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第14話 元聖女の職歴詐称
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私も他の客たちも呆然とする中、女将さんが慌てて赤い髪の女性に駆け寄った。どうやら女将さんはハンナという名前らしい。
「アビーったら、またギックリ腰になったのね。ちゃんと休まないからこうなるのよ」
「だって、ウチの店は私しかいないから休めないのよ~っ!」
女将さんに助け起こされた女性は両手を目元に近づけて、しくしくと泣く仕草をしている。
気安く話す二人は年が離れているけど友だちのように仲が良いようで、ちょっぴり羨ましく思う。
「困ったわね。病院に連れて行きたいけど今はお客さんが多いから主人を一人にできないし……昼時が終わるまで店の奥で待っててくれる?」
「助かるわ。忙しいときにごめんね」
「気にしないで。それよりも、これからが大変ね。もうすぐでフェリシアの祭日なのにこんな状態だと、仕事どころじゃないわよね」
フェリシアの祭日とは、親しい人にちょっとした贈り物をする日だ。
その昔、フェリシアという女性が、魔物討伐に向かう恋人に房飾りを贈ったのが始まり。その房飾りに祈りを込めて渡したところ、恋人を魔物の攻撃から守ってくれたのだと言う。
以来、大切な人の無事を願って小さな贈り物をする日になった。
「いざとなったら魔法でどうにかするわ。それよりもこの老いぼれの腰が憎いったりゃありゃしない!」
老いぼれと言うにはあまりにも若いと思うけど、と内心突っ込みをしつつ、アビーと呼ばれる赤い髪の女性に同情してしまう。
「ただのギックリ腰ならすぐに治せるかも……」
「ティナったら、治療するつもり?」
「うん。このまま放っておけないもん」
聖女の力を使えばたいていの病や傷を治すことができる。
女神様から与えられたこの力だと治癒師よりも確かに治せるし、時間はかかるけど大怪我を完治させることもできるから。
だけどサディアスは賛成してくれず。
「軽率に治療しようとしちゃダメよ。ティナが聖女の力を持っているとわかると悪用しようとする人がいるかもしれないんだから」
「聖女の力の区別がつく人なんてそうそういないんだから大丈夫だよ」
「ダ~メ~よ~!」
「いいの!」
聖女の護衛としていささか神経質になりすぎているみたいだ。
サディアスが戦ってきた相手の中には聖女を誘拐しようとしたり殺そうとする者もいたから当然、そう思ってしまうのかもしれないけれど。
それでも私は困っている人を見て見ぬふりなんてできなくて。
止めようとするサディアスの手から逃れ、女将さんたちに駆け寄った。
「女将さん、私が診ます」
「あら、嬢ちゃんは治癒師なのかい?」
「えっ、そ、そうです。治癒師やってました! モリモリと治療してたんですけど、労働環境が過酷だったので転職したくてフローレスに来たんです!」
「そうかい、助かったよ。アビー、このお嬢ちゃんが治してくれるって」
「あら、ありがとう――」
赤い髪の女性は私の顔を見た途端に笑顔がすっと消えた。代わりに驚きとも恐怖とも言えない複雑な表情を浮かべる。
その表情はまるで、幽霊でも見たかのようで。
私がこの世にいてはいけない何かであるかのような視線を向けているのだ。
「あなた、名前は?」
「ティナです。家名はありません」
「そう……お母さんの名前を教えてくれる?」
「孤児なので母のことは知りません」
「ごめんなさい。答えにくいことを聞いてしまったわね」
「いいえ、気にしないでください」
きっと知り合いに似ていたのだろう。
この世には自分に似た顔の人が三人はいるらしいし、私に似た誰かがこの街にいたのかもしれない。
そんなことを考えつつ、治癒魔法の呪文を唱えてギックリ腰を治療した。
「終わりましたよ。もうこのまま動いても大丈夫です」
