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11夜目のためのお話:聖女選考会
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翌日の昼下がり、所用があったエーファは、変装して出かけた。
目立つ銀色の髪は魔法で栗色に変え、髪型はハーフアップで結わえる。
白いシャツに紺色のスカート、仕上げに焦げ茶色の落ち着いたデザインのコートを羽織ると、エーファは鏡の前で身だしなみを整える。
スカートの皺を伸ばそうと少し下を向いた彼女の肩に、ピョンと飛び乗る銀色の毛玉がいた。
「シリウスも準備ができたんだね?」
「ガウッ!」
毛玉の正体は、小さくなったシリウスだ。
シリウスは魔法で自分の体を小さくすることができる。そのためエーファが街へ行くときは、襟巻になったりぬいぐるみになったりと変装して彼女について行くのだ。
「わあ、賑わっているなぁ」
店兼自宅を出ていくつか角を曲がると大通りに出た。
王都は降星祭に合わせた装飾が施されており、宝箱の中にいるような錯覚を覚えるほど美しい。
木々は金と銀の装飾で彩られ、街灯には星を模した巨大なリースが下げられている。
店先には降星祭の日に大切な人に渡す贈り物たちが並び、客を待っている。
エーファは楽し気に笑う町の人たちや色とりどりの装飾を横目に、歩みを進める。しばらく歩くと、喧騒が薄らいだ。
道行く人は少なく、代わりに様々な貴族家の馬車が目の前を走る。
立ち止まったエーファがゆっくりと顔を上げると、目の前には尖塔と精緻な彫刻から成る荘厳な建物が聳え立ち、彼女を見下ろしていた。
ここは平民区画と貴族区画の中心地――神殿が二つの地域を分かつ場所だ。
「ハンスさんの書きつけによると、ここであの人が待っているんだよね……」
カフェ銀月亭にハンスが来たあの日、彼がエーファに渡した紙には、この場所と時間が書かれていたのだ。
エーファはその場で小さく深呼吸した。珍しく緊張してしまい、頬が強張ってしまっている。
「クゥーン」
「心配してくれてありがとう、シリウス」
シリウスは「僕がついているよ」と言わんばかりにエーファの頬に擦り寄り、モフモフの頭を擦りつけた。
「モフモフできて嬉しいけど、今から教会の中に入るからじっとしていてね?」
「ガウッ!」
賢い使い魔は一声だけ鳴くと、すぐに黙って襟巻の演技に専念するのだった。
教会の中に足を踏み入れたエーファの耳に、オルガンの音色が届く。
オルガンの隣には女性が立っており、讃美歌を独唱している。
彼女の前には参拝用の椅子が並んでおり、そこに神官が三人と修道女が二人座り、女性の歌声を聞いている。更に後ろには、他の歌うたいたちが座っていた。
「そっか……ちょうど今、聖女の選定をしているんだね」
ヒルデはどこだろうかと見回していると、一番最後の列にある椅子に座っている。
エーファは気になってしまい、足を止めてしまった。シリウスが「待ち合わせ時間に遅れるよ」と窘めるようにクゥーンと鳴くが、おかまいなしだ。
残念なことに、次に歌うのは王太子の新しい婚約者であるユリアだった。
エーファは退屈そうに腕を組む。ユリアの歌は上手ではあるがお手本のようだと思うのだった。
続いて歌うのは従妹のマクダレーナだ。
マクダレーナは毎年聖女に選ばれるだけあって、のびやかで美しい歌声だ。しかしエーファはさほど心を動かされず、退屈そうに歌を聞いてた。
「おっ、ようやくヒルデさんだ」
ちょうど、マクダレーナの次がヒルデだった。昨日は緊張と不安が綯交ぜになっていたヒルデだが、今は落ち着いているように見える。
