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 あれだけ殴られて、犯されて、乱暴に扱われてきたというのに、いざ一人になるとそれはそれでさみしい。機嫌さえ悪くならなければ普通に会話は成立するし、談笑だってできる。ただ、ちょっと不機嫌のスイッチが分かりにくいところはあるけれど。

 しん、とした部屋の中で、僕はベッドに横たわる。

 体力が有り余っているわけでもなければ、何かをしたいという気力もない。することもできることもない。ただ、僕はひたすら体力を回復させるだけ。薬を娼館街に――『婆』さんのところに行くならまた今日も不機嫌になって僕を抱くのかもしれない。
 流石にそろそろ毎日するというのはしんどくなってきたところではあるが、僕に拒否権はない。

 それでも、あの乱暴さは、僕にとって少しだけ都合が良かった。
 殴られたいわけじゃないが、ああも乱暴にされると、余計なことを考えなくていい。番が相手じゃないことで満たされない心も、どこかで番を、番だったあの人を求めてしまう感情も、リュストさんの暴力的なセックスの前では霧散してしまう。

 どろどろに溶かされるような、恋人同士の甘いそれに憧れはあるけれど、そんなことになったら発狂するかもしれない。捨てられたオメガに、愛情ある行為はなかなかに毒だ。――いつ、元の世界に戻るのかも分からないのに。

 僕はひと眠りしようかと、布団をかぶった。ふわ、とリュストさんの匂いがする。
 そういえば、以前リュストさんの衣類で巣を作ったな、となんとなく思い出していた。あの人と番だったのもほんの一瞬のことで、もう匂いも思い出せないのに、真似事だけはするなんて。浅ましいというか、なんというか。番の持てない、発情期(ヒート)も不安定で子も孕めない出来損ないでもオメガだということを思い知らされているようだ。

 うとうと、とし始めた時だった。ドンドン、と木窓が叩かれる音がした。気のせいか? と思ったが、その音はやまない。切羽詰まったような間隔の狭い音に、ちょっとした恐怖を覚える。
 リュストさんはこんな風にしないし、そもそも叩く理由もない。この家は平屋なので、まあ叩こうと思えば叩けるだろうが、窓をたたく人物に心当たりはなかったし、日中この部屋でごろごろと過ごしてきたが、こんなことは一度もなかった。

 怖いが、いつまでたってもやまないそれを放置できなかった。
 恐る恐る窓を開けると、一人の少年が立っていた。多分、僕より幼い。

「たすけて、たすけてください!」

 切羽詰まった声音とは裏腹に、少年の目は死んでいて、表情はすっかりと抜け落ちていた。
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