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「――違うから!」

 目が覚めて、冷静になって。僕は一番に叫んだ。
 ベットの上には僕だけ。リュストさんはいないし、当然、服もすべて片付けられていた。変に叫んでもうるさい、と怒ってこないあたり、リュストさんはもう出かけてしまったのかもしれない。
 発情期(ヒート)にやられただけなのだ。そうなのだ。

 嘘でもいいから好きって言ってほしいなんて、まるであの人を好きになったみたいなことなんて、考えてないのだ!

 冷静になれ、よく考えろ。あの人は森で倒れていた僕を犯して、そのあと家でも好き勝手しているような男なんだぞ。こっちの都合なんて考えないし、そりゃ衣食住を保障してくれているけど、ヤりたいときにヤって、ほぼ軟禁状態。好きになる要素なんてない。
 あの人に見捨てられたら、この世界で生き残る自信がないから、好意のようなものを抱(いだ)いている気になっているだけなのだ。

「好意なんて抱いてない! ――っつぅ」

 否定するように叫ぶと、ぎしり、と腰が痛んだ。発情期セックス明けなのに無茶をしすぎた。じたばたとベッドの上で暴れている場合じゃない。
 リュストさんが出かけた、ということは、もうご飯は用意されているのかもしれないが、起き上がる気にならない。お腹はすいたけど立ち上がってリビングにまで行くのが面倒だ。
 それでも、のどの渇きはごまかせなかった。

 僕は立ち上がり、のそのそと歩く。寝室を出て、廊下とも言えないような、短い通路……いっそ曲がり角だろうか。そこを歩けばすぐにリビングへとたどり着く。
 この世界には冷蔵庫も水道もないが、どういう原理か分からないものの、飲み物を入れると適温を保ち続ける入れ物はあるらしい。高くて数はない、と言っていたが、水差しだけはあるので、水さえ入っていればいつでも冷たい水を飲むことができる。

 テーブルの真ん中に、いつも通り水差しとコップが盆の上にまとまっておかれていた。
 陶器らしき素材で出来た水差しの中身を木のコップに注ぐ。素材が別々なのはなんだかちぐはぐな気がするが、木の方が安いらしいのだ。

 がさがさに痛んだ喉を冷たい水で癒していると、書置きのようなものに気が付く。
 平たい木の板に、何か文字が書かれているが――僕には読めない。リュストさんは文字が書けるのだな、と少し意外に思いながらも、じっとその文字を眺めてみる。

 アルファベットの筆記体の様に滑らかにつながって書かれたギリシア文字……という感じだろうか。最初から最後まで、一筆書きじゃないのか、と言いたくなるほど隙間がないので、どこで区切るのかすら分からない。
 文字の習得はだいぶ難しそうだな、と見ていると、リビングの扉が開かれる。すぐ玄関とつながっている方の扉だ。

「あ、おかえりなさ――」

 リュストさんが帰ってきたのか、と思い声をかけ……言葉に詰まってしまった。
 帰ってきたのはリュストさんだけじゃない。誰かお客さんを引き連れていたからだ。

 若い葉の様に明るい緑の髪と、少し色の薄い金の瞳。ガタイがよく、少しかがまないと扉を通れないほど。
 そして、そんな彼が、驚いたような叫びをあげたからである。
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