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その一
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『桃太郎』という、有名な話を知っているだろうか。
桃から生まれた子がお供を引き連れ鬼退治をするという、よく知れ渡った話である。
ただ、その話とこの話が少し違うのは、桃太郎はどうやら酒癖が悪いらしい―
*
桃太郎が鬼を退治したことによって、襲われていた村々は平穏を取り戻し、桃太郎が持ち帰った財宝は平等に村人に分け与えられたあと、いつしかそこは人々が集まる大きな都となっていった。この都ができたのは、彼が鬼退治を終えてから何百年も経った頃。人々に語り継がれるのは都の創立に貢献した『桃太郎英雄伝』
しかし、多くのものは、まだ、その男が都で平然と暮らしていることを知らないのである。
岡山桃平小太郎(おかやまもものひらこたろう)という、大層な名前がつけられたこの男は都のはずれの小さな酒屋で女共を侍らせ昼間から酒を飲んでいた。美しく伸ばされた女のように長い赤毛を揺らし、小太郎は叫んだ。
「お前さんら、この俺がかの有名な桃太郎よ!カッカッカ!」
酒も随分回っており、この度を越えた大声に酒屋にいた客は呆れた目で小太郎を見た。
「やぁねぇ、『桃太郎』様ァ。あれは昔話よ、昔話」
「そうよ、そんな事言わなくたって小太郎様はお役人様で整ったお顔立ちで…こんなとこじゃなくてもっといい暮らしができるんじゃなぁい?」
猫なで声の女達に気分をよくした小太郎はさらに大きな声で笑った。
「いかにも、どれも事実に相違ないな!だが、小さなここで呑む酒も、変わらず接するお前たちも、どれも美味い事、この上ない!」
小太郎はギザギザの歯を見せてニヤリと笑った。そして、隣の女の襟元にするりと手を伸ばし、
「夜をともにすりゃあ『桃太郎』だと信じるしかないんだがなぁ…?」
と不敵に笑って見せたのだが、
「あら、小太郎様?今日は帝様のところでお仕事じゃなくって?」
と伸ばした手を払われてしまった。
桃太郎この男、女も酒も(ついでに煙草も)やめられない、どうしようもない男なのであった。
女達に諭され、渋々と酒屋を出た小太郎はふらつく足取りで都の中心にある、帝居へと向かった。
この都が建ってから早何百年も経つが、この帝が果たして何代目であるかは、いい加減な小太郎の記憶には残ってはおらず、どの親も、子も、男も、女も、小太郎にとってはすべて「帝」であった。
小太郎が持ち帰った財宝は分け与えられたのだが、当時、争いをよしとせず、村々を一つに収めようとしていた男がいた。ものぐさであった小太郎はまた戦いに駆り出されてはかなわんと、この都創設の計画に乗ったのであった。その男こそが、小太郎にとって最初の「帝」なのである。小太郎はその功績を讃えられ、「岡山」の姓と地位をもらい、今日まで暮らしてきたのだ。
帝居はとにかく広く、多くの使用人やら貴族やら武士やらが出入りしている。
ここにはもう、鬼退治をした小太郎の事を知る者は一人もいなかったが、容姿が全く変わらず、同じ地位に居続ける小太郎を「妖術使い」だと噂するものもいた。
あながち間違ってはおらず、小太郎は呪術にも通ずる男であり、帝には帝直属の「呪術師」という形でその地位を確固たるものにしていた。
彼の占いは外れた事はなく、今まで何度も都を動かす政に関わっており、どの代の帝も彼の存在なくてしてはその地位すら危ぶまれたのであった。
帝がいる大きな部屋に足を踏み入れると、
「やぁ、桃平、とうに刻をすぎておるが、大層な身分よのぅ」
と、部屋の一番奥から若い声がした。
「お待たせして申し訳ない、帝よ」
そう、この声の主こそが帝であった。小太郎は躊躇うことなく帝に近づき、小さく一礼してあぐらをかいた。
帝の前には一枚の薄い布がかけてあり、その姿は影でしか捉えることはできない。多くの重役も、帝の顔を知る者はごくわずかであった。
「はっはっは、何が申し訳ないだ、酔っ払いめ」
