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21.嵐の前兆
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私は合流したラファエルと一緒に屋台を見ながら、周囲を警戒した。
妃殿下を暗殺するために雇われた暗殺者の顔と特徴は全て頭の中に叩き込んでいるから、見つけたらすぐに尾行して始末するつもりだ。
注意深く周りの気配を辿っていると突然、目の前に一本の肉串が現れた。
その串を持つ手の先を見ると、変装中のラファエル――もといフランツが、子どものように無邪気な笑顔を私に向けているではないか。
「はい、これが最初のオススメの、豚肉の串焼き。俺は塩味が好みだけど、仲間は香草を煮詰めたソース味が好きなんだ。二つとも食べてみて、ロミルダのオススメを教えて?」
「え、ええと」
「二つは多くて食べきれないかな? 分けてくれるよう店員に頼んでみるね」
ラファエルは私の返事を待たずに店員に話しかけ、串についていた肉を半分ずつ、別の串に刺してもらった。
塩味の豚肉の塊が三つと、香草のソース味の豚肉が三つずつ並んだ串を、ラファエルが手渡してくれる。
焼けた肉のいい香りが食欲をそそる。
「さあ、食べてみて?」
期待を込めた眼差しで見つめてくるラファエルに促されて食べようとするけれど、食べ方に悩んでしまう。
(ナイフもフォークもない状態で、どのように食べたらいいのかしら?)
かつて暗殺者をしていた頃は食べ物は全て手に持って齧りついて食べていたけれど、養父の家でそれをすると、行儀が悪いと言って叱られたから食べ方を直したものだ。
迷った私は、ラファエルに屋台料理の食べ方を聞いた。
「ええと、これはどうやって食べるの?」
「噛りつくといいよ。こうやって食べるんだ」
その噛りつき方さえも全く心得ていない私のために、ラファエルが手本を見せてくれる。
ラファエルは肉の塊をぱくりと口に含むと、器用に串から引き離して咀嚼する。
「家でこれをすると行儀が悪いと言われるかもしれないけれど、ここではみんなこうして食べるから気にしないで」
「わかったわ。それじゃあ、いただきます」
相変わらずラファエルにじっと見つめられているまま、私は思い切って肉串に食らいつき、串から外して食べた。
こんがりと焼けた豚肉を噛むと、口の中にじゅわりと肉汁が広がる。
肉汁はこってりとしているけれど、ほどよく振りかけられている塩の味が絶妙に効いているからしつこくない。
(美味しい……!)
私は咀嚼していた肉を飲み込むと、もう一つ食べた。
「美味しい?」
ラファエルの質問に、食事中の私は無言のまま何度も頷いて応える。
そうすると、彼は目元を綻ばせてふわりと笑った。
穏やかで優しい笑みを向けられると、またもや胸の奥に違和感を感じた。
むずむずとして落ち着かない気持ちになるけれど、不思議と嫌ではない。
「フランツはよく、屋台で食べ物を買うの?」
「そうだよ。騎士団の仲間と一緒に」
「騎士団には貴族出身の騎士もいるのに、意外とこうやって平民と同じものを食べるのね」
「まあ、屋台で食べ物を買う平民を見て憧れている人も少なくないからね。みんな乗り気になって買っているよ」
それから私たちは果実水を飲んで喉を潤した後、今度は細切りにした芋とチーズを混ぜ合わせてカリカリになるまで焼いた芋の固焼きを食べた。
ラファエルは本当に何度も屋台で食べ物を買っているようで、次から次へと新しい食べ物を勧めてくれる。
すっかり満腹になった私は、白旗を揚げて彼の追加の食べ物を断った。
「屋台でご飯を買うのもいいわね。新しい王都の楽しみ方を学んだわ」
「イルザは休日に王都で遊んだりしないの?」
「そうね。仕事以外で外出していいなかったから、こういうのは初めて」
「子どもの頃も?」
「その頃は……勉強で忙しかったの」
私は陛下に掴まり、養父の娘になってからずっと、貴族としての教養と礼儀を叩き込むために勉強していた。
陛下の専属侍女になり、そして彼に解雇させられないよう必死だった。
