上 下
1 / 19
1章

目覚めた先にある光景①

しおりを挟む
 階段から落ちるなんて間抜けだ。
 普通に考えたら足を滑らせることはない。
 落ちたことには理由がある。
 簡単だ。人と言い合いになって揉み合ううちに足を踏み外した。
 これは殺人とも呼べるのではないだろうか? 死ぬほど嫌われている相手だったのでわざと突き落とされた可能性も否めない。殺されるほどなんで恨まれたか? 知らない。急に「男女のくせに気持ち悪い」と言って殴られた。これは自分が悪いのか、いや、待て、結構な理不尽だ。髪を伸ばしているだけで不名誉な称号と憎悪をぶつけられたのである。
 怒っていいはずだ。
 人生ってあっけない。
 落ちていく中で17年間を振り返ってみるが特段書き残す言葉もなかった。
 引っ張られて千切れた髪ゴムが宙を舞っているのが見える。
 奥には驚いたように見開かれた目があって、艶のある眼球の表面に映っているのは自分。突然のことすぎて何も理解していない顔をしている。
 ただ一言、口から零れたのは――ウケる、という馬鹿みたいな言葉だった。もっと他にあるだろう。本当にあっけない。
 そうこうしているうちに視界が真っ黒になった。
 こうして、佐藤優(さとうすぐる)の短い人生はあっけなく終わったのである。







 が、しかし、と物語が続くなんて想像もできなかったことだ。
 驚くことに優の人生は終わっていなかったのである。
 本人もびっくりの事態だ。状況が飲み込めないままで青空を見上げていた。
 痛みも衝撃もなくて視界に広がる青空に瞼を瞬かせる。「外?」風が髪を撫で、視界を遮った。手でよける。そこで初めて身体が動くことに気がついた。手を頬に充てる。温かい。生きている。「雨、だったよな」外は吹き付けるような雨で学校の廊下も結露し滑り易くなっていた。そのせいで足元が安定せず階段から落ちたのだ。
 晴天のはずもなければ、校舎にいたのだから外にいるはずもない。
 救急車で運ばれているにしても静寂に違和感を覚える。
 思考を逡巡させていたが、埒が明かないので優は起きることにした。

「いや、マジでここどこ?」

 白い花たちが身体を囲うように咲いていた。まるで棺の中に寝かされた死体になって気分だ。
 花が咲いている草原、のような場所に優が転がっていた。地面についた手元を見ると花を潰してしまっている。しまったと手を離すが花弁がはらはらと散った。
 ぐるりと見まわした視界には白い花ばかり。ほかには何もない。
 雲を遮るようにそびえ立つ高層ビルも学校も人も。自分の住んでいた場所は都会と言われる部類に属するものである。間違っても大自然のある田舎ではなかった。
 別世界だ。慣れ親しんだクソみたいな現実は消え去っていた。
 排気ガスの臭いもしない。花の甘ったるい匂いが鼻腔を擽る。
 身体に痛みもない。ただ、眠って起きたような感覚。夢、だとしたらどちらが夢なのだろう。

「はあ、頭が痛い……なんだよ、これ、夢?」

 立ち上がると足元がふらつく。花を踏み荒らしてしまうが特段思うところはない。
 甘ったるくて鬱陶しい匂いだ。「誰か、人は」頭がクラクラして瞼が重い。眠気と頭痛が酷くてまともに歩けなかった。
 休むにしても外では無理だ。仕方なく人がいるところまで歩こうと足を引きずる。
 しかし、何かに躓いて花の中に倒れた。鼻をぶつけて悶える。鼻血は出ていないが痛い。くそっと悪態吐いた。石でも落ちてたのか。
 痛む鼻を撫でながら顔を上げて、躓いた何かを確認するために振り返る。

「あ゛?」

 気分は急落。落ちていたのは石ではなくて人。
 そして、見たくもない顔がそこにあり優はしかめっ面を晒してしまう。死体だったらいいのに。不謹慎なことを思うほどに嫌いな相手だった。
 気を失う前にこの男と掴み合いになって階段から落ちたのである。原因はお前か。死ね。心の中で罵倒しながらも、生きているのかどうか確認するため足で軽く蹴ってみる。残念。少し身じろいだ。どうやら気絶しているだけらしいので男を「おい」再び強く蹴った。
 本当は捨て置いてもよかったのだがわけがわからない状況である。この場所に連れてきたのが男という可能性もあったので確認する必要があった。
 男の手がぴくりと動く。さっさと起きろと蹴り続ける。蹴る力に容赦はない。
 何かにつけて人を馬鹿にし、追いかけてきて罵詈雑言をぶつけてくるのだ。顔を合わせるたびに睨まれて、貶される身にもなってみろ。さっさと死ねと思わずにいられなくなる。
 極力関わらない方向でのらりくらりと躱してきたのになぜか、中学から高校まで同じで腐れ縁としか言いようがなかった。不愉快極まりない。

「……うっ……」
「さっさと起きろよ」

 背中に足を叩きつけた。
 痛みに呻いて男はようやく目を覚ます。起きたのであれば必要はなかったが優は無言で男を蹴りつけていた。「いてえな!」飛び起きた男はいつものように睨んでくる。死にそうにない。残念だ。いつもなら無視をして終わる場面であったがそういうわけにもいかない。

「ここどこだ」

 しかたなく口を開くと、相手は意外そうに眼を丸くした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ蠱毒

まいど
BL
王道学園の生徒会が全員ヤンデレ。四面楚歌ならぬ四面ヤンデレの今頼れるのは幼馴染しかいない!幼馴染は普通に見えるが…………?

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

俺のまったり生活はどこへ?

グランラババー
BL
   異世界に転生したリューイは、前世での死因を鑑みて、今世は若いうちだけ頑張って仕事をして、不労所得獲得を目指し、20代後半からはのんびり、まったり生活することにする。  しかし、次代の王となる第一王子に気に入られたり、伝説のドラゴンを倒したりと、今世も仕事からは逃れられそうにない。    さて、リューイは無事に不労所得獲得と、のんびり、まったり生活を実現できるのか? 「俺と第一王子との婚約なんて聞いてない!!」   BLではありますが、軽い恋愛要素があるぐらいで、R18には至りません。  以前は別の名前で投稿してたのですが、小説の内容がどうしても題名に沿わなくなってしまったため、題名を変更しました。    題名変更に伴い、小説の内容を少しずつ変更していきます。  小説の修正が終わりましたら、新章を投稿していきたいと思っています。

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~

沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。 巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。 予想だにしない事態が起きてしまう 巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。 ”召喚された美青年リーマン”  ”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”  じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”? 名前のない脇役にも居場所はあるのか。 捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。 「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」 ーーーーーー・ーーーーーー 小説家になろう!でも更新中! 早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

総受けなんか、なりたくない!!

はる
BL
ある日、王道学園に入学することになった柳瀬 晴人(主人公)。 イケメン達のホモ活を見守るべく、目立たないように専念するがー…? どきどき!ハラハラ!!王道学園のBLが 今ここに!!

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...