それにも関わらず、帝は笑いながら布を払いのけ、小太郎の前に姿を現した。白い肌に幼さの残る顔立ちで意地の悪そうな笑みを浮かべて笑って見せる。20にもとどかぬその齢で政を担うことになってしまった、少年であった。
その姿に驚く様子もなく、同じように意地の悪い笑みを浮かべ、
「今日は何の仕事だ」
と小太郎は言った。
無駄に長い生は、退屈であり、飽くものである。
小太郎が都の政に関わるのは退屈しのぎの一つであった。そして、その大きな退屈しのぎの一つが占いで出ていたのである。
「何の仕事だ、じゃあ、なかろう。私に話があるから今日は来たんだろう」
「いかにも。他にも重役共を呼んでくれ」
広い部屋には、十数人の重役たちが集められた。突然の招集に誰もが困惑の表情を浮かべていたが、誰一人として口にする者はいなかった。帝は元のように部屋の奥に鎮座し、その姿はやはり隠されている。静まりかえった部屋の中で、小太郎は一つの巻物を取り出し、こぶしを床につけ深々と一礼したあと、声を大にして言った。
「私めが行っております、占いでございますが、ここに一つ、皆様の耳に聞き入れていただきとうお話があります故、今日は集まっていただいた次第であります」
「そんなものはいいから、早く言え」
「御意に」
帝に促され、小太郎は勿体ぶった様子で巻物をするすると開いた。そして、暦が書いてあるそれの、一年先を指さして言った。
「単刀直入に申し上げますと、ちょうどきっかり一年後、この都は大きな禍が降りかかり、劫火に焼かれる事でしょう!」
小太郎の声はよく通るものであった。
一瞬の沈黙のあと、すぐにざわざわとどよめきが走ったのだが、声変わりをしてまもない声がそれを一喝した。
「鎮まれ」
その声の後も多くのものが納得のいかぬ表情を浮かべ、お互いにチラチラと目配せをしあっていた。
「桃平、その話は誠か」
「帝よ、この私が予知を外した事が今までにありましたかな」
その一言にその場にいた全ての者が、この話が信用に値する話であると悟ったのであった。それだけ小太郎が今までに成してきた仕事の数々は偉大であったのである。
さて、大きな話をしてしまった小太郎であったが、その後どうするかなど、少しも考えてはいなかった。小太郎は大変頭の良い男であり、都一の切れ者であったが後先を考えないという欠点があった。ただ、自分ならば必ずその災厄からも都を救い出すことができるという、大きな自信があるからこその発言であった。
しかし、その大胆な性格故に、小太郎の存在を疎ましく思う者もいたのであった。
その日の夜、小太郎はひどい頭痛で目を覚ますと牢の中にいた。薬でも飲まされていたようで少しふらふらとする。状況が飲み込めずぼんやりと牢の外へ目を向けるとそこには帝の側近である大臣が厭らしい笑みを貼り付けてこちらを見ていた。
「おや、目覚めましたかな、呪術師殿」
「ずいぶん無粋な真似をしてくれるじゃねぇか、なんだこれは」
「昨日のお話、随分興味深いものでしたがね、真偽がハッキリしないものですから。呪術とはどうにも怪しいもので、かないませんな」
牢の外には大臣以外にも見張りが一人立っていた。
「何が言いたい」
「桃平様、何か、その災厄に対する手立てはあるのでしょうか?」
小太郎の後先考えぬ性格が仇となった。
「そもそも、本当なのでありますか、その予知というものは」
「俺が一度でも外した事があったか?」
小太郎が行った予知は、確かに本当のものであった。その力があったからこそ、鬼退治も成しえ、獣たちを仲間にできたのだ。そして、退屈を好まない小太郎ではあったが、都の安泰は常に望んでいることであった。だからこそ、あの場で話をしたのである。
「だからこそですよ、桃平様」
「何?」
「あなたほどの聡明な方が、なんの計画もなく、あの場であのような事をおっしゃいますか?嘘を言い、帝を貶めようとしてるのではないですかな」
大臣は小太郎に背を向けて言った。
「これは帝のご命令です。お命は助けますから、どうか、この都から出て行ってくだされ」
それだけ言い残し、大臣はその場を後にした。
