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1章
②
しおりを挟むそう、あの日も最低なぐらい晴天だった。
「お目覚めになられましたか?」
天井だ。白い天井に妙な絵が金色で描かれている。教科書か何か載っていた象形文字に近い。
「聖域の影響を強く受けてしまったようで心配しました。あれは時には毒にもなりますからね。浴びすぎるのは良くない」
声がするほうへ視線を動かすが見えない。
意識ははっきりしている。それなのに身体は硬直し、指の先一つも動かせなかった。唇も痺れて上手く言葉を紡げない。身体は硬直しているが感覚は死んでいなかった。
混乱しながらも状況を得られる情報の範囲内で把握する。
ベッドに寝かされており、シーツが肌に擦れる感触がした。甘ったるい花の匂いはなくて、今度は薬品のような匂いが漂っている。自分の呼吸音がうるさかった。
「おはようございます」
影が顔にかかる。瞬きながら自分を覗き込んでくる青年をじっと見つめた。
日本人――とは違う、色素が薄く、透き通るような白い輪郭を持った人物は青い目を細めて笑んだ。
動けないため返事をできない。ただ、瞼を瞬かさせていたがそれも眼球が乾いてきて辛い。
「ああ、なるほど。まだ動けないんですね」
同意するように瞬く。
ふむ、と考え込んだあと青年はどこかへ行ってしまう。「困りました。これは困りました」歌うような口調は本当に困っているのか怪しいものだ。声と足音からするに遠くに行ったわけではないらしい。優の周りを行ったり来たりしているらしい。
その間、鼻歌を歌っている。なんだか緊張感がなくなる……どうあがいたところですぐに動けるようになるわけではないので無駄に考えるのはやめることにした。考えたってどうにもならないことはならないのだ。
現実逃避としてもう一度眠るのもいい。目が覚めたら戻っている、かもしれないので試してみるべきだ。
「ああ~寝てはいけません。それでは治療ができませんから、起きていてくださいね。そのまま寝てしまうと寝るように死んでしまいますからね。死んでしまいますよ?」
「!?」
軽い口調であるが言っていることは笑い事では済まない。
目が覚めた。死ぬと言われて寝ていられるわけがない。
戻ってきた青年は優の横に座った。そして宝石のようなものを手にしている。淡い紫のそれを何に使うのかと考えていたら口に含んだ。食べ物には見えない。青年は身を乗り出して、優へと近づいてくる。顔の横についた青年の手がベッドをぎいっと鳴らした。
「ぅ」
断りもなしに重ねられた唇。身体は浮かず拒否できない。ぞわりと肌が泡立つ。
半開きになっていた唇を押し開くのは青年の舌。中へと入ってくる。彼の唇から優へ舌を伝って石が押し入れられていく。苦しい。吐き出したい。しかし、勝手に入ってきた舌がそれを奥へと押していく。飴を転がすように勝手に口腔を動き回っている異物に不快感が駆け巡る。窒息しないよう時折唇が離れ、また潜り込んでは荒らしていった。作業的で情緒のようなものはない。青年は穏やかな表情をしたまま間近で優を見続けている。人形みたいに表情が動かない。舌から伝わってくる熱によって彼が人であるのは間違いなかった。
表情筋が生きていれば自分は死ぬほど嫌な顔をしていただろう。
不思議なことに口の中で主張していた固い存在が小さくなっていることに気がつく。
無味無臭。飴ではない、それは体温で溶けてしまっているのか液体となり優の中へ嚥下されていった。完全に形が無くなってしまうと唇を解放される。
たらっと口端から零れる唾液が顎を伝う。
「ぁ――――っはっあっ」
一気に空気を吸い込んだ。苦しかった。喉が心なしか熱い。
「びっくりしてますね。びっくりしましたか?」
外国人だとしても過剰なスキンシップに当たるのではないかと思う。距離感が迷子か。
「…び…っくりしないほうが、おか、しくない?」
声が出た。さっきまで動かなかったのにどうして?
優が驚いていると同時に青年は首を傾げる。
「身体の中に溜まっていたマナの毒素を浄化をしました。普通の治療ですが……貴方たちの世界ではしませんか?」
「……えー……なに、その新しい単語……俺たちの世界って……」
マナ。毒素、治療、貴方たちの世界と繰り出されたキーワードに頭を抱えた。手も動くようになっている。垂れている唾液を手の甲で拭った。
ベッドに腰かけている青年は優の頬を一撫でする。逃げようとするがベッドボードに阻まれてしまう。知りもしない相手にべたべたと触れられるのは気持ちが悪い。
嫌がる素振りをみせると動くなと言わんばかりに顎を掴まれ固定される。
「貴方たちは渡人(わたりびと)です。こことは異なる世界からいらした……神の贈りし者たち」
瞼を開かれて、左右上下に顔の向きを変えながら弄り回された。どうやら健康状態をチェックされているようである。彼は看護師、もしくは医者かもしれない。
「そして我々は渡人を歓迎する者たち。ここは神政特区・オイムの塔の中です」
歓迎されているわりには扱いが雑だ。
言っていることが何一つ理解できない。コスプレをした変質者――が候補の一つとして上がる。
困惑しているのが感じ取れたのだろう青年は困ったような顔をした。少しだけ人間らしさが生まれる。
「これは夢だろう」
そうであって欲しいという願望だった。「いいえ」無慈悲なほどにはっきりと切り捨てられる。
「紛れもない現実ですが受け入れがたいこともあるでしょう……そうですねえ」
きょろきょろと周りを見回した青年はサイドテーブルへ手を伸ばした。
彼の手に握られているのは刃物だ。「これで刺してみますか? 刺します? 痛みが一番現実を教えてくれますから」馬鹿なことを言うなと顔が引きつる。「ですよね。僕もこれはおすすめしないので安心しました」だったら最初から提案すべきではないだろう。爽やか好青年のような見た目をしているが頭のネジが数本抜けているのかもしれない。
にっこりと笑って刃物を置いた青年は立ち上がる。
「もう歩けるはずです。貴方と同じ渡人の――ええっと」
「あっ、伊坂はどこだ?」
「イサカ、様でしたね。発音が難しいです。別室にいらっしゃいます。ご案内しましょうか」
ベッドから床へ足をつける。着ている服が変わっていた。病院で入院患者が着るような服だ。裸足でいる。青年が靴を持ってきて優の前で跪き、履かせようとするので断った。
丁重な扱いをされる理由は彼のいう渡人という言葉が関係しているのだろうか?
普通ではない状況で得体のしれない人間といるより、旧知である死ぬほど嫌いな相手のほうが比較的マシだと言えよう。
「頼んでいい?」
勿論です、と青年は快く頷いてくれる。
部屋の大きな掃き出し窓から見える外は明るく、雲一つない青空が広がるばかりだ。
気分は気を失う前よりもずっと良くなっていた。
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