上 下
11 / 19
1章

しおりを挟む

「何事にも初めてはつきものです。恐れるのではなく、いかに事前に備えるか、ということが大事になります」

 教師のようなことを言っているが騙されてはいけない。
 中身と外見が必ずしも一致しないのだと、伊坂の件で学んだのではなかったのか。一瞬でも助けてくれるなんて希望を抱いたのがいけなかったのだろう。

「スグル様が辛く苦しくないよう一緒に頑張りましょう」
「人のこと行動不能にしといてそれはないかな」

 猛烈な脱力感に襲われている優は皮肉に口端を釣り上げた。
 この男、無害を装っているが話を聞いていない節がある。
 ベッドの上で仰向けに転がっていた。見下ろしてくるアジュアは特に何も言わない。これは聞くつもりがない、という意思表示であると察する。
 手伝うという発言からの行動は速かった。
 逃げ出そうとした優の首筋をアジュアの指先が掠める。たったそれだけのことで全身から力が抜けてしまった。逃げようとしていた足が絡まりベッド下に崩れ落ちた優は愕然とした。「精霊のマナを少しだけ当ててみました」ベッドにしがみつくことで身体をどうにか支えているとアジュアは悪びれもせずに言い放った。「感覚が少し鈍くなるほうが負担が減りますからね、ね?」細い腕のどこに力があるのか優の身体をベッドの上に引き上げていく。身長だけで見ると優のほうが少し高いぐらいだ。辛うじて口だけは動く。
 力の入らない頭の下にアジュアが膝を滑り込ませた。所謂、膝枕だ。やはり肉付きはそこまでよくないらしく、骨が当たって少しだけ痛い。

「僕にできることはスグル様の負担を少しでも軽くすることだけです。貴方には生きて貰わなければいけないんです」

 たとえ、本人の意思を無視した形であったとしても――という言葉が続いているような気がした。
 広げていた手のひらにじゃらっと現れた宝石。のようなもの。食べさせられたものより少しだけ色濃い。
 それらを布を纏わず晒されている優の胸に落としていく。肌に触れる前に宝石は固形から液体へと弾け割れていった。ぬるつく液体が胸から腹部にかけて広がり散る。

「きもちわるー……」
「そうですか?」

 指が肌の表面を滑っていく。薄っすらと割れている腹部の溝や臍の凹凸を確認するような動き。

「そのうち良くなります。貴方には苦痛を感じてほしくない」
「優しいのか酷いやつなのかわかんないねお前」
「……よく言われます。僕としては優しさのつもりなんですが」

 目にかかる髪を指先が退けてくれる。

「綺麗な髪ですね」

 指通りを楽しむように髪を撫でられた。

「男のくせにって笑えちゃう?」

 そうやって笑われることに慣れている。
 髪を伸ばしていると、何かの願掛けかと問われることもあるぐらい不思議に思う人間が多かった。人の髪型なんてどうでもいいだろうに一々尋ねられて鬱陶しく感じることもある。

「貴方のものだから」

 真面目に返されて毒気を失う。
 男の手から髪が零れていく。

「へえ、それってオレがおっさんとかデブでもいけんの?」
「ええ、所詮肉体は魂を入れる器でしかないので」

 肉体がなければ魂だけあってもしょうがないのではないだろうか。
 丁寧だが、時々雑になる。それでも、渡人として敬意を払って接してくるアジュアを憎めないでいた。むしろどこかドライな印象を受けるところに好感を持てる。
 彼から自分を傷つけようとする意志を感じられないからだろうか? 現状追い詰められているのだが、それでもこの男からは敵意、悪意といった類が感じられないのだ。
 嫌味なんて口から出すのも億劫で代わりにため息が漏れた。

「だったらオレの身体がどうなろうがどうでもいいってことだろ」

 髪の毛から頬へ指が滑ってくる。
 ぬるついている手で両頬を包まれ、アジュアの顔がずっと近くまで落ちてきた。

「この世界は価値のない者にとって優しくない世界です」

 渡人であるが、では渡人として優にはどんな価値がある?
 生まれながらにして魔術が使えることが何よりも名誉。次に血統。そして個々の能力へと比重が軽くなっていく。渡人も特別枠での価値ある人間だが【役割】を果たさなければならない。
 そのために異世界へと呼ばれたのだ。本来は価値がないはずがない。だが――渡人が【役割】を果たさなければ、どうだ? しかし、生きているだけで価値があるはずだが、

『存在するだけで価値がある。一部の者は食べることもあるそうです』

 ふと思い出した言葉だった。
 保護されてよかった。保護されなかった場合にはどうなるのか具体的に聞いてはいなかったが、けして渡人にとって絶対安全ということではないのだろう。
 運が悪ければ実際にそういうこともあった。
 アジュアは小さく耳元で囁いてくる。