オルガンの隣に立ったヒルデは両手を胸の前に組むと、ゆっくりと目を閉じる。まるで女神に祈りを捧げているようだ。
修道女がオルガンを弾き、曲が始まると、ヒルデは再び瞼を開けた。
視線は彼女の真正面にあるステンドグラスに向けている。
まるでステンドグラス越しに誰かに呼びかけるように、歌を歌い始める。
「優しくて、温かい声……ヒルデさんらしいね」
ヒルデはエーファが教えた通り、彼女が会いたくてやまない人のために歌っているのだろう。
切実な想いを乗せた歌声が、エーファの胸に響いた。
「少しだけなら、いいよね?」
エーファは呪文を唱えると、ヒルデの周りにキラキラと輝く雪の結晶を降らせる。わあっと歓声が上がった。
神殿の中にいる誰もが天井を見上げ、舞う雪の結晶と、女神様の像という神々しい光景を見つめた。
ヒルデも笑顔で手を伸ばすのだが――雪の結晶は彼女の手が触れる前に光の粒となって消えてしまった。
「あれ、魔法を無効化した時のような現象が起きているなんて、おかしいな……。ヒルデさんに守護魔法がかけられているの?」
魔法無効化の術式を使うと、魔法は光の粒となって消えてしまう。
だからエーファが魔法で出した雪の結晶が光の粒となって消えたのは、ヒルデにその類の魔法がかけられているからなのだろう。
(いったい、誰が……?)
考えを巡らせるエーファの前に、一人の男性が現れた。
「氷晶の賢者殿、教会内に雪を降らせるのはやめていただけないだろうか」
肩まである水色の髪を結んでいる美男子で、切れ長の涼やかな目の色は金色だ。
彼の名はフリートヘルム・フォン・リーツェル。
リーツェル王国の第二王子で、アンゼルムの弟だ。
「久しぶりだな」
「ご無沙汰しています。フリートヘルム殿下」
「ここは目が多いから、奥に行くぞ」
「かしこまりました」
エーファは粛々と礼をとると、フリートヘルムの後に続いて教会の奥へと向かった。
目立つ銀色の髪は魔法で栗色に変え、髪型はハーフアップで結わえる。
白いシャツに紺色のスカート、仕上げに焦げ茶色の落ち着いたデザインのコートを羽織ると、エーファは鏡の前で身だしなみを整える。
スカートの皺を伸ばそうと少し下を向いた彼女の肩に、ピョンと飛び乗る銀色の毛玉がいた。
「シリウスも準備ができたんだね?」
「ガウッ!」
毛玉の正体は、小さくなったシリウスだ。
シリウスは魔法で自分の体を小さくすることができる。そのためエーファが街へ行くときは、襟巻になったりぬいぐるみになったりと変装して彼女について行くのだ。
「わあ、賑わっているなぁ」
店兼自宅を出ていくつか角を曲がると大通りに出た。
王都は降星祭に合わせた装飾が施されており、宝箱の中にいるような錯覚を覚えるほど美しい。
木々は金と銀の装飾で彩られ、街灯には星を模した巨大なリースが下げられている。
店先には降星祭の日に大切な人に渡す贈り物たちが並び、客を待っている。
エーファは楽し気に笑う町の人たちや色とりどりの装飾を横目に、歩みを進める。しばらく歩くと、喧騒が薄らいだ。
道行く人は少なく、代わりに様々な貴族家の馬車が目の前を走る。
立ち止まったエーファがゆっくりと顔を上げると、目の前には尖塔と精緻な彫刻から成る荘厳な建物が聳え立ち、彼女を見下ろしていた。
ここは平民区画と貴族区画の中心地――神殿が二つの地域を分かつ場所だ。
「ハンスさんの書きつけによると、ここであの人が待っているんだよね……」
カフェ銀月亭にハンスが来たあの日、彼がエーファに渡した紙には、この場所と時間が書かれていたのだ。
エーファはその場で小さく深呼吸した。珍しく緊張してしまい、頬が強張ってしまっている。
