悲しき男の残した手紙

川嶋

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語り始めた過去

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さて、この手帳を開いたということは、君は世で出回っている『猟奇的殺人事件』を追った探偵かマスコミだろう。
家族は、この手帳を絶対に開かない。
断言しよう。

君が私の所へたどりつけたということは、きっと君は優秀な人だと思う。そして、とても、賢い人なのだと思う。

この手帳で語るのは、事件の概要ではない。殺す方法でもない。ただ、私がなぜこんなことをしたのかということだ。ただの言い訳を連ねるだけである。
「殺しをしたのに、言い訳を連ねて、反省の色もないのか。被害者になにか思わないのか。」
そう言われると思われる内容だ。
ただ、私の中で、反省とともにこの気持ちが溢れ出した。だから記しておく。自分を納得させるためにも。

これを読んで君は、上司や会社に報告するのだろう。
死人に口なしとは言うが、お願いだ、『できるだけ私を悪く伝えてくれ』。そうすれば少しは私も、安心ができる。

ここの内容に関しては、君に世間に公開するか否かを委ねる。家族に何を言われようと、君が決めてくれ。



では、話すとする。




私が生まれたのは1985年。誕生日はいらないだろう。
今の歳では、『結婚しないのですか?』と聞かれるような歳になった。子供がいてもおかしくない歳に。

生まれて親からよく言われたことは、「五体満足に産まれたのだから、ちゃんとした生き方をしろ。」
健康そのものの幼少期を育ってきた。公園で遊んでは、ひとりでに転び、泣き叫んで家に帰る。
友人と喧嘩しては、時間が経てばまた遊ぶ。
他の人と変わらない生き方をしていた。

小学校に上がり、勉強というもの触れる。
初めて『わかる』『理解した』『わからない』『どうすればいいのだろう』を感じる。
それが、今までになく楽しいものであった。
休み時間も帰宅後も、ずっと机に向かって本を読み、問いをして、答えを導く。
その頃にはもう、私と遊ぶ者など居なくなった。周りからは変な人と思われ、蔑まれ、妬まれ、、、。
問題集が水に付けられることも、筆箱が泥まみれになることも、足に無数の画鋲が刺さることもしばしばあった。

それでも、自分に対し問い続ける。
これがその頃からの生きる楽しみ。
いや、生きる理由になっていった。

こんな小学生を過ごすと、中学高校ではトップの成績を取る。数字で判別される人間の評価。それがとてつもなく嬉しく。ただただ、その数字を良くするために机に向かった。
両親は、帰ってきた試験問題を見て喜んでいた。

しかし、高校を卒業するころ、私は浪人する。
狙った大学が高すぎたのだ、身丈に合わない。
それでも私は、『やり続ければ解ける問題しか知らない』状態である。
バイトをしながら、その大学を目指し続けていた。

ここで、両親が一変する。
机に向かう私を背後から忍び寄り、後頭部めがけて空になったビール瓶をふり殴る。
私の食が、鍋や釜に残った物のみになる。
私が寝ている間に首を絞める。
そのようなことが起こり始めた。
高校を卒業している私は、バイトをして実家に住んでいた。月10万を家に入れ、ひたすら勉強をしていた。
ただ、親は、その私を応援できる状態にはなかったのだ。

周囲から
『あんなに賢いのに浪人なんて。』
『お金が無いから入れなかったんじゃないのか。』
『子が賢くて、親が馬鹿は、ほんとに子が可哀想。』

そう始まったのだ。

私はただ親を尊敬して、感謝して、生活をしていた。
だが、親からすれば、苦しむ理由の大きなお荷物になった。病院から言われたのは、『両親は重度の鬱』その言葉だ。

鬱を治すため、親は入院した。当分出てこれないだろう。
そして、私の大学進学の夢もなくなった。
貯金は入院費で尽きる。なんなら足りない。
私は、ハローワークで職を探し、何とか事務の仕事を手に入れた。与えられた物を脳を使わずに片付ける。期限以内に終わらし、新たなタスクに取り掛かる。

私の生きる理由の『考える』ことは出来るはずのない生き方になった。

残業し、帰ればもう寝なければならない。
起きれば直ぐに出勤だ。自由の時間はない。

それでも仕事をしたらした分だけ、お金が入る。生きる時間を売った分のお金が入る。
そのお金をただ、生きてもらうために、入院費と変わる。

この頃からだ。自慰行為をし始めたのは。
この頃の子はもう高校でするのだろうが、私は、ただ机に向かうばかりでそんなことを考えない。

1人仕事から帰り、ベッドに横になり、自慰行為をする。快感に溺れ、気がつけば体液が漏れだしていた。

その時ふと思ったのだ。
『どんな味がするのだろう。』

普通は自分から出たものは、汚いやら気持ち悪いやら、味など気にしないのであろう。拭き取り捨てるだけだ。
だが、私の中では、生きている中で起こる全てに『問い』が生じる。

気になった私は、指ですくって口に運んでみた。舌に乗せてじっくり味わう。
苦い、酸っぱい、ネバネバする。
これが問の答えだった。
そして、私はまた新たな問が生まれる。
『こんな味がするという事は、他の部分も味がするのか、、、?』

