定で時折、特別な魔力を持つ子どもが見つかることがある。測定をするのも魔法使いなのでどう判断しているのかわたしたちにはさっぱりだが、魔法使いにとって特別な魔力だそうだ。



 その特別な魔力を持つ者たちは一般的に、魔法使いの番と呼ばれた。



 番の魔力は魔法使いにより強大な力を与えるため、魔法使いたちは番が自分の傍にいることを強く望んでいた。と言っても、番の魔力を持つ者なら誰でもいいわけではなく、相性のようなものは存在する――そんなこと気にせず複数の番を傍に置いている魔法使いもいるのだが、相性が最もいい一人を魔法使いは選ぶのだ。

 番に選ばれた子どもはこの国の成人である十七歳を迎えるまでの五年間で魔法使いについて学び、番のいない魔法使いたちはその間に自ら最も相性のいい番を探す。番に選ばれると魔法使いは番をこの世の何よりも大切にし、一国のお姫様より贅沢ができるといわれていた。

 そしてわたし、シルファ・ローナンはそんな魔法使いの番の一人だ。ちょっと前に十七歳になり、めでたく魔法使いに見初められた。

 わたしを選んだ魔法使いは男性で、ルガディアークさまという。名前が長いので、ルガディと呼ぶようにと言われているのでルガディさまと呼んでいる。
 藍色の髪と灰色の瞳、顔立ちは整っているし背も高いが猫背がちで、他人と目を合わせるのがちょっと苦手なところがある。新しい魔法の研究と開発が主な仕事で、それ以外にも実りの減った土地を豊かにしたり、森の病気を治したり、川の氾濫があった時はそれを防ぎに行ったりと自然に関する魔法が得意なためそれを活かす場に駆り出されることもあった。

 魔法使いたちはそれぞれ気に入った土地に屋敷を構えることが多いが、番がいると番の希望を第一とする風習があるらしい――それ以外にも番第一のことは多いみたいだ。
 わたしは貴族の家に生まれ、貴族はほとんど自分の実家の領地に魔法使いを呼ぶことが多いのだが、わたしは亡くなった母方の祖父母が晩年暮らしていた小さな領地に家を建ててもらってそこにルガディさまと一緒に暮らしている。森や泉があり、自然があふれ、領地で暮らす人たちもみんな穏やかで親切だ。ルガディさまもこの地が気に入っているらしい。ちゃんと言葉で聞いたことはないけれど。

「シルファ、ちょっと見てください」

 キッチンで朝食のしたくをしていたわたしにルガディさまが声をかけた。その手には、今朝届いたばかりの手紙がある。

「わたしが読んでもいいんですか?」
「かまいませんよ、こんなもの」

 ルガディさまにとってはこんなものかもしれないが、それは王宮からの招待状だった。ちゃんと王家の紋章も入っている。魔法使いと番の交流を深めるために夜会を開くので出席するようにという内容が可能な限りやわらかいが圧のある表現で書かれていた。

「こういうことってよくあるんですか?」

 わたしはルガディさまと暮らしはじめたばかりだし、五年間の教育期間でも魔法使い同士の交流みたいなものは教わらなかった。

「まさか! 僕らは貴族じゃないんです――あ、いや、失礼」
「いいえ、気にしないでください。わたしももう、自分は貴族じゃないと思っているので」
「王家はこういうこと、言い出しそうにないんですが……ちょっと誰か事情を知らないか聞いてみましょう」

 ルガディさまが手紙を指ではじくとバラバラと文字がこぼれ落ちるようにして消え、代わりに新しい文字が――ルガディさまのちょっと右上がりな文字だ――浮かび上がってきた。彼の手の中でそれは勝手に鳥の姿に変わり、あっという間に窓から飛びだってしまった。

「さて、朝食にしましょうか」

 鳥を見送っていた視線を戻し、わたしはうなずいて朝食の席に着いた。ルガディさまにとって人間の食事は必要のないものだったけれど、わたしと暮らしはじめてからはこうして一緒に食事を取ってくれた。食べられないわけではないのだ。栄養にはならないらしい。

 キッチンで料理をするのはわたしの仕事だけれど、それをテーブルに並べるのはルガディさまだ。洗い物も。彼が何もしなくてもお皿の上にできあがった料理がもられ、テーブルの定位置に並んでくれる。今日の朝食はパンとスープ、こんがり焼いたソーセージと卵、それからサラダ。レタス、トマト、玉ねぎのスライス、それにつぶして少しミルクとコショウを混ぜたじゃがいも。野菜は近所の人にもらったものだ。ルガディさまが魔力で動く農具を直したお礼だった。

