上 下
24 / 38

第23話 祝祭日の準備

しおりを挟む
「ティ~ナ~?」

 扉の外からサディアスの声がして、手に持っている作りかけの房飾りを慌てて戸棚にしまい込んで隠した。
 迂闊だった。サディアスとの夕食が終わったからもう訪ねてこないだろうと思っていただけに、不意打ちを喰らった状態だ。

 もうすぐで訪れるフェリシアの祭日に合わせてサディアスへの贈り物を少しずつ作っているのだけれど、いかんせん贈る相手であるサディアスが頻繁に部屋を尋ねるものだから作業の進み具合は恐ろしく遅い。

 フェリシアの祭日までには完成させたくて焦っている今日この頃だ。
 
「なっ、何か用?」

 扉を開けると、サディアスは金色の瞳をとろりと細めて嬉しそうだ。私は愛想も可愛げもない返事をしたというのに、どうしてそんな顔をするのやら。

「今日は日差しが強かったから肌の手入れメンテナンスをしに来た」
「自分でするからいらない。帰って」
「そう言ってサボるつもりだろ?」

 金色の瞳が鋭い光を宿し、思わず肩が跳ねる。付き合いが長いだけあって、サディアスには見抜かれてしまっているのだ。下手な誤魔化しは通用しない。
 言葉に詰まる一瞬の隙を狙って部屋の中に入られてしまい、溜息をついた。油断も隙もあったもんじゃない。

     ◇

 結局私はサディアスに肌のお手入れをしてもらうことになり、向かい合わせの椅子に座って、ふにふにと頬を触られている。

「今から目の周りに塗るから動くなよ」

 サディアスの手が私の顎を掬い、もう片方の手が顔の上に乗せたクリームを広げていく。
 高級品であろうそのクリームからは微かに花の香りがする。チラッと横目で見た容器は美術品のように綺麗だったから、お値段を聞いてみたいが知らない方がいいのかもしれないと思ってしまう。

「おい、目の下に隈ができてるぞ。ちゃんと眠れているのか?」

 おまけに先ほどからずっとこの調子だ。顔のあちこちにペタペタと触れては、「肌がボロボロ」だの「前より頬が痩せてしまってる」だの、いちいち小言が多い。
 サディアスは私の事なんて、手のかかる子どもと思っていないのだから仕方がないのだけれど。

「うるさいな。寝てるってば」
「本当か? 今日からティナが寝るまで見張るぞ」
「子ども扱いしないでよ」

 睨めつけてもサディアスは目が合えば、ふわりと微笑むだけで。
 そんな表情を見せられるとなぜか胸の奥がそわそわと疼いてしまい、慌てて顔を背けた。

「さっきまで何をしていたんだ?」
「べっ、別に。本を読んでいただけ」

 サディアスへの贈り物を作っていただなんて素直に答えられなくてお茶を濁す。
 言うのは気恥ずかしいし、言えばきっと「何にするのか教えろ」とうるさいはず。そうと分かっていて答えられるはずがない。

「ふーん?」

 疑っているような不服そうな声音が耳元に落ちる。恐らく、サディアスはどちらの感情も抱いているようだ。
 その証拠に、両手で私の頬を包み込んで自分の方を向かせると、じいっと覗き込んでくる。私に白状させようとするときの常套手段だ。

 気まずい雰囲気に焦ってしまい、とりあえず話題を変えることにした。 

「あのさ、フェリシアの祭日は一緒にお祭りに行こ?」

 フェリシアの祭日中は王国各地でお祭りが開催される。その中でもこの街、フローレスの賑わいようは有名で、街中に屋台が並び夜になっても人々は眠らずお祭りに興じるらしい。

 これまで聖女とその護衛騎士だった私たちは祭りに参加することなんてできなくて、「いつかは行ってみたいね」なんて話していたものだ。

「最高に嬉しい……」

 サディアスは柄にもなく小さな声で呟くと私を抱きしめた。
 腕の中で感じる、とくとくと早く打つ鼓動はどちらのものであるのかわからない。

「始めからティナと一緒に祭りを見物するつもりだったけど、まさかティナに誘ってもらえるとは思わなかったからさ」

 そのまま私の手が持ち上げられて、指先はサディアスの口元へと寄せられる。指先に落ちた唇の感触に息を止めてサディアスを見守った。

「祭りの日は朝から付き合ってもらうからな? ティナに可愛い服を着せて、いつもとは違う化粧して、髪はどうしようかな――」

 上機嫌のサディアスは私の顔が真っ赤になっているのも気に留めず、私の髪を散々いじって当日の髪形候補を決めるとようやく帰ってくれた。
 サディアスが去ってからも指先にはサディアスの唇が触れた感覚が残り、あの時サディアスが見せた甘い眼差しを思い出してはボッと頭が茹りそうなほど熱くなる。

 祭りに誘っただけであんなに喜んでくれるのは嬉しいけれど――。

「房飾りも、喜んでくれるかなぁ」

 掌の中にある作りかけの房飾りを見ると、途端に熱が下がっていく。これはきっと、最後の贈り物になるだろう。

 お祭りの時にこれを渡して、ちゃんと言おう。

 私はもう一人で生きていけるから、守ってくれなくてもいいんだと。
 チクリと胸を刺す痛みに意識を向けないように、私は手を動かした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境の白百合と帝国の黒鷲

もわゆぬ
恋愛
美しく可憐な白百合は、 強く凛々しい帝国の黒鷲に恋をする。 黒鷲を強く望んだ白百合は、運良く黒鷲と夫婦となる。 白百合(男)と黒鷲(女)の男女逆転?の恋模様。 これは、そんな二人が本当の夫婦になる迄のお話し。 ※小説家になろう、ノベルアップ+様にも投稿しています。

【完結】せっかくモブに転生したのに、まわりが濃すぎて逆に目立つんですけど

monaca
恋愛
前世で目立って嫌だったわたしは、女神に「モブに転生させて」とお願いした。 でも、なんだか周りの人間がおかしい。 どいつもこいつも、妙にキャラの濃いのが揃っている。 これ、普通にしているわたしのほうが、逆に目立ってるんじゃない?

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

処理中です...