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22 残り六万七千二百二十一円(1)

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「……やば、うま……」

 僕は海鮮丼を食べながら、思わず言葉を漏らしていた。新鮮な刺身って、どうしてこうも美味しいのか。
 正面に座る男は、アジフライ定食の味噌汁を啜りながら、信じられないものを見るような、怪訝そうな表情をしていた。自殺の下見に来ておきながら、海鮮丼を元気に堪能しているのが理解出来ないんだろう。
 僕の中ではそれはそれ、これはこれ、なのだが。

「死ぬ前にもう一度食べに来たいわ、これ」

「……君が言うと、洒落にならない」

 言われてみればそうだ。まあ、洒落で言ったつもりはない。最期の食事になるかは知らないが、あと一回は食べたい。
 刺身なんて、久々に食べた気がする。僕の住んでいるアパートの近所に、二十四時間のスーパーはないから、仕事帰りに寄ることも出来なくて。休日出勤のない、正真正銘の休日は月に一度か二度あればいい方で、それは全て睡眠に費やされる。
 起きて夕日が沈むところを見ると、わざわざ出かける気にもならない。

 会社の近くに海鮮料理のお店があるので、食べに行こうと思えば行けるが、昼は大抵栄養補給のバーを食べながら仕事をするし、奇跡的に外に食べに行けるだけの休憩時間を確保できたときに食べに行ったら、上司から、「昼から豪勢だねえ」だの「独身はお金があっていいねえ」だの、ぐちぐちと文句を言われた上に、「そんな余裕があるならこれ、お願いね。大丈夫、お昼ご飯しっかり食べたから、元気になったでしょ」と、馬鹿みたいな量の仕事を押し付けられたので、二度と行かないと誓ったのだ。

 それに、やっぱり海辺の店は違うのか、こっちの方が断然おいしい。
 久しぶりの刺身は、非常に満足出来る味だった。

 男の方は、僕に合わせて料理を食べているだけで、おいしそうな顔は一切しない。……というか、吸血症の人間が普通に食事することも出来るとは知っていたけれど、この男がちゃんとご飯を食べるところ、初めて見た気がする。
 いつもは僕の血を舐めるか、水分補給に水を飲んでいることしかなかった。本当に食べられるんだなあ、と、つい、男の口に入っていくご飯を見入ってしまう。

「……どうしたの」

 じっと見すぎたらしい。男が少し眉をひそめながら聞いてくる。行儀が悪かったか。

「いや、まずそうに食べるなって。やっぱり、血じゃないとまずいとか、あるのか?」

「……別に、普通に美味しいよ。ただ……もったいないなって」

 もったいない? 僕が首を傾げると、「俺が食べても何にもならないから。食べ物を捨ててる気分」と説明してくれた。
 ああ、栄養にならないんだったな。

「味は分かるから、普通に食事を楽しむ吸血症の人もいるけど、俺にはちょっと、その楽しさが分からないかな」

「ふうん?」

 ちゃんと食べているのに、もったいない、と思ってしまう感情はよくわからなかった。
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