「この野菜、農具のお礼なんです。みなさん、ルガディさまによろしくって言っていました。ありがとうございますって」
「そうですか」

 スープを無意味にかき混ぜながらルガディさまは視線を少し泳がせた。思わずにやけそうになる口元をごまかすようにわたしはパンを頬張った。

 朝食が終わる頃に、手紙の鳥が返ってきた。空っぽの食器は勝手に洗われていく。わたしが食後の紅茶を淹れている間に手紙を読んだルガディさまの顔はどんどん険しくなっていった。

「どうやら王弟殿下のご令嬢が言い出したようですね。ほら、あなたの少し前にカルファーグの番になった」

 カルファーグさまも魔法使いで、非常に優秀と評判だ。ルガディさまに選ばれる前に一度だけ顔を合わせた。番の魔力を持っていると、五年間の間に何度か魔法使いと面談をするのだがその一環だ。

「カルファーグさまは夜会に出席されるような方なのですか?」

 一度会っただけでもそうは見えなかった。

「魔法使いで貴族の夜会のような場所に好んで行く者はいませんよ。どうせつ番が言い出したのでしょう。王弟殿下はいい方ですがご令嬢には甘いですし、カルファーグは番には無関心そうでしたし」
「出席しないといけないのでしょうか?」

 手紙を読み返したいけれどルガディさまが文字を消してしまったのだった……そう思っていたら、ルガディさまがテーブルクロスの上にさっき手紙からこぼれた文字を再現してくれた。

「いけないみたいですね……」

 来るのが当然という書き方をされていたし、相手が王弟殿下のご令嬢なら欠席すれば何を言われるかわかったものじゃない。それに、ルガディさまの仕事に悪影響が出ても困る。

「無理をしなくていいんですよ。シルファが行きたいなら僕も行きますし、行きたくないなら行きません。どちらでもいいと言われても行きませんよ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ進行中】三股かけられていたので次にいこうと思います。

櫻野くるみ
恋愛
前世の記憶が戻ったばかりの伯爵令嬢リリーシュは、予期せぬ修羅場に巻き込まれていた。 どうやら恋人だと思っていた騎士のアンディには、他に本命がいたらしい。 しかも正確には三股で、自分は三股の三番目だった……。 ショックよりも呆れてしまい、あっさりと未練を断ち切ったリリーシュの前に現れたもう一人の騎士。 そして、追加で新たな前世の記憶も蘇ったのだが。 あれ? 私、前世でも三股の三番目だった? 自分の鈍感さとチョロさ、見る目の無さに呆れつつも、前を向くリリーシュには次の幸せが訪れるのだった。 気持ちを切り替えたリリーシュに、新しい恋人が出来るお話。 主人公がドライな性格なので、シリアスにはならずにコメディ寄りです。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。 コミカライズ進行中。 とっても楽しみです。

【完結】え、お嬢様が婚約破棄されたって本当ですか?

瑞紀
恋愛
「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」 婚約を公表する手はずの夜会で、突然婚約破棄された公爵令嬢、フェリシア。父公爵に勘当まで受け、絶体絶命の大ピンチ……のはずが、彼女はなぜか平然としている。 部屋まで押しかけてくる王太子(元婚約者)とその恋人。なぜか始まる和気あいあいとした会話。さらに、親子の縁を切ったはずの公爵夫妻まで現れて……。 フェリシアの執事(的存在)、デイヴィットの視点でお送りする、ラブコメディー。 ざまぁなしのハッピーエンド! ※8/6 16:10で完結しました。 ※HOTランキング(女性向け)52位,お気に入り登録 220↑,24hポイント4万↑ ありがとうございます。 ※お気に入り登録、感想も本当に嬉しいです。ありがとうございます。

[完結]間違えた国王〜のお陰で幸せライフ送れます。

キャロル
恋愛
国の駒として隣国の王と婚姻する事にになったマリアンヌ王女、王族に生まれたからにはいつかはこんな日が来ると覚悟はしていたが、その相手は獣人……番至上主義の…あの獣人……待てよ、これは逆にラッキーかもしれない。 離宮でスローライフ送れるのでは?うまく行けば…離縁、 窮屈な身分から解放され自由な生活目指して突き進む、美貌と能力だけチートなトンデモ王女の物語

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!

三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

処理中です...