「本当だわ。全然いたくないし、体が軽くなった気がする」
「お嬢ちゃん、ありがとうね。お礼と言ったらなんだけど、お代はいらないよ」
「私からも何かお礼をさせて欲しいわ。雑貨店をやってるから遊びに来て。精一杯お礼をさせてもらうわ」
赤い髪の女性が呪文を唱えて指先を動かすと、何も無いところから一枚の紙が現れて目の前をひらひらと落ちる。
掌で受け止めたその紙に書かれているのは、《魔女の隠れ家》という店名と地図。
「そう言えば、お嬢ちゃんは仕事先を探しているんじゃなかったかい?」
「そうです。新しい仕事を探してます」
「あら、それならちょうどね」
女将さんはパンッと音を立てて両手を合わせると、満面の笑みを浮かべる。
「アビーの店で働くのはどうかしら? アビーはずっと従業員が欲しいって言ってたでしょ?」
「そうねぇ。そろそろ一人でするのも辛くなってきたし――もしよかったら、ウチで働く?」
「えっ、いいんですか?」
「魔女に二言はないわ。三食とおやつをつけるけど、どう?」
「ぜひ! 働かせてください!」
仕事を探して一日目にして就職できた。思いがけぬ機会が転がり込んできて、心の中で盛大に祝杯をあげる。
善い行いをしていたらいいことがあるって神殿長が言っていたのは間違いではなかった。これからも善い行いをしておこう。
両手を組んで女神様に感謝の祈りを捧げていると、サディアスが背後から抱きついてきて、「ダメよ~っ!」なんて騒ぎ始めた。
「うるさい! 私は仕事がしたいの!」
「だって、三食付いてたらアタシと食事する時間が無いじゃない!」
「それならジェフリーと一緒に食べたらいいじゃん」
「アタシはティナと一緒にいたいの。ティナの薄情者~!」
薄情者と言われたって知ったこっちゃない。
サディアスはいつか、私を置いて王都に戻らなきゃいけないのに。それなら今から少しずつ、サディアスから離れていけばいい。
しかしサディアスが「一緒にいられる時間は残り少ないのに?」と言ってくると気持ちが揺らいで。
私の就業条件から三食付きは消えてしまった。
人はこれを、「惚れた弱み」と言うのだと。
わかると同時に敗北感を味わった。
「アビーったら、またギックリ腰になったのね。ちゃんと休まないからこうなるのよ」
「だって、ウチの店は私しかいないから休めないのよ~っ!」
女将さんに助け起こされた女性は両手を目元に近づけて、しくしくと泣く仕草をしている。
気安く話す二人は年が離れているけど友だちのように仲が良いようで、ちょっぴり羨ましく思う。
「困ったわね。病院に連れて行きたいけど今はお客さんが多いから主人を一人にできないし……昼時が終わるまで店の奥で待っててくれる?」
「助かるわ。忙しいときにごめんね」
「気にしないで。それよりも、これからが大変ね。もうすぐでフェリシアの祭日なのにこんな状態だと、仕事どころじゃないわよね」
フェリシアの祭日とは、親しい人にちょっとした贈り物をする日だ。
その昔、フェリシアという女性が、魔物討伐に向かう恋人に房飾りを贈ったのが始まり。その房飾りに祈りを込めて渡したところ、恋人を魔物の攻撃から守ってくれたのだと言う。
以来、大切な人の無事を願って小さな贈り物をする日になった。
「いざとなったら魔法でどうにかするわ。それよりもこの老いぼれの腰が憎いったりゃありゃしない!」
老いぼれと言うにはあまりにも若いと思うけど、と内心突っ込みをしつつ、アビーと呼ばれる赤い髪の女性に同情してしまう。
「ただのギックリ腰ならすぐに治せるかも……」
「ティナったら、治療するつもり?」
「うん。このまま放っておけないもん」
聖女の力を使えばたいていの病や傷を治すことができる。
女神様から与えられたこの力だと治癒師よりも確かに治せるし、時間はかかるけど大怪我を完治させることもできるから。
だけどサディアスは賛成してくれず。
「軽率に治療しようとしちゃダメよ。ティナが聖女の力を持っているとわかると悪用しようとする人がいるかもしれないんだから」