「じゃあ、大人になってからも街へ遊びに行ったことはないの?」
「ええ、全く」
「なんてことだ……もしかして、これまでに一度も金月の祝祭に行ったこともないの?」
レンシア王国には、金月の祝祭という大きな祭りがある。
この祭りはレンシア王国の人々が崇拝する女神グローリアのために開かれるもので、祭りの日は朝も夜も王都は賑わい、笑い声や歌や音楽が王宮にまで聞こえてくるのだ。
私はいつも隠密として陛下を守るために変装して警護に当たっていたから、祭に参加したことはない。
「仕事で行ったくらいね」
「そうか……」
急に声の調子を落としたラファエルが、神妙な顔つきになる。
祭に参加していなくても女神への冒涜にはならないはずだけれど、それくらい一大事だとでも言いたげな様子だ。
「せっかくだからさ、今年の金月の祝祭は俺と一緒に行かない?」
「生憎だけど、ご主人様に付き添っていないといけないから無理ね」
「そ、そうだよね。お互いその仕事があるもんね」
目に見えてしゅんとしてしまったラファエルは、どことなく主人に構ってもらえなくて落ち込んでいる犬のようで。
その姿を見ると罪悪感を覚えて、気まずい気持ちになる。
(どのような声をかけるべきなのかしら?)
そっと目を逸らしてかける言葉を探っていたその時、射抜くような眼差しを感じて、ぞくりと悪寒が走った。
(あの人がいる……!)
それは、幼い頃に何度も感じたことのある、恐ろしく冷たい殺気。
かつて私が暗殺者だった頃に間近で感じては、震え上がっていた。
恐ろしく、だけど懐かしい感覚。
ずっと昔の記憶だから忘れられていたと思っていたのに、私は想像以上に彼を忘れられていなかったようで。
(お兄様が、この国に潜り込んできたんだわ)
かつて私と一緒に両親に捨てられ、暗殺者として育てられていた兄の面影を思い出した途端、身が竦んだ。
妃殿下を暗殺するために雇われた暗殺者の顔と特徴は全て頭の中に叩き込んでいるから、見つけたらすぐに尾行して始末するつもりだ。
注意深く周りの気配を辿っていると突然、目の前に一本の肉串が現れた。
その串を持つ手の先を見ると、変装中のラファエル――もといフランツが、子どものように無邪気な笑顔を私に向けているではないか。
「はい、これが最初のオススメの、豚肉の串焼き。俺は塩味が好みだけど、仲間は香草を煮詰めたソース味が好きなんだ。二つとも食べてみて、ロミルダのオススメを教えて?」
「え、ええと」
「二つは多くて食べきれないかな? 分けてくれるよう店員に頼んでみるね」
ラファエルは私の返事を待たずに店員に話しかけ、串についていた肉を半分ずつ、別の串に刺してもらった。
塩味の豚肉の塊が三つと、香草のソース味の豚肉が三つずつ並んだ串を、ラファエルが手渡してくれる。
焼けた肉のいい香りが食欲をそそる。
「さあ、食べてみて?」
期待を込めた眼差しで見つめてくるラファエルに促されて食べようとするけれど、食べ方に悩んでしまう。
(ナイフもフォークもない状態で、どのように食べたらいいのかしら?)
かつて暗殺者をしていた頃は食べ物は全て手に持って齧りついて食べていたけれど、養父の家でそれをすると、行儀が悪いと言って叱られたから食べ方を直したものだ。
迷った私は、ラファエルに屋台料理の食べ方を聞いた。
「ええと、これはどうやって食べるの?」
「噛りつくといいよ。こうやって食べるんだ」
その噛りつき方さえも全く心得ていない私のために、ラファエルが手本を見せてくれる。
ラファエルは肉の塊をぱくりと口に含むと、器用に串から引き離して咀嚼する。
「家でこれをすると行儀が悪いと言われるかもしれないけれど、ここではみんなこうして食べるから気にしないで」
「わかったわ。それじゃあ、いただきます」
相変わらずラファエルにじっと見つめられているまま、私は思い切って肉串に食らいつき、串から外して食べた。
こんがりと焼けた豚肉を噛むと、口の中にじゅわりと肉汁が広がる。
肉汁はこってりとしているけれど、ほどよく振りかけられている塩の味が絶妙に効いているからしつこくない。
(美味しい……!)
