王子の結婚相手を見つけるのが仕事の裏方魔法使いの私、なぜか王子に溺愛されているのですが？！

24.再会の夜

　ブラントミュラー卿より連絡があり、私は彼に迎えに来てもらって王城に行くことになった。傭兵との戦闘があった一連の騒動について、王室の方での調べが終わったのだ。

　三日月が寂しく輝く夜、扉を叩く音を聞きつけて外に出た。ブラントミュラー卿が戸口の前に立っている。
　彼の表情を見たところで彼は平常通りのため、どのような結果になったのかはまだ図りかねる。

　真相を知りたい反面、知りたくないとも思ってしまう。

　恐ろしいのだ。場合によっては犯人たちの記憶を消さなければならない。この手で人と人との繋がりを消すことになってしまう。

（初めての仕事でこのような事態になるなんて……）

　使命を果たすためには時としてその判断を下さなければならない。
　それは、どの結びネクトーラの魔法使いたちにも訪れる試練。ひとり立ちする日から覚悟していたことだ。

（だけど、恐ろしいものはやっぱり、恐ろしいままね）

　いざその時が訪れようとすると、弱気になるばかりだ。
　プロフェッショナルとして乗り越えなければならないのに。

（人と人を繋げることが私たちの仕事なのに、どうして人と人の繋がりを消さなければならないのかしら……）

　足取りは重いが、進まなければならない。

（これは、私の仕事だから……！）

　大いなる力から初めて任された仕事で、その仕事を通して国王陛下を始めとするティメアウスの人たちに迎え入れてもらったのだから。
　然るべき成果を残すべく全うしたい。

　王宮に続く隠し通路を抜けて目前の景色が開けると、ティメアウス城がこちらを見下ろしてくる。そのままブラントミュラー卿の後ろに続いて城内の回廊を幾つも通り階段を上がると、マクシミリアン殿下の執務室に辿り着いた。

「マクシミリアン殿下にご挨拶申し上げます。先日は遠方より助けに来てくださりありがとうございました」
「やあ、リタ。久しぶりだね」

　部屋の中に入って挨拶をすると、殿下はいつも通りの微笑みで迎えてくださった。

「殿下、お身体は大丈夫ですか？　ご多忙なのに私の所為で転移魔法を使うことになり申し訳ございませんでした」
「変わりなく元気ですよ。それに、こちらの事情であなたに迷惑をかけたのですから謝らないでください」

　殿下は両手を結び、執務机の上に置く。綺麗な長い指。

（剣を握っていたあの御姿が、まだ忘れられないわ）

　不意に彼の指が動き、私は視線を戻した。

「あなたにあんな血まみれの姿を見られてしまったので実は落ち込んでいました」
「そんな……剣を握る殿下も素敵でした。ただ、いつもの御姿と違うので驚きましたが」
「なるほど、それでは今度ルートヴィヒを相手に久しぶりに闘ってみましょうか」

　扉の外からブラントミュラー卿が盛大なくしゃみをした声が聞こえてくる。
　
（なんだか不吉だわ）

　マクシミリアン殿下を止めなければならないと直勘する。

「おおお、お待ちください殿下。普段と違う御姿だったので、その……」
「時おり違う表情を見せてみるのは効果的なのですね。参考になりました。覚悟してください」
「あ、あのですね……！」

　何の覚悟なのでしょうか。突然の宣告に動揺してしまった。上手く言葉が出てこない。
　殿下はクスクスと笑われた。どうやらご冗談のようだ。いつもの調子で仰られると本気なのかと焦ってしまう。

「それに、お手紙をありがとうございました。毎夜楽しみにしていたんですよ」
「お手紙……あのような内容で良かったのでしょうか？」
「欲を言えばもう少しリタ個人のお話を書いて欲しかったですね。仕事のことを書くなんてあなたらしいですが」

　殿下は手紙に書いたルシウの木について騎士団に調査するよう指示を出してくださっていた。今回の見回りの際に確認してくださるそうだ。提案に耳を傾けてくださって嬉しい。

「そういえば、アレクと呼んでいたと報告で聞いたのですがどういうことでしょうか？」
「アレクシス殿下からそうご要望をいただきまして」
「……へぇ」

　先ほどまでと一転して、急に空気が重くなってきた。

（どうしよう、どうしたらいいのでしょうか？）

　恐らく図書館でお話したときのことを仰っているのだ。ブラントミュラー卿、そこは隠していただきたかった。さすがは優秀な護衛騎士、報告に不足がない。

「なるほどです。要望としてなら叶えてくれるということですね」
「で、殿下？」
「マクシミリアンと呼んでください。顧客からの要望です」
「あ、あの……あの時はクラッセンさんもいらっしゃったのでアレクシス殿下の正体を隠すためにも呼ぶことにしたんです」

