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1章

死亡フラグ①

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 話が終わると同時に、アジュアは優の手を引いて広間を出る。
 最初に入ってきた扉とは違う方向へ歩き出した。なぜ、という疑問が浮かんだが、喋るなという忠告を思い出して口を噤んだ。壁に近づいていくと何もなかったところに扉が浮かび上がる。
 アジュアが片手で払うような仕草を見せると扉は勝手に開いていく。真っ暗だ。得体のしれない空間に迷いなくアジュアは足を踏み入れた。一瞬躊躇してしまい、アジュアの手を思わず握り締めて足で地を踏みしめてしまった。
 振り向きはしなかったものの、やんわりと握り返してくる。
 恐れないでください。という声が聞こえてきたような気がした。
 先に行ってしまった背を追うように闇に飲まれた瞬間、息を詰めて瞼を閉じる。浮遊感と同時に足裏に感じる地の硬い感触。
 温かな風が吹き抜けていく。瞼を開こうとすると眩しさが刺さって痛い。目が溶けてしまいそうだ。手で目元を覆いながら俯いた。

「っ――」

 手で庇いながら周りを見回す。外だ。いや、建物か? 知らない光景だった。
 目の前には大樹がありそれを囲うように通路がある。視界では捉えきれないほど大きな幹。天辺を覆いつくす木の葉が揺らいでいた。風の流れに乗ってくる土や植物の匂いから室内とは考えられない。しかし、揺れても厚く重なりあっている葉に隙間はなかった。空がない。エレベーターのようなもので移動をした時には、街の上空に太陽と空を確認していたら存在はしている。覆われ隠されているといった表現が妥当かもしれない。
 その代わり、木から垂れ下がっているいくつもの光の玉(毛玉に似ているような)が全体を明るく照らしている。一定の光を放つものと、点滅している光。オレンジ色が多い中で赤く色づいているものもあった。
 一つが強く光り出すと球体が膨らむ。赤が激しく点滅。輪郭を歪ませて限界まで膨れ上がっていく。爆発するのかと優は咄嗟に身構えた。光は風船が割れるような音をさせて飛び散る。小さな光の粒は散り散りになることはなくそのまま一つに集まり、新たな形を形成していく。

 それは、1羽の鳥だった。

 翼が緑と青のグラデーションで艶のある色合いをしている。鳥、のはずだが光り輝く鳥を見たことがないので自信はない。
 重力に逆らえず目の前を落下していく。このままでは地に打ち付けられて死んでしまうではないか。
 手すりまで優は無意識に引き寄せられた。
 下を覗き込む。底が見えない。木の幹があるだけだ。冷たい風が下からも吹き上げてくる。そこで初めて自分たちがかなり上階にいるのだと知った。

 螺旋状の建物なのかと考えていたがどうやら違う。大樹に沿って、無造作に、いや規則的に建てられたであろう建物は不思議な構造をしていた。違法建築という言葉が思い浮かぶ。
 落ちたと思っていた鳥が翼を揺らし、急速に上昇していく。誕生を心の底から喜ぶような囀り。光をまき散らしながら木の葉の奥へと消えていった。

「あの鳥も精霊の一種です。すべての精霊はこの大樹から生まれてくるんです」

 甘い匂いに鼻を掠める。
 先ほど鳥が生まれた場所にはすでに新たな光の玉が実をつけている。オレンジ色だ。あの玉が少しずつ赤くなり、またあの鳥が生まれるのだろうか。
 ゲームやアニメでしか見たことのないような光景に気持ちが少しだけ高揚する。

「なんで、あっ」

 声を出してしまって口元を押さえた。
 厳しかった表情が嘘のようにアジュアはにっこりと笑ってみせる。

「大丈夫です。ただ、フードは外さないでくださいね。目がどこにあるか、僕も把握しきれていませんから念のために」

 目。あのきつい黄金を思い出してしまい背筋にぞわっと寒気が奔る。
 いけすかないやつだった。性格が捻じ曲がってるにしてもアジュアのほうがまだいい。

「ん、りょーかい。意識して喋らないようにするのも大変だな」

 喋らなくていいのなら口を縫いつけてもいいと考えていた。だが、意図的に話さないようにするのも大変だ。
 一言が命にかかわる問題であるとすれば、気が抜けない。先に言ってほしかったと優は不満を溜息とともに漏らす。
 少し浮き上がったフードの先を指で引っ張りながら振り向いた目の前にアジュアが立っていた。音もなく近寄ってくるものだから不意打ちを食らい、叫びそうになる。

「みんな、スグル様について知りたくて、知りたくてたまらないんです」
「……何を」

 問いに対して笑みが深められ、沈黙という答えに舌打ちをした。

 ――いや、聞かなくてもすでに理解したはずだ。

 あのキラキラした人間を筆頭に優の価値を知りたがっている。胸糞悪いことに伊坂はすでに認められていて、最悪、使い物にならなければ自分は不用。

「あいつらが言ってた役目って、どういう意味?」

 役に立つ。立たない。勝手なことばかりだ。
 しかし、この世界では人の価値が明確に決められている。基準の一つとして、渡人であることや魔術が扱えることが挙げられるだろう。優たちの生まれた世界は身分などを作らず、生まれや性別などで差別されることがないようにと教えられる。少なくとも住んでいた日本ではそうであった。
 人類皆平等。その価値観の中で生きてきた。
 クソみたいな価値観だ。


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