小太郎は愕然とし、内側から沸々と言いようのない怒りが湧き上がるのを感じた。たかだか数十年しか生きていない人間に謀られた事が悔いてならなかった。恐らく、帝はそこまで考えていないと小太郎は思った。大臣が側近である自分より、近しい存在だった自分が邪魔であったために、帝をそそのかしたに違いない。
「誰が都を育てた?誰が都を豊かにした?」
都合のいい人間どもめ、小太郎は自分が長らく見守った都の人間から切り離されようとしていることに深い憎しみを覚えた。
小太郎は牢の外に立っている見張りの男をおい、と呼びつけた。男は訝しげに近づき「なんだ」と座る小太郎の目線に合わせて屈んだ。
「お前さんも長らくここにいて退屈だろう、どれ、都一の占い師が手相を見てやろう」
見張りはこのような状況になってしまった小太郎であったが、都の噂の『妖術師』に多少なりとも興味があった。
「どれ、頼もうか」と男が手を格子の隙間から差し込むと、小太郎は躊躇う事無く男の手のひらに噛みついた。驚いた男は手を引き抜こうとしたが、小太郎の歯は鋭く深く男の手のひらに突き刺さっている。男は言葉も発することすらできず、体の力が抜けていくのを感じた。男ががくっと膝を落とすと、小太郎は簡単に牢の扉を開いて男の耳元で二言、三言、呟いてその場を去った。
暗い都には細い月の光のみが照らしている。人を牢に入れておいて、たった一人の見張りしかつけぬとは、随分なめられたものだと小太郎は思った。自分が何百年もかけて見守ってきた、都を後にする小太郎の胸には、皮肉な事に都への復讐心がごうごうと燃え盛っていたのであった。
翌朝、他の衛兵から見張りが倒れているとの話を聞いた大臣は自ら牢へ向かった。そこには空になった牢と意識を失った見張りの男が倒れていた。
「おい!おい!貴様!何か申せ!!桃平はどうした!?」
大臣が肩を掴み揺すぶると、男はカッカッカとまるであの男のように小さく声をあげて笑ったあと、こう話し出したという。
『何が、命だけは助けてやる、だ。馬鹿帝。覚悟しろ、俺を都から追い出した事を後悔させてやる。心臓は、別にある』
それだけ言うとがくんと力が抜け、男はその後、息をしたまま一生目覚めなかったそうな。
桃から生まれた子がお供を引き連れ鬼退治をするという、よく知れ渡った話である。
ただ、その話とこの話が少し違うのは、桃太郎はどうやら酒癖が悪いらしい―
*
桃太郎が鬼を退治したことによって、襲われていた村々は平穏を取り戻し、桃太郎が持ち帰った財宝は平等に村人に分け与えられたあと、いつしかそこは人々が集まる大きな都となっていった。この都ができたのは、彼が鬼退治を終えてから何百年も経った頃。人々に語り継がれるのは都の創立に貢献した『桃太郎英雄伝』
しかし、多くのものは、まだ、その男が都で平然と暮らしていることを知らないのである。
岡山桃平小太郎(おかやまもものひらこたろう)という、大層な名前がつけられたこの男は都のはずれの小さな酒屋で女共を侍らせ昼間から酒を飲んでいた。美しく伸ばされた女のように長い赤毛を揺らし、小太郎は叫んだ。
「お前さんら、この俺がかの有名な桃太郎よ!カッカッカ!」
酒も随分回っており、この度を越えた大声に酒屋にいた客は呆れた目で小太郎を見た。
「やぁねぇ、『桃太郎』様ァ。あれは昔話よ、昔話」
「そうよ、そんな事言わなくたって小太郎様はお役人様で整ったお顔立ちで…こんなとこじゃなくてもっといい暮らしができるんじゃなぁい?」
猫なで声の女達に気分をよくした小太郎はさらに大きな声で笑った。
「いかにも、どれも事実に相違ないな!だが、小さなここで呑む酒も、変わらず接するお前たちも、どれも美味い事、この上ない!」
小太郎はギザギザの歯を見せてニヤリと笑った。そして、隣の女の襟元にするりと手を伸ばし、
「夜をともにすりゃあ『桃太郎』だと信じるしかないんだがなぁ…?」
と不敵に笑って見せたのだが、
「あら、小太郎様?今日は帝様のところでお仕事じゃなくって?」
と伸ばした手を払われてしまった。
桃太郎この男、女も酒も(ついでに煙草も)やめられない、どうしようもない男なのであった。
