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最終話
しおりを挟む「またわたしと出会った時の話をしたのでしょう?」
煌びやかな大広間では隣国との同盟を祝い大使を歓迎するための夜会が開かれていた。オリヴェルはいつものようににこやかに客人たちをもてなした。もちろん、その傍らには王妃であるツェツィーリアがいる。隣国の客人をリゼットスティアの貴族や重臣たちに紹介し、外務大臣が彼らをもてなしている間に国王夫妻はのどを潤しひと息ついていたところだった。
隣国の王子と王女の兄妹と対面した際、妹王女であるフィロメナの視線が射殺すように自分に突き刺さったのにツェツィーリアはすぐに気がついた。最近ではほとんどなかったが、となりに立つ夫と婚約した当初はよくこういう視線にさらされていたなと彼女は懐かしく思った。
フィロメナが彼女の兄と共にオリヴェルと会い、そこでオリヴェルにアプローチをしたことはツェツィーリアの耳にも当然入っていた。オリヴェルが相手をしなかったことも……しかし射殺すような視線の直前、フィロメナが一瞬だが確実に驚いたのを見た時、ツェツィーリアは正確にオリヴェルがどういう対応をしたのかを察した。
「話したらダメなのかい?」
「何度も話すようなことではないと思いますが」
「私は何度でも話したいことだよ」
ツェツィーリアは持っていた扇子で口元を隠し、やれやれとため息をついた。途端に、オリヴェルが不安そうにツェツィーリアに視線を向けた。
「怒らないで」
「わたしは怒ってはいません。フィロメナ王女殿下は怒っていらっしゃるでしょうが……」
「彼女が怒っていようが私たちには関係のないことだよ」
「同盟を結んだばかりなのですよ?」
「無礼な態度を取ったのは彼女の方だよ。王子殿下はよくわかっているようだったから問題にはならない」
「王子殿下も騙されたと感じていらっしゃるかもしれませんよ。わたしを見て驚いていらっしゃいましたから」
ツェツィーリアは自分の夫が自分のことをまるで絶世の美女のように語るのをたびたび耳にしていたが、実際のところ彼女自身は自分の容姿がごく平凡なものだと思っていた。ほとんど黒に近いこげ茶色の髪、灰色の瞳、背はあまり高くなく、体質なのか肉がつかないので痩せっぽっちだ。家族は昔からツェツィーリアをかわいいかわいいと言ってくれたが、彼女は幼い頃からそれが身内のひいき目なのだとよく理解していた。
オリヴェルは目が悪いのではないかと何度も思ったが、それを彼の前で言うと大げさなくらいの褒め言葉が返ってきて恥ずかしい思いをするだけなので今は口にすることはない。オリヴェルが心からそう思ってくれているのはわかるが、その言葉を素直に受け入れられるかは別問題だ。
「大げさだな」
オリヴェルはやさしく微笑んだ。フィロメナはずっと兄の王子と共にいる。時折オリヴェルの方に視線を向けているが、兄の王子がそれに気づくとすぐに注意をしていた。
「……もしこの同盟がもっと早くに結ばれていたら、陛下の元にはフィロメナ王女殿下が嫁いでいたのでしょうか? 同盟をより強固なものにするために」
兄に注意されたフィロメナの睨むような視線を受けながらツェツィーリアはぽつりとこぼした。
「もし私が独身で、君と出会う前だったとしても、彼女とは絶対に結婚しない」
オリヴェルはきっぱりとそう言った。
「増して君と出会った後だったら君以外の女性なんて考えられない――ツェツィーリア、どうしてそんなもしもの話をするんだい?」
「……そうでなくてよかったと思っただけです」
ぽそりとツェツィーリアのこぼした言葉にオリヴェルは目を丸くして、それからすぐに頬を緩ませた。
「ツェツィーリアがそんな風に思ってくれるなんて……出会ったばかりの頃の私に話しても信じてもらえないだろうな」
「あら? どうしてです?」
夫をちらりと見上げた彼女の頬はバラ色に染まっている。
「リゼットスティアの女性はみんな、一度は陛下に恋をすると言われているのに」
「だけど出会った頃の君は私に興味なんてなかっただろう?」
「わたしだってリゼットスティアの女性ですよ、オリヴェル様」
もしここが夜会の会場ではなかったら、すぐにツェツィーリアを抱きしめてキスをしていただろう。
会話を打ち切るためか、ツェツィーリアは休憩は終わりだと言わんばかりに立ち上がった。オリヴェルもそれにつづき、彼女をエスコートするために腕を差し出した。いつものことだというのに、今までにないくらい彼は幸福に満ちていた。初夜の前にツェツィーリアが照れ隠しにツンとしながら「嫌いではない」と言ってくれた時以上の幸福だ。どこかあきれたような彼女の視線でさえ、オリヴェルは笑顔になれた。
青い海に浮かぶ島々の一つにリゼットスティアという美しく豊かな国があった。リゼットスティアを治める国王も精霊を見まごうほどに美しいと評判で、リゼットスティアの女性はもちろん近隣の国の女性も皆、一度はこの若く美しい王に恋をするとまで言われていた。
しかし国王はこの世でただ一人、王妃だけをこよなく愛していた。王妃もまた国王を心から大切に想っていた。二人はお互いを慈しみ、尊重し、リゼットスティアをより発展させていったのだった。
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