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 僕は、なけなしの理性を振り絞って、「帰ってくれ」と男に言った。自分でも悲しくなるほど、声が情けなく震えている。
 本当は、今すぐにでも抱いてほしい。でも、そんなこと、口が裂けても言えない。

 必死に本能を押し殺している僕とは裏腹に、状況を飲み込めていない男は、僕の言葉に全然従ってくれない。僕が体調を急に崩したのだと思い込んでいる男は、何をするでもなく、おろおろするばかり。
 本来なら、人間が獣人の言うことを聞かないなんて、躾の範囲内で、ぶたれたって文句は言えないのに、男はただただ、僕のことを心配そうに見ている。いっそ、殴ってくれた方のが、理性を保てるので、そっちのほうがいいのだが。

「持病? 店主を呼んできた方がいい?」

 店主を呼んだって、どうにもならない。この世界に迷い込んで、今、初めて発情期を起こしたのだ。店主が僕をどうにかできるわけがない。
 人間の病院にでも、連れていかれるんだろうか。ただの発情期で? そんなことをされるより、適当に犯してくれたほうのがよっぽど楽になる。

 ――そうだ、この男に犯して貰えば……。僕を番にしたい、なんて言い出すくらいなんだから、僕のことを悪くは思ってないはず――。

 いや、だから、それは駄目なんだってば。こいつと今ヤったらそれはすなわち事後はこいつのオメガに僕がなっているということに等しい。

 ――でも、番同士のセックスって凄いイイって聞くし、いろんな奴とするより気持ちいいのかも――。

 ない、絶対そんなことない! 仮にそれがそうだったとしても、相手が変わった方が楽しいに決まってる!

 僕の中で、ぐるぐると考えがまとまらなくなってくる。――そして、同時に、理性が負けつつある。
 ヤバい、ヤバい、本ッ当にヤバい!

「どう、したら、お前は帰ってくれるんだよぉ……! 僕のこと、放っておいてくれよ……っ」

 がりがりと、僕は慰め程度に、チョーカーの上からうなじをかく。本当に欲しい刺激はこれじゃないのに。
 やり場のない快感と、まとまらない本能、整理がつかない考えと感情で、ぐちゃぐちゃになった何かが、涙となって僕の頬を伝う。

 抑制剤――なんで肌身離さず持っていなかったんだろう、と後悔する僕を、男が、血が出ても構わない強さでうなじをかいていた僕の腕を取って、引っ張り、そのまま強く抱きしめた。

「お、落ち着いて――大丈夫、だから」

 何にも大丈夫じゃねえ、余計なことすんな。
 その言葉は、男に包まれたことによって香った、男の匂いの前では完全に、霧散してしまった。
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