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1章
②
しおりを挟む「女性がよろしいかもしれませんが、存在している魔術師の多くは男性ばかりです」
マナの交換は魔術の素質があるものでなければならない。
ということは、伊坂は魔術師としての才能があるということになる。
魔術師の多くは男性で、女性の魔術師も少なからず存在はしているが異性と肌を重ねることでリスクが生じるらしい。高位になるほど女性の魔術師は純潔を守り、その力を保とうとする。
そのため、魔術師同士の結婚や子どもは少ないようだ。それぐらい魔術を使えることはこちらの世界では名誉なことらしい。
「普通は生命維持をする程度のマナしか持っていないんです。それにコントロールできなければ想定以上のマナを流し込んでしまってうっかり殺してしまうかも」
中毒症状を加速させる原因になる。
待て。あの男はそれを知っていて行為に至ったというならばもう殺人未遂を犯してしまっている。前科一犯だ。有罪だから即刻刑務所送りにされるべきサイコパスである。
「だったらさあ、アジュアとやるほうがずっといいんだけど」
治療と思えば耐えられる。相手があの男でないならば。極論誰でもいい。節操がないわけではなくて、唯一、伊坂という男が死ぬほど嫌なだけだった。
「できません」
「男同士でもこっちは珍しくないんだろ?」
「僕はその」
黙り込んでしまう。逡巡するように目が動く。
そうしているうちに、青年のなで肩からひょこっと小さな耳が突然飛び出した。
耳? 爪が白地の布に食い込む。「みゅ」と鳴き声がした。生き物だ。犬ではなくて、少し狐が混じったようなその生き物は尻尾が特徴的だった。尻尾の先に火がついている。アジュアの肩に乗り上げたそれは2本の尾をゆらゆらと揺らして、口から小さな火を吐いた。
「もしかして見えていますか?」
「え、それ?」
生き物に向かって指を差した。「そうですか。なるほど、なるほどですね」優を置いて一人で頷いている。
小さな生き物は気に入らなかったのか指先に食らいついてきた。びっくりしたが噛む力は思いのほか弱くて振り払うほどでもない。指からぶらっと垂れ下がっている生き物は手のひらサイズだ。
「ほら、やめなさい。……この子は精霊です」
「おおーめちゃくちゃ、っぽいアレだ」
アプリのゲームでもよく出てくる単語だった。
こういうのを見ると異世界感が増す。
「僕は精霊使いなのでマナを交換することができません」
いくつもの精霊たちと契約することで、その力を使うことができる存在だ。
見せてくれた魔術。あれは魔術ではなく、精霊たちが魔術を使っているように見せてくれたものだった。隠していたわけではなく視覚的に優が認識できなかったのである。
同時にいくつもの精霊たちと契約しているので異なるマナが体内で混ざり合っていた。相性のいいものもあれば悪いものもあり、常に変化し続けているせいでどんな影響を与えてしまうかわからない。
アジュアは両手の袖を捲った。両腕には枷――のようなものをつけていた。若干細身なのでブレスレットのようにも見える。契約した精霊たちが暴走しないように平常時はマナを押さえてくれるのだ。これをすることによってマナが最低限までに制限され、優に影響を与えず接することができている。
「不思議に思いませんでしたか? 僕以外の人間がいないことについて」
「別に、そんなものかなって思ってた」
噛んでいた指を離した精霊はアジュアに抱かれて嬉しそうに身を擦り寄せていた。
「あなたは自由ですね」
優しく人差し指が耳裏を撫でている。ぴくっと耳が反応を示す。
「マナへ過剰に反応してしまうあなたの世話は難しい。マナは当たり前のように存在しているものです。魔術師もそうじゃない者も関係なく、あなたは影響を受けてしまう」
着ている服も、座っているベッドも例外ではない。量の問題だ。
影響を与えてしまうものは可能なかぎり排除。常にマナを抑え込んでいるので世話をするにあたってアジュアは適任だった。
「この子とあなたは相性が良いみたいです。ですから、ずっとそばでマナの調整をしてくれていました」
精霊は力の化身。マナのそのものであるからこそ完全な制御をできる。
助けてくれたのか。アジュアと同じように撫でようと手を伸ばすが威嚇されて断念した。
「相性が悪そうだけど」
「疲れてるみたいです、もういいよ」
精霊の身体が燃え上がる。だが、アジュアの服や手は焼けていない。焦げ臭い匂いもなかった。燃え上がった尻尾から光が弾けて消えていく。そしてそのうち光が弾けて、精霊の姿は完全に消えてしまった。
「イサカ様は最初から認識されていたようですから……あのかたの影響を受けているのかも」
「ほかに助かる方法ない?」
「ないですねえ」
「少しは考えろって」
「うーん、可能といえば可能ですが……流石に精霊とのセックスは僕でも……」
「ぶっ飛んでますねえ。嫌だよ」
考えただけでもぞっとする話だ。
「諦めてイサカ様とセックスしてください。それで命は繋がるのですから悪い話ではないでしょう?」
結局そこに戻ってくる。命を取るか、尊厳を守るか。どっちにしても無傷では済まない。
扱いが丁寧のようでふと雑になる。不敬罪で訴えられたくないのであればもっと大事に扱うべきだ。
「セックス、セックス言ってるけどどんな意味か分かっていってる?」
「生殖行為が本来の意味です。生物として正しい行動ですよ?」
意味は間違っていないが解釈違いだ。
何が悪いと言わんばかりな相手は宇宙人だ。常識が違う相手に優の常識は通用しない。男同士では生殖できないと言いたかった。しかし、もしもできるという答えが返ってきてしまったら怖いので多くは口にしない。
「流血沙汰か」
現実に頭を抱えてしまう。
「大丈夫ですスグル様」
気遣うようなアジュアは手を取って握り締めてくる。痛い。
「僕がお手伝いをしますから」
真っすぐな瞳が優を追い詰めていく。
全然大丈夫じゃない。
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