　苦しい弁明を述べると、マクシミリアン殿下はにこりと笑った。
　笑顔の中に圧を含ませていらっしゃる。
　そして、そんなところがやはりアレクシス殿下とそっくりでいらっしゃる。

「もう少しこの話を続けられたら良いのですが、夜も遅いですし我慢しましょう」

　殿下は残念そうにそう仰った。私としては心臓に悪い時間だったので残念ではない。ただ、殿下が小さく溜息をついたので、これから聞かされるのは芳しくない報告のようで落ち着かない気持ちになる。

「とても、申し上げにくい話です」

　そう言い、眉根を寄せた。
　マクシミリアン殿下から笑顔が消えてしまい、不安が強まる。

「発端となった大臣のゾマーはいくつかの貴族家に今回の騒動の応援を求めていました。そのせいで、一部の貴族の間であなたの顔や仕事が知れ渡っています。ただ、現状ですと彼らは結びネクトーラの魔法使いの存在については半信半疑のようです」

　頭の中が真っ白になった。
　これが単なる悪夢であるなら、どれほど良かっただろうか。

「リタ――」
「クラッセンさんは――、乙女ヒロインの顔は知られていませんか？」
「はい。候補が決まっていることまでは知らないようです」
　
　ひとまず、クラッセンさんが狙われる危険はないようで安心した。しかし、彼女と私が会っているところを見られると、今度こそ彼女の身に危険が及ぶだろう。

（できる事なら使いたくない魔法だけれど、でも……クラッセンさんを危険な目に遭わせてはいけない）

　乙女ヒロイン候補の安全を考えると記憶を消した方が安全だ。今後も何が起こるのかわからないのだから――。

（ゾマー候爵の記憶を辿って、他の方の記憶にも干渉するように魔法をかけよう。そうすれば取りこぼしなく記憶を消せる）

　もう決断しなければならない時だ。
　これはしかたがないことなのだと、自分に言い聞かせる。

「……その方を連れてきてください。忘却の魔法を、使います」

　自分の声が自分の物ではないように感じられた。

　放った言葉が重くのしかかってくる。
　言った以上、私は本当にその魔法を使うしかないのだ。

（ああ、これから本当に、記憶を消さないといけないんだ……）

　遅れてやってくる実感に、心臓がぎゅっと掴まれるような痛みを感じた。

（これから本当に、……この手で記憶を消すんだ……）

　ふと、頭の上から影が落ちてきた。
　見上げると、殿下が私を覗き込んでいらっしゃる。

　彼はいつの間にか椅子から離れ、目と鼻の先に立っているのだ。

「リタ……」

　蒼い瞳が揺れている。
　今、言葉を発したら、泣いてしまうような気がした。それくらい、胸の中がいっぱいいっぱいで、どうしようもないのだ。
　何も答えられずに俯いていると、殿下が私の前で跪づく。

「――っ？！」
「手に触れますね」

　殿下の手が、確かめるように私の手に触れた。
　私の目と、私の手を、交互に見つめている。

「リタ、大丈夫だよ」

　殿下は目を閉じ、私の手の甲に口付けた。

　触れる温もりに安堵する自分がいる。
　いつもは狼狽えてしまうのに、今日はとてつもなく安心するのだ。

（ダメだ。忘却の魔法を使うのが怖くて、混乱しているのだわ）

　ゆっくりと息を吐き、背筋を伸ばす。
　
（リタ、しっかりするのよ。私はプロフェッショナルなんだから……！）

　この国で出会った大切な人たちの為にも、私は私の仕事を成し遂げるのだ。

「殿下、お気遣いありがとうございます。私はもう、大丈夫ですから」

　手を握り返すと、殿下は柔らかく微笑んだ。

「今宵は遅いのでお暇しますね。また日を改めて打合せしましょう」
「そうですね。明日から忙しくなるので、しっかりと休んでください」

　殿下の優しい声が心を包んでくれているようで、胸の中が温かくなる。

「リタ、良い夢を。せめて夢の中では不安から解放されますように」

　私の為に祈ってくれる殿下にも、良い夢が訪れますように。