思考停止をして生きてきた私だ。仕事しかできていない私に、子供の頃の『問い続ける』ことが生き甲斐の私に、新たに問いが生まれてしまった。

これが全ての元凶だ。
ただ、私の意志が弱いだけの。

そこから私は色々なものに手を出す。人間からの排泄物も全て。他人には気持ち悪いと思われるもの全てを味わった。

時期に腕にカッターを当て切り刻む。深くまで切ると多くの血が流れた。
色々なものを食べた中で1番美味しいと感じるもの。
それが血液だった。
鉄のようななんとも言えない風味と苦味とほんのりと響く痛み。
全ての感覚において、私はこれが一番好きだった。
仕事から帰ると、食事の前にこれをする。寝る前もする。朝起きてからもしていた。
夏も冬も変わらず長袖を着れば周りにバレない。
これが私の日課になった。

時が過ぎ未だに腕の傷は増え続けている時、親が入院から帰ってきた。
そして、家に着いて、私が「おかえり。」と言ったあと直ぐに言われた。

『この家から出ていって。
私に一生顔を見せないで。』

未だに親は苦しんでいた。
気がついた時には、1人家を借り、そこでの生活が始まっている。悲しきながらも人間は適応力の塊だ。すぐに慣れていく。

そして、その頃から、ネットというものにハマり始めた。ネットは不思議なもので、普通なら途方も無い距離なのに、瞬時に遠くの人と会話できる。
色々な人と色々な話をしていく中で一人の女性と恋をした。

幸い家は近く会ってデートし夜を過ごして帰宅する。
この女性と会うのが楽しみになっていた。
しかしながら私の日課はまだ終わりを告げない。
そして、私は、壊れ始めていった。

『人間の体はどんな味なのだろう。』

女性に触れる感覚が手に残る。ふわふわしていて暖かく優しい肌。この人の腕は、胸は、腹は、足は、どんな味がするのだろう。

気になって夜も眠れない。
ただまだそこでは理性がある。人を殺してはいけない。
食べてはいけない。

でも、私の心はいつの間にか壊れていた。
いつの間にかは語弊だな。
あの時、きっと、『この家から出ていけ。』と言われた時に壊れたのだ。
尊敬し信頼し愛し感謝して、生きて欲しくて夢を捨て、つまらない仕事を初めて、入院費を払ったのにも関わらず、あっさり切れてしまう縁。

愛が足りなかった。

次の日その女性と会う。
いつもとは違う人気のない広い公園。
カバンには大きなビニール袋を入れて、手袋も入れた。着替えも用意し、ナイフをスーパーで買った。

公園のベンチで2人で座りイチャついた。キスをした。
でも頭の中は、どんな味がするのだろうその考えしか浮かばない。

もう一度キスをする振りをして目を閉じてもらった。
手に握る鋭いナイフの感触は今でも覚えている。
目を手で抑え思いっきり心臓へ刺し込んだ。
女性は悲痛の顔をして、瞬時に息が途絶えた。

急いで腹を抉った。袋に入れる。
服と靴を近くで寝ている酔っぱらいの横に置き、手袋を外す。
酔っぱらいの服と靴を着て家に帰った。
袋から取り出す彼女の腹。
ホットプレートに乗せて焼いて食べた。
少しだけそのまま食べた。
今までに食べたことの無いほどの美味しさだった。
人間はこれほどまで美味しいのか。
脳裏に彼女の微笑みと触れ合っている記憶が浮かぶ。

そして、私は言わずもがな、『男性なら』『老人なら』『ペットなら』『足なら』『腕なら』と出てくる。

そして同じような手口でネットを使い、近づいては殺し、家に帰っては、焼いて楽しんだ。

ほぼ全ての部位を食べた。
あと残すは脳みそだけだった。

親を食べよう。そう脳裏に浮かぶ。
一番愛し、一番憎む人はどんな味がするのだろう。
そう思い始めた。

その時思い出した親の言葉。
『五体満足に生まれた。』
どうやら違かったのだ。見た目では五体満足。ただ、人間の一番大切な六個目、『心』が壊れて生まれてしまっていた。

心さえ、私の理性で抑えられれば良かったものの、私には難しかった。

そして私はいつものように、バッグの中に手袋とナイフと服と袋を入れる。
淡々と進む準備。部屋に飾ってある時計の針がやけに耳に響いた。呼吸が荒くなる。
気がつけば私は床に四つん這いになって泣いていた。
親は殺せない。縁を切ったとは言え、一番長く一緒にいて、一番愛した人を殺せない。

それでも心に住む悪魔が囁く。
気にならないのかい?脳みその味を。
殺したくないのかい?苦しみを産んだ元凶を。

ただ、ただ私はその言葉と、なんとも分からない涙と戦っていた。

ここで治ってしまったのだ。
壊れた心が。
愛というもので。
自分から出たもの愛というもので、治ってしまったのだ。

私は、殺すのを諦めた。
心に住む悪魔を倒す。
まだ囁き続ける悪魔を倒す。

今これを書きながらバッグに入っていたナイフを取り出して握っている。

私の死体は多分、心臓にナイフが刺さって発見されるだろう。

今まで私のために死んでしまった人達に、感謝とお詫びを。
そして、私を産んでくれた親に愛を。
ありがとう。



読んでくれた君。
長くなってしまって申し訳なかった。
終わりはあっさりと終わらせたい。
だって、『問いに答えが出たあとは、丸が付くだけ』だろう。君も学生の時に体験したはずだ。

でも、これだけは、おぼえていてほしい。

『答えを追い続けるな。』

自分を苦しめる問からは、逃げてくれ。
考える前に、ただ、ひたすら逃げてくれ。





では、これでおわるとしよう。
ここまで付き合ってくれてありがとう。
君が君らしく道を外れない生き方ができることを願っている。
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