私は咀嚼していた肉を飲み込むと、もう一つ食べた。
「美味しい?」
ラファエルの質問に、食事中の私は無言のまま何度も頷いて応える。
そうすると、彼は目元を綻ばせてふわりと笑った。
穏やかで優しい笑みを向けられると、またもや胸の奥に違和感を感じた。
むずむずとして落ち着かない気持ちになるけれど、不思議と嫌ではない。
「フランツはよく、屋台で食べ物を買うの?」
「そうだよ。騎士団の仲間と一緒に」
「騎士団には貴族出身の騎士もいるのに、意外とこうやって平民と同じものを食べるのね」
「まあ、屋台で食べ物を買う平民を見て憧れている人も少なくないからね。みんな乗り気になって買っているよ」
それから私たちは果実水を飲んで喉を潤した後、今度は細切りにした芋とチーズを混ぜ合わせてカリカリになるまで焼いた芋の固焼きを食べた。
ラファエルは本当に何度も屋台で食べ物を買っているようで、次から次へと新しい食べ物を勧めてくれる。
すっかり満腹になった私は、白旗を揚げて彼の追加の食べ物を断った。
「屋台でご飯を買うのもいいわね。新しい王都の楽しみ方を学んだわ」
「イルザは休日に王都で遊んだりしないの?」
「そうね。仕事以外で外出していいなかったから、こういうのは初めて」
「子どもの頃も?」
「その頃は……勉強で忙しかったの」
私は陛下に掴まり、養父の娘になってからずっと、貴族としての教養と礼儀を叩き込むために勉強していた。
陛下の専属侍女になり、そして彼に解雇させられないよう必死だった。
「じゃあ、大人になってからも街へ遊びに行ったことはないの?」
「ええ、全く」
「なんてことだ……もしかして、これまでに一度も金月の祝祭に行ったこともないの?」
レンシア王国には、金月の祝祭という大きな祭りがある。
この祭りはレンシア王国の人々が崇拝する女神グローリアのために開かれるもので、祭りの日は朝も夜も王都は賑わい、笑い声や歌や音楽が王宮にまで聞こえてくるのだ。
私はいつも隠密として陛下を守るために変装して警護に当たっていたから、祭に参加したことはない。
「仕事で行ったくらいね」
「そうか……」
急に声の調子を落としたラファエルが、神妙な顔つきになる。
祭に参加していなくても女神への冒涜にはならないはずだけれど、それくらい一大事だとでも言いたげな様子だ。
「せっかくだからさ、今年の金月の祝祭は俺と一緒に行かない?」
「生憎だけど、ご主人様に付き添っていないといけないから無理ね」
「そ、そうだよね。お互いその仕事があるもんね」
目に見えてしゅんとしてしまったラファエルは、どことなく主人に構ってもらえなくて落ち込んでいる犬のようで。
その姿を見ると罪悪感を覚えて、気まずい気持ちになる。
(どのような声をかけるべきなのかしら?)
そっと目を逸らしてかける言葉を探っていたその時、射抜くような眼差しを感じて、ぞくりと悪寒が走った。
(あの人がいる……!)
それは、幼い頃に何度も感じたことのある、恐ろしく冷たい殺気。
かつて私が暗殺者だった頃に間近で感じては、震え上がっていた。
恐ろしく、だけど懐かしい感覚。
ずっと昔の記憶だから忘れられていたと思っていたのに、私は想像以上に彼を忘れられていなかったようで。
(お兄様が、この国に潜り込んできたんだわ)
かつて私と一緒に両親に捨てられ、暗殺者として育てられていた兄の面影を思い出した途端、身が竦んだ。
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