「聖女の力の区別がつく人なんてそうそういないんだから大丈夫だよ」
「ダ~メ~よ~!」
「いいの!」
聖女の護衛としていささか神経質になりすぎているみたいだ。
サディアスが戦ってきた相手の中には聖女を誘拐しようとしたり殺そうとする者もいたから当然、そう思ってしまうのかもしれないけれど。
それでも私は困っている人を見て見ぬふりなんてできなくて。
止めようとするサディアスの手から逃れ、女将さんたちに駆け寄った。
「女将さん、私が診ます」
「あら、嬢ちゃんは治癒師なのかい?」
「えっ、そ、そうです。治癒師やってました! モリモリと治療してたんですけど、労働環境が過酷だったので転職したくてフローレスに来たんです!」
「そうかい、助かったよ。アビー、このお嬢ちゃんが治してくれるって」
「あら、ありがとう――」
赤い髪の女性は私の顔を見た途端に笑顔がすっと消えた。代わりに驚きとも恐怖とも言えない複雑な表情を浮かべる。
その表情はまるで、幽霊でも見たかのようで。
私がこの世にいてはいけない何かであるかのような視線を向けているのだ。
「あなた、名前は?」
「ティナです。家名はありません」
「そう……お母さんの名前を教えてくれる?」
「孤児なので母のことは知りません」
「ごめんなさい。答えにくいことを聞いてしまったわね」
「いいえ、気にしないでください」
きっと知り合いに似ていたのだろう。
この世には自分に似た顔の人が三人はいるらしいし、私に似た誰かがこの街にいたのかもしれない。
そんなことを考えつつ、治癒魔法の呪文を唱えてギックリ腰を治療した。
「終わりましたよ。もうこのまま動いても大丈夫です」
「本当だわ。全然いたくないし、体が軽くなった気がする」
「お嬢ちゃん、ありがとうね。お礼と言ったらなんだけど、お代はいらないよ」
「私からも何かお礼をさせて欲しいわ。雑貨店をやってるから遊びに来て。精一杯お礼をさせてもらうわ」
赤い髪の女性が呪文を唱えて指先を動かすと、何も無いところから一枚の紙が現れて目の前をひらひらと落ちる。
掌で受け止めたその紙に書かれているのは、《魔女の隠れ家》という店名と地図。
「そう言えば、お嬢ちゃんは仕事先を探しているんじゃなかったかい?」
「そうです。新しい仕事を探してます」
「あら、それならちょうどね」
女将さんはパンッと音を立てて両手を合わせると、満面の笑みを浮かべる。
「アビーの店で働くのはどうかしら? アビーはずっと従業員が欲しいって言ってたでしょ?」
「そうねぇ。そろそろ一人でするのも辛くなってきたし――もしよかったら、ウチで働く?」
「えっ、いいんですか?」
「魔女に二言はないわ。三食とおやつをつけるけど、どう?」
「ぜひ! 働かせてください!」
仕事を探して一日目にして就職できた。思いがけぬ機会が転がり込んできて、心の中で盛大に祝杯をあげる。
善い行いをしていたらいいことがあるって神殿長が言っていたのは間違いではなかった。これからも善い行いをしておこう。
両手を組んで女神様に感謝の祈りを捧げていると、サディアスが背後から抱きついてきて、「ダメよ~っ!」なんて騒ぎ始めた。
「うるさい! 私は仕事がしたいの!」
「だって、三食付いてたらアタシと食事する時間が無いじゃない!」
「それならジェフリーと一緒に食べたらいいじゃん」
「アタシはティナと一緒にいたいの。ティナの薄情者~!」
薄情者と言われたって知ったこっちゃない。
サディアスはいつか、私を置いて王都に戻らなきゃいけないのに。それなら今から少しずつ、サディアスから離れていけばいい。
しかしサディアスが「一緒にいられる時間は残り少ないのに?」と言ってくると気持ちが揺らいで。
私の就業条件から三食付きは消えてしまった。
人はこれを、「惚れた弱み」と言うのだと。
わかると同時に敗北感を味わった。
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