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01.苦手な相棒

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 国王陛下直属の隠密侍女は忙しい。
 
 ――午後三時の、陛下の休憩時間まであと十五分。
 
 私、ロミルダ・ブランはいつも通り王宮の厨房へ行き、陛下の休憩用に用意されたお茶とお菓子を乗せたワゴンを受け取ると、隠し持っている魔法具で毒を調べる。
 
 これも、出来立てのお菓子を食べたいと我儘を言う陛下から命じられた、隠密侍女の務め。

 ティーポットの中のお湯に問題なし。
 ティーカップも問題なし。
 お菓子も軽食も問題なし。

 続いてカトラリーへと手を動かすと、魔法具が毒を感知して微かに震えた。

(……なんと姑息な真似を。カトラリーに幻覚魔法をかけて、色が変わっていてもわからないようにしているのね)

 内心舌打ちをしつつ、さりげなく厨房内を見回すと、奥に見覚えのない顔の料理人がいる。
 彼はぎこちない手つきでジャガイモの皮を剝いており、おまけに視線はジャガイモに向けられておらず、彷徨わせている。
 
 王宮の厨房に入るにはそれなりの経験を積んでいなければならないのに、あんなにも杜撰な仕事をする料理人がいるなんてあり得ない。
 
 恐らくは新入りが入る時期を狙って、陛下の暗殺を企てている家門の者が刺客として潜ませたのね。

 多くの人間が働く王宮なら紛れ込めると思っているのだろうけれど、生憎私は王宮で働く全ての使用人の顔を覚えているから誤魔化せないわよ。

(まずは相棒に報告してあの料理人を捕らえさせ……推薦状を書いた貴族家を調べないといけないわ)

 本音を言うと今すぐにでも刺客を捕らえたいところだが、今は我慢だ。
 私はあくまで、国王陛下に仕える侍女の内の一人をから。

 陽の当たる場所で鉄槌を下すのは、の仕事だ。
 私は裏方。陰の仕事を担っているから、表立っては動けない。

 だから私はワゴンを押して、黙って厨房を出る。そして周囲に人がいないのを確認すると、襟元につけているブローチの真ん中にある魔法石に触れて相棒に話しかけた。

 これは国王陛下から私と相棒に贈られた特別な装身具で、魔法石に触れるとどんなに離れていても私と相棒が会話することができる。
 
 本音を言うとあの相棒と話すなんて気が進まないけれど、これも仕事だからしかたがない。
 
「騎士様、厨房にネズミが一匹入り込んでいますので逃げ道を封鎖してください」
 
 相棒は私の呼びかけに間髪を入れず、頭の中にムカつくほど甘ったるい声を流し込んできやがった。
 
「ふふ、仔猫ちゃんから連絡をくれるなんて嬉しいな。ちょうど君の可愛い声が聞きたかったんだ」
「……余計な事を言わずにさっさと動いてください」
「今日も相変わらずつれないねぇ。まあ、仔猫ちゃんのそういうところが好きなんだけど」
 
 な~にが仔猫ちゃんだ。相変わらずキザでやたら甘ったるくて寒気がするから苦手だ。

(それなのに、王宮仕えの侍女や女官たちはこぞってあのキザ野郎にのぼせているのよね。どうしてあんな軟派者がいいのかしら?)

 私の相棒こと国王陛下直属の隠密騎士ラファエル・バルヒェットはとにかく軟派で軽くてだらしなくて、そのくせ家柄が良くて剣の腕がいいから腹が立つ。

 おまけに目を瞠るほど端正な顔立ちで、髪は薔薇の花のように美しい赤色で、宝石のように煌めく青い瞳を持つ。
 そんな彼の通り名は<薔薇騎士様>。
 
 神は二物を与えずではなかったのかと恨み言を言いたくなるくらいに、なんでも持っている奴で――だから苦手だ。
 
 彼とは違い、私は陛下の暗殺に失敗して捕らえられたところ、陛下の気まぐれで命を救われて彼の手下になったのだ。
 今は陛下の侍女をする為に大臣の養女として籍を入れられているものの、元は暗殺者として育てられた、しがない孤児。

 容姿も華やかなバルヒェット卿とは異なり、平凡な顔つきに何の変哲もない栗色の髪、そして瞳は紫色がかった灰色。
 そして、王宮の使用人たちの間でつけられている通り名は<鉄仮面>だ。華やかさもへったくれもない。
 
 正反対の私たちだけれど、どういうわけか陛下に選ばれて、バディを組んで隠密活動を行っている。
 
「仔猫ちゃん、今からいつもの場所で落ち合おうね。待っているよ」
「うげっ」

 不意打ちで相棒の甘ったるい声を聞かされた私はぞくりと鳥肌が立ち、条件反射でブローチをむしり取って床に投げつけそうになった。
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