上 下
2 / 8

相棒の正体

しおりを挟む
「じゃあ、午後の見回りに言ってくるから待っていてね」

 オブシディアンの目元にチュッとキスをすると、大きな体がビクリと跳ねた。
 
     ◇◇◇

「あはは、愛情深い主にタジタジですね。あの子にキスされたときの殿の顔は傑作でしたよ」

 ウェンディが立ち去った後、物陰に隠れて待ち構えていたアデルバードが獣舎に入って来るや否や、腹を抱えて笑った。

「話したいことがあります。今は人払いしているから安心して人化してください。たまには体を動かしたいでしょう?」
『……わかった』

 立ち上がったオブシディアンの姿が光に包まれて形を変え――光が収まると、アデルバードより少し背の高い美丈夫がいた。

 整った顔立ちで彫りが深く、切れ長の瞳は黄金色で瞳孔が縦に長い。
 宵闇に染めたような黒髪は長く、緩く結わえて肩にかけて流している。
 
「あなたの祖国――ヴァレリア王国に送った密偵から連絡がありました。軍の生き残りでうちの国王陛下の息がかかっていない者を集めて作戦通りの配置につけたそうです」
「そうか、いよいよ……」
「ええ、うちの国王陛下に奪われたあなたの国を取り戻す手筈が整いました」

 オブシディアン――本来の名前はディーン・ヴァレリアは、二年前にイリゼ王国に侵攻されて属国となった国の王太子だ。
 彼が王都を離れて視察している間に攻め込んできたイルゼの兵士らによって父王と弟たちが殺され、その間に君臣らの助けを借りて国外に逃げた。

 王太子がまだ生き残っているため、イルゼ国王は血眼になって彼を探している。
 彼の目を欺くためにディーンは黒竜の姿になり、北の砦で飼われている竜の一匹に扮している。

「うちの国王陛下の魔術対策には手を焼きましたが――禁術に手を染める国王陛下に危機感を覚えた魔術の大家が協力してくれることになったので、後方支援として魔術を無効化してもらうことになりました」
 
 ヴァレリア王国は竜人――竜の血を引き、人と竜のどちらもの姿になれる人々が住まう国で、竜人は人間より力が強いから本来なら人間の軍隊一つで制圧されるなんてあり得なかった。
 
 しかしイリゼ国王は数年前から怪しい魔術に傾倒しており、禁忌の魔術を使って竜人らの動きを封じ、あっという間に制圧したのだ。
 
「しかし厄介なことに、うちの国王陛下が私を警戒して刺客を送り込んでいるそうです。恐らくは、私が父の死の真相を気づいて謀反を起こさないか不安になっているのでしょう。――まあ、もう気づいて謀反を企てているのですが」
 
 国外に逃げたディーンに救いの手を差し伸べてくれたのは、皮肉なことに侵攻してきたイリゼ王国の先代フォーサイス辺境伯。
 
 正義感の強い彼は魔術に傾倒する国王を野放しにしてはいけないと、反乱を起こして新しい国王を立てようとしたが――その計画に気づかれてしまい、不慮の事故を装って殺害された。
 
「二週間後に開かれる建国祭で、王弟殿下が合図をしたら国王陛下と彼の息のかかったものたちを捕らえます。その間にあなたはヴァレリア王国で反乱を起こして祖国を取り返してください」
「……色々と整えてくれたこと、心から感謝する。祖国を取り返した暁にはぜひ礼をさせてくれ」

 ようやく祖国を取り戻し、家族の仇を討てる――それなのに、気にかかることがあるせいで手放しには喜べなかった。
 
「私が祖国に帰ったら、あの子に新しい竜を与えるのか?」
「ええ。そのためには新しい竜を捕まえなければなりませんね。今はどの竜にも相棒の騎士がいますから」
「……そうか」

 砦の騎士として竜の背に乗り、人々を守ることを夢見て毎日仕事に訓練に励んでいるウェンディを想うと、ここを離れる罪悪感が少し生まれる。

 ストロベリーブロンドの髪を揺らし、自分を見るとぱっちりと大きな水色の瞳を輝かせて名前を呼んでくれる彼女は、自分がいなくなったらどうなるのだろうか。

「もしかして、ベルと離れることが寂しいのですか?」
「まさか。ただ聞いてみただけだ。あの人間に興味はない」
 
 ディーンを隠すために用意された、人畜無害で騎士経験が浅く、計画の邪魔にならない人間に過ぎないのだ。

「ベルはうちの大切な戦力なので、くれぐれも惚れて連れて帰らないでくださいね」

 その一言が予言になるなんて、この時の二人は想像すらできなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

竜王陛下の番……の妹様は、隣国で溺愛される

夕立悠理
恋愛
誰か。誰でもいいの。──わたしを、愛して。 物心着いた時から、アオリに与えられるもの全てが姉のお下がりだった。それでも良かった。家族はアオリを愛していると信じていたから。 けれど姉のスカーレットがこの国の竜王陛下である、レナルドに見初められて全てが変わる。誰も、アオリの名前を呼ぶものがいなくなったのだ。みんな、妹様、とアオリを呼ぶ。孤独に耐えかねたアオリは、隣国へと旅にでることにした。──そこで、自分の本当の運命が待っているとも、知らずに。 ※小説家になろう様にも投稿しています

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

処理中です...