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 この世界に迷い込んでしまってから、数日が経った。
 そしてその数日間、なにもできないでいる。

 男は、朝どこからか草や野菜を採ってきたかと思うと、寝室の隣にある部屋にこもる。昼すぎくらいになると再びどこかへと出かけていき、夕方まで帰ってこない。夕方、帰ってくるとそのまま寝るか、不機嫌そうに僕を抱く。
 対して僕は、朝ごはんとも昼ごはんとも言えない、微妙な時間に出される、一食を食べ、ぼーっとするだけだ。男がそうなのか、この世界の住民は皆そうなのか、一日一食しか食べないようだ。

 最初は僕に対する嫌がらせか、拾いものには一食で十分だとでも思っているのか、と考えていたが、男も一食しか食べている様子がないのだ。
 空腹でつらくなるかと思ったが、何もすることがないので意外にも何とかなった。それが数日も続けばすっかり胃が小さくなったのか、空腹を感じても、それがつらいと思うことはなくなっていた。

 そもそも、以前の生活でも、調子が悪い日は一日一食どころか、何も食べない日もあったのだから、それに比べればどうということはない。もちろん、そんなのはたまにあるかないかくらいで、大体は一日二食は最低でも食べていたが。

 しかし、空腹で辛くなくとも、焦燥感で辛くなることは多々ある。

 この世界について何の情報も得られていないし、なんなら僕が異世界の人間であることを伝えられていない。それどころか、あの男の名前も知らないし、僕の名前は勘違いされたまま。「オメガだから」というのを、人種ではなく人名だと思い込んでいるらしい。
 訂正する機会を失い、男は僕を『オメガ』と呼ぶ。

 『オメガ』と呼ばれるのは、分かりやすい揶揄で呼ばれることが多かったので、そう呼ばれるのは不本意なのだが。しかし、それが本当に名前だと思い込んでいる男からは当然、馬鹿にするような響きはなくて。なんだかもうそれでいいような気もしてきた。

 が。今日、転機が訪れた。

「おい、オメガ。ちょっと付き合え」

 昨日の男の機嫌は恐ろしいほど悪くて。たびたびこぼす、『婆』という人物になにかやられたのだろう。彼が機嫌を悪くするのはそのことばかりだ。
 昼を過ぎてもベッドから起き上がる気力はなく、ぐったりしていた僕に男が声をかけてきたのだ。

 お前のせいで腰が痛くてしんどい、と睨みつけてやろうかと思ったが、男の声が有無を言わさない強いものだったので黙って従うことにした。男に妙な威圧感があるからか、それともこの世界での生活と安全を握られているからか、強く出られると抵抗する気を失ってしまう。

 おとなしくのろのろと立ち上がり、男についていくことにした。
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