女達に諭され、渋々と酒屋を出た小太郎はふらつく足取りで都の中心にある、帝居へと向かった。
この都が建ってから早何百年も経つが、この帝が果たして何代目であるかは、いい加減な小太郎の記憶には残ってはおらず、どの親も、子も、男も、女も、小太郎にとってはすべて「帝」であった。
小太郎が持ち帰った財宝は分け与えられたのだが、当時、争いをよしとせず、村々を一つに収めようとしていた男がいた。ものぐさであった小太郎はまた戦いに駆り出されてはかなわんと、この都創設の計画に乗ったのであった。その男こそが、小太郎にとって最初の「帝」なのである。小太郎はその功績を讃えられ、「岡山」の姓と地位をもらい、今日まで暮らしてきたのだ。
帝居はとにかく広く、多くの使用人やら貴族やら武士やらが出入りしている。
ここにはもう、鬼退治をした小太郎の事を知る者は一人もいなかったが、容姿が全く変わらず、同じ地位に居続ける小太郎を「妖術使い」だと噂するものもいた。
あながち間違ってはおらず、小太郎は呪術にも通ずる男であり、帝には帝直属の「呪術師」という形でその地位を確固たるものにしていた。
彼の占いは外れた事はなく、今まで何度も都を動かす政に関わっており、どの代の帝も彼の存在なくてしてはその地位すら危ぶまれたのであった。
帝がいる大きな部屋に足を踏み入れると、
「やぁ、桃平、とうに刻をすぎておるが、大層な身分よのぅ」
と、部屋の一番奥から若い声がした。
「お待たせして申し訳ない、帝よ」
そう、この声の主こそが帝であった。小太郎は躊躇うことなく帝に近づき、小さく一礼してあぐらをかいた。
帝の前には一枚の薄い布がかけてあり、その姿は影でしか捉えることはできない。多くの重役も、帝の顔を知る者はごくわずかであった。
「はっはっは、何が申し訳ないだ、酔っ払いめ」
それにも関わらず、帝は笑いながら布を払いのけ、小太郎の前に姿を現した。白い肌に幼さの残る顔立ちで意地の悪そうな笑みを浮かべて笑って見せる。20にもとどかぬその齢で政を担うことになってしまった、少年であった。
その姿に驚く様子もなく、同じように意地の悪い笑みを浮かべ、
「今日は何の仕事だ」
と小太郎は言った。
無駄に長い生は、退屈であり、飽くものである。
小太郎が都の政に関わるのは退屈しのぎの一つであった。そして、その大きな退屈しのぎの一つが占いで出ていたのである。
「何の仕事だ、じゃあ、なかろう。私に話があるから今日は来たんだろう」
「いかにも。他にも重役共を呼んでくれ」
広い部屋には、十数人の重役たちが集められた。突然の招集に誰もが困惑の表情を浮かべていたが、誰一人として口にする者はいなかった。帝は元のように部屋の奥に鎮座し、その姿はやはり隠されている。静まりかえった部屋の中で、小太郎は一つの巻物を取り出し、こぶしを床につけ深々と一礼したあと、声を大にして言った。
「私めが行っております、占いでございますが、ここに一つ、皆様の耳に聞き入れていただきとうお話があります故、今日は集まっていただいた次第であります」
「そんなものはいいから、早く言え」
「御意に」
帝に促され、小太郎は勿体ぶった様子で巻物をするすると開いた。そして、暦が書いてあるそれの、一年先を指さして言った。
「単刀直入に申し上げますと、ちょうどきっかり一年後、この都は大きな禍が降りかかり、劫火に焼かれる事でしょう!」
小太郎の声はよく通るものであった。
一瞬の沈黙のあと、すぐにざわざわとどよめきが走ったのだが、声変わりをしてまもない声がそれを一喝した。
「鎮まれ」
その声の後も多くのものが納得のいかぬ表情を浮かべ、お互いにチラチラと目配せをしあっていた。
「桃平、その話は誠か」
「帝よ、この私が予知を外した事が今までにありましたかな」
その一言にその場にいた全ての者が、この話が信用に値する話であると悟ったのであった。それだけ小太郎が今までに成してきた仕事の数々は偉大であったのである。