「クゥーン」
「心配してくれてありがとう、シリウス」
シリウスは「僕がついているよ」と言わんばかりにエーファの頬に擦り寄り、モフモフの頭を擦りつけた。
「モフモフできて嬉しいけど、今から教会の中に入るからじっとしていてね?」
「ガウッ!」
賢い使い魔は一声だけ鳴くと、すぐに黙って襟巻の演技に専念するのだった。
教会の中に足を踏み入れたエーファの耳に、オルガンの音色が届く。
オルガンの隣には女性が立っており、讃美歌を独唱している。
彼女の前には参拝用の椅子が並んでおり、そこに神官が三人と修道女が二人座り、女性の歌声を聞いている。更に後ろには、他の歌うたいたちが座っていた。
「そっか……ちょうど今、聖女の選定をしているんだね」
ヒルデはどこだろうかと見回していると、一番最後の列にある椅子に座っている。
エーファは気になってしまい、足を止めてしまった。シリウスが「待ち合わせ時間に遅れるよ」と窘めるようにクゥーンと鳴くが、おかまいなしだ。
残念なことに、次に歌うのは王太子の新しい婚約者であるユリアだった。
エーファは退屈そうに腕を組む。ユリアの歌は上手ではあるがお手本のようだと思うのだった。
続いて歌うのは従妹のマクダレーナだ。
マクダレーナは毎年聖女に選ばれるだけあって、のびやかで美しい歌声だ。しかしエーファはさほど心を動かされず、退屈そうに歌を聞いてた。
「おっ、ようやくヒルデさんだ」
ちょうど、マクダレーナの次がヒルデだった。昨日は緊張と不安が綯交ぜになっていたヒルデだが、今は落ち着いているように見える。
オルガンの隣に立ったヒルデは両手を胸の前に組むと、ゆっくりと目を閉じる。まるで女神に祈りを捧げているようだ。
修道女がオルガンを弾き、曲が始まると、ヒルデは再び瞼を開けた。
視線は彼女の真正面にあるステンドグラスに向けている。
まるでステンドグラス越しに誰かに呼びかけるように、歌を歌い始める。
「優しくて、温かい声……ヒルデさんらしいね」
ヒルデはエーファが教えた通り、彼女が会いたくてやまない人のために歌っているのだろう。
切実な想いを乗せた歌声が、エーファの胸に響いた。
「少しだけなら、いいよね?」
エーファは呪文を唱えると、ヒルデの周りにキラキラと輝く雪の結晶を降らせる。わあっと歓声が上がった。
神殿の中にいる誰もが天井を見上げ、舞う雪の結晶と、女神様の像という神々しい光景を見つめた。
ヒルデも笑顔で手を伸ばすのだが――雪の結晶は彼女の手が触れる前に光の粒となって消えてしまった。
「あれ、魔法を無効化した時のような現象が起きているなんて、おかしいな……。ヒルデさんに守護魔法がかけられているの?」
魔法無効化の術式を使うと、魔法は光の粒となって消えてしまう。
だからエーファが魔法で出した雪の結晶が光の粒となって消えたのは、ヒルデにその類の魔法がかけられているからなのだろう。
(いったい、誰が……?)
考えを巡らせるエーファの前に、一人の男性が現れた。
「氷晶の賢者殿、教会内に雪を降らせるのはやめていただけないだろうか」
肩まである水色の髪を結んでいる美男子で、切れ長の涼やかな目の色は金色だ。
彼の名はフリートヘルム・フォン・リーツェル。
リーツェル王国の第二王子で、アンゼルムの弟だ。
「久しぶりだな」
「ご無沙汰しています。フリートヘルム殿下」
「ここは目が多いから、奥に行くぞ」
「かしこまりました」
エーファは粛々と礼をとると、フリートヘルムの後に続いて教会の奥へと向かった。
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