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1章
この世界の役割について①
しおりを挟む神はまず世界を作った。
無から大地を創造し、神の御手から生まれたマナの水流により3つに分かたれる。
それぞれの神は自らの指を3本切り落とすことにより神徒を生み出した。
生きるものすべての祖となる存在。地の管理者である3人の神徒たち。
生まれたばかりで何も知らず、ただの人の形をした肉魂でしかない神徒たちのために神は贈りものをした。
贈りものは異世界より、神徒たちに感情を、欲求を、知識を、生きるうえで必要なものを授けるため招かれたのである。
「これが渡人についての始まりの物語です」
アジュアの声は柔らかで落ち着いている。穏やかという反面で大きく揺れることはなくて感情の起伏に乏しい部分があった。
だが、それがいい。ベッドの端に腰かけた状態で放心している優の耳には心地良く聞こえる。
こちらの世界にきて二日ほど経った。ほとんどの時間を寝て過ごしていたため朧気だ。最初のころよりも体調はずっと楽になっているが気だるさが抜けない。
症状を和らげるお茶以外、口にしていなかったが空腹感はなかった。
この世界の食べ物を口にすると中毒症状になるようだからむしろよかったのかもしれない。
食事の代わりに最初与えられたあの宝石のようなものを与えられている。無味無臭で、咀嚼せず飴玉のように舌で転がすだけなので食べた気はしない。
神政特区・オイム。
3つに分かれたうちの一国だ。特に神に対する信仰心がどの国よりも色濃く残っていた。2つの国を繋ぐよう中心に位置し、豊かな自然に囲まれている。歴史的建造物や資料を保管管理しているため魔術を学ぶ者にとっては聖地。中心部は学園都市としても名高く各国の魔術師が集まってくる場所。
「最初の人ってどうなった」
片腕を取られて濡れた布で吹かれている優は聞いた。
「すべての母となり、安息の地にて眠る」
冷たいわけではなく肌に触れる生地は仄かに温かい。
「…………この世界で死んだ?」
無言は肯定だ。
湯で満たされた器に布を沈めて絞る。「その後」滴り落ちて跳ねて揺らぐ水面。二人の姿も歪んでいた。「始まりの渡人がいなくなってしまったことで不和が生まれてしまい――とても長い争いが始まってしまうんです」水気を絞った布で身体を清められていく。
「文化、というものができる以前……家という概念も渡人によって教えられたものでした」
上はすべて脱いでしまっているので背中にも布が押し当てられる。
この世界について予備知識を分かりやすく教えながらアジュアは優しく看病してくれた。あれから伊坂の姿は見えない。
「新しい時代が訪れるたびに彼らの存在がある。もしくは、彼らが現れたことにより新しい時代が訪れたのか」
長く眠っていたせいか背中が痛む。関節も動かすとぎいっと軋むような音がした。
背筋を伸ばそうとしたがなかなか思うようにいかない。気遣うような仕草で手が丸くなっている背を摩ってくれる。「まあ、どちらにしても神のみぞ知るといったところです」近くで笑う声が響いた。
「最後の渡人が戻られてから、もう、ずっと」
顔を横に向けると間近にアジュアがいて小さく身じろぐ。まつ毛が白い。
「お待ちしておりました。とてもとても長いあいだずっと、ずっと」
左手を大事そうに持たれ、甲へ額を押しつけてアジュアは恋焦がれたような声音で言った。
祈るように瞼を閉じて数秒動かなくなる。
「お願いします、どうか××××」
聞き取れない。聞いたこともない言語で願い、請われた。
困る。
何を願われ、特別だと言われても優にできることなどはない。
逃げるように手を引いた。期待をされるとわずかに罪悪感が生まれる。勝手に期待されているだけだが向けられる覚えのない好意、善意は息苦しさに変わってしまうのだ。
「ごめん。オレは何をしていいのか、何ができるのかなんてわからないんだわ」
腕を上げる動作だけでも息切れしてしまう。無力さを感じている真っ最中だ。
不調な身体では部屋の外に出ることも難しい。このままじわじわと死んでしまうかもしれない、それならば帰る方法を探すほうが先決だった。
誰かを救えるほどの何かを自分が持っているとは考えられない。
「オレは元の世界に帰る方法が知りたい」
先ほど彼は『戻った』と口にした。元の世界へ戻ったという意味で捉えていいはずだ。
必ずしも渡人はこの世界で生きて、死んでいったわけではないのだろう。前例があるのならば、元の世界に戻ったであろう渡人のことを調べれば手がかりが見つかる可能性があった。
するすると白い指先から布が水面へ落ちていき沈む。
漫画やアニメであれば世界を冒険したり、救ったりすることもあるだろう。しかし、優からすればそういったものはゲームでプレイするだけで十分だった。ヒロイックな願望は持ち合わせはいない。
どう転ぶかわからない現状、自分の身を守る必要がある。
「ええ、それがスグル様のお望みになられることであれば」
保身に走ったと幻滅されてもいい。誰に何を言われようと優の意思決定には関わりのないことだ。
てっきり説得のような言葉が出ると思っていたから、アジュアの返答には虚を突かれてしまった。
「マジ?」
言っておきながら聞き返してしまう。
「僕たちは渡人をお守りするために存在しているのです。あなたがたの行動を制限したり、強制するような立場ではありませんから」
オイム内において神に最も近く、あらゆるものの上位存在として渡人は扱われるそうだ。
この国にいるうちは渡人に不敬を働くことは重い罪となってしまう。
「だったら、あの馬鹿をオレに近づけないでほしいわ」
感情変化が乏しくとも困ると眦が下がる。不器用な笑顔を口元に浮かべるものだからちぐはぐな印象を受けた。下手くそな笑い方がかえって面白い。
「あちらの世界に帰るためにもイサカ様とマナを交換することが一番の近道です」
「帰る前にメンタル的に殺されるやつだよそれ」
「体液の摂取でこんなにも回復されていらっしゃいます。それはご自身がよくお分かりですね?」
指摘された通り、あれから体調が良くなっているのも事実だ。「1回では完全に治せません。治せないはずですから本当はきちんとセッ」「それはもう嫌がらせを飛び越えて殺しにきてるやつ」すべてを言い切らせないうちに拒絶する。
しかし、現実問題として一定時間が経過してしまうと元通りになってしまう。また起きていられない状態に陥ってしまえば帰る手段を探す以前の問題だ。
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