さて、大きな話をしてしまった小太郎であったが、その後どうするかなど、少しも考えてはいなかった。小太郎は大変頭の良い男であり、都一の切れ者であったが後先を考えないという欠点があった。ただ、自分ならば必ずその災厄からも都を救い出すことができるという、大きな自信があるからこその発言であった。
しかし、その大胆な性格故に、小太郎の存在を疎ましく思う者もいたのであった。
その日の夜、小太郎はひどい頭痛で目を覚ますと牢の中にいた。薬でも飲まされていたようで少しふらふらとする。状況が飲み込めずぼんやりと牢の外へ目を向けるとそこには帝の側近である大臣が厭らしい笑みを貼り付けてこちらを見ていた。
「おや、目覚めましたかな、呪術師殿」
「ずいぶん無粋な真似をしてくれるじゃねぇか、なんだこれは」
「昨日のお話、随分興味深いものでしたがね、真偽がハッキリしないものですから。呪術とはどうにも怪しいもので、かないませんな」
牢の外には大臣以外にも見張りが一人立っていた。
「何が言いたい」
「桃平様、何か、その災厄に対する手立てはあるのでしょうか?」
小太郎の後先考えぬ性格が仇となった。
「そもそも、本当なのでありますか、その予知というものは」
「俺が一度でも外した事があったか?」
小太郎が行った予知は、確かに本当のものであった。その力があったからこそ、鬼退治も成しえ、獣たちを仲間にできたのだ。そして、退屈を好まない小太郎ではあったが、都の安泰は常に望んでいることであった。だからこそ、あの場で話をしたのである。
「だからこそですよ、桃平様」
「何?」
「あなたほどの聡明な方が、なんの計画もなく、あの場であのような事をおっしゃいますか?嘘を言い、帝を貶めようとしてるのではないですかな」
大臣は小太郎に背を向けて言った。
「これは帝のご命令です。お命は助けますから、どうか、この都から出て行ってくだされ」
それだけ言い残し、大臣はその場を後にした。
小太郎は愕然とし、内側から沸々と言いようのない怒りが湧き上がるのを感じた。たかだか数十年しか生きていない人間に謀られた事が悔いてならなかった。恐らく、帝はそこまで考えていないと小太郎は思った。大臣が側近である自分より、近しい存在だった自分が邪魔であったために、帝をそそのかしたに違いない。
「誰が都を育てた?誰が都を豊かにした?」
都合のいい人間どもめ、小太郎は自分が長らく見守った都の人間から切り離されようとしていることに深い憎しみを覚えた。
小太郎は牢の外に立っている見張りの男をおい、と呼びつけた。男は訝しげに近づき「なんだ」と座る小太郎の目線に合わせて屈んだ。
「お前さんも長らくここにいて退屈だろう、どれ、都一の占い師が手相を見てやろう」
見張りはこのような状況になってしまった小太郎であったが、都の噂の『妖術師』に多少なりとも興味があった。
「どれ、頼もうか」と男が手を格子の隙間から差し込むと、小太郎は躊躇う事無く男の手のひらに噛みついた。驚いた男は手を引き抜こうとしたが、小太郎の歯は鋭く深く男の手のひらに突き刺さっている。男は言葉も発することすらできず、体の力が抜けていくのを感じた。男ががくっと膝を落とすと、小太郎は簡単に牢の扉を開いて男の耳元で二言、三言、呟いてその場を去った。
暗い都には細い月の光のみが照らしている。人を牢に入れておいて、たった一人の見張りしかつけぬとは、随分なめられたものだと小太郎は思った。自分が何百年もかけて見守ってきた、都を後にする小太郎の胸には、皮肉な事に都への復讐心がごうごうと燃え盛っていたのであった。
翌朝、他の衛兵から見張りが倒れているとの話を聞いた大臣は自ら牢へ向かった。そこには空になった牢と意識を失った見張りの男が倒れていた。
「おい!おい!貴様!何か申せ!!桃平はどうした!?」
大臣が肩を掴み揺すぶると、男はカッカッカとまるであの男のように小さく声をあげて笑ったあと、こう話し出したという。
『何が、命だけは助けてやる、だ。馬鹿帝。覚悟しろ、俺を都から追い出した事を後悔させてやる。心臓は、別にある』
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