「僕は貴方に生きていてほしい」

 2人にしか聞こえないような声だった。まるで、誰かに聞かれないようにしている。
 秘密ですよ。アジュアは人差し指を己の唇に押し当て、口パクでそう紡いだ。
 冷ややかなものが背中を駆け上がっていき、途端自分という人間の弱さが引き立てられて不安を煽られる。

「渡人としての価値が疑われないように、それだけは絶対回避しなければいけない」

 宝石が唇に押しつけられた。
 価値が疑われることによって優の受ける待遇が異なってくる。やはり、早く元の世界へ戻る必要があるようだ。

「貴方だけではなく僕も手段を選んではいられない状況なのです」

 指で口に押し込まれた。さっきと同じように口腔内で弾けて液体となったので咀嚼する必要がない。喉へと流れ込んでいく。妙に絡まって甘ったるくて優は顔を顰めた。
 彼が善人か悪人か、いや、敵か味方か。まだ判断することはできない。

「くそ、あま、い」

 唇から飲み込めなかった甘ったるいものが流れ落ちていった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。

かるぼん
BL
******************** ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。 監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。 もう一度、やり直せたなら… そう思いながら遠のく意識に身をゆだね…… 気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。 逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。 自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。 孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。 しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ 「君は稀代のたらしだね。」 ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー! よろしくお願い致します!! ********************

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

今日も、俺の彼氏がかっこいい。

春音優月
BL
中野良典《なかのよしのり》は、可もなく不可もない、どこにでもいる普通の男子高校生。特技もないし、部活もやってないし、夢中になれるものも特にない。 そんな自分と退屈な日常を変えたくて、良典はカースト上位で学年で一番の美人に告白することを決意する。 しかし、良典は告白する相手を間違えてしまい、これまたカースト上位でクラスの人気者のさわやかイケメンに告白してしまう。 あっさりフラれるかと思いきや、告白をOKされてしまって……。良典も今さら間違えて告白したとは言い出しづらくなり、そのまま付き合うことに。 どうやって別れようか悩んでいた良典だけど、彼氏(?)の圧倒的顔の良さとさわやかさと性格の良さにきゅんとする毎日。男同士だけど、楽しいし幸せだしあいつのこと大好きだし、まあいっか……なちょろくてゆるい感じで付き合っているうちに、どんどん相手のことが大好きになっていく。 間違いから始まった二人のほのぼの平和な胸キュンお付き合いライフ。 2021.07.15〜2021.07.16

【完結】俺の声を聴け!

はいじ@11/28 書籍発売!
BL
「サトシ!オレ、こないだ受けた乙女ゲームのイーサ役に受かったみたいなんだ!」  その言葉に、俺は絶句した。 落選続きの声優志望の俺、仲本聡志。 今回落とされたのは乙女ゲーム「セブンスナイト4」の国王「イーサ」役だった。 どうやら、受かったのはともに声優を目指していた幼馴染、山吹金弥“らしい”  また選ばれなかった。 俺はやけ酒による泥酔の末、足を滑らせて橋から川に落ちてしまう。 そして、目覚めると、そこはオーディションで落とされた乙女ゲームの世界だった。 しかし、この世界は俺の知っている「セブンスナイト4」とは少し違う。 イーサは「国王」ではなく、王位継承権を剥奪されかけた「引きこもり王子」で、長い間引きこもり生活をしているらしい。 部屋から一切出てこないイーサ王子は、その姿も声も謎のまま。  イーサ、お前はどんな声をしているんだ?  金弥、お前は本当にイーサ役に受かったのか? そんな中、一般兵士として雇われた俺に課せられた仕事は、出世街道から外れたイーサ王子の部屋守だった。

総受けなんか、なりたくない!!

はる
BL
ある日、王道学園に入学することになった柳瀬 晴人(主人公)。 イケメン達のホモ活を見守るべく、目立たないように専念するがー…? どきどき!ハラハラ!!王道学園のBLが 今ここに!!

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~

沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。 巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。 予想だにしない事態が起きてしまう 巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。 ”召喚された美青年リーマン”  ”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”  じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”? 名前のない脇役にも居場所はあるのか。 捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。 「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」 ーーーーーー・ーーーーーー 小説家になろう!でも更新中! 早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

目が覚めたらαのアイドルだった

アシタカ
BL
高校教師だった。 三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。 ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__ オメガバースの世界?! 俺がアイドル?! しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、 俺ら全員αだよな?! 「大好きだよ♡」 「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」 「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」 ____ (※以下の内容は本編に関係あったりなかったり) ____ ドラマCD化もされた今話題のBL漫画! 『トップアイドル目指してます!』 主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。 そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。 持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……? 「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」 憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実…… だけどたまに優しくて? 「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」 先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?! ____ 『続!トップアイドル目指してます!』 憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた! 言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな? なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?! 「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」 誰?!え?先輩のグループの元メンバー? いやいやいや変わり過ぎでしょ!! ーーーーーーーーーー 亀更新中、頑張ります。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

処理中です...