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十三話
2
しおりを挟む声を上げ、地団駄を踏むように地面を蹴って、頭を掻きむしる。まるで子供みたいな素振りを見せていたのは、日比野さんだった。僕は唖然とする。いつもぬるいそよ風のような彼の、初めて見る激情だった。
一方でほとんど動きもしなかった篠崎先生は、花壇に飛んでいった傘を取り上げるともう一度ふたりの頭上にそれを差す。しかしすぐに篠崎先生は傘を持ったまま一歩後ろへ下がった。日比野さんが突き飛ばしたようにも見えた。
「……」
僕はいつの間にか額をほとんど窓にくっ付けていた。手元のコードを引っ張ると左耳からイヤホンが外れ、聞こえる雨の音が倍になる。
雨に打たれた日比野さんが右腕を伸ばしたのは一瞬だった。日比野さんのすぐそばには紫陽花が咲いていて、彼はその花を掴み取り、篠崎先生の方へ投げ捨てる。
灰色ばかりの視界の中で、青い紫陽花は嫌味なほどに鮮やかだった。
やがて日比野さんは早足で姿を消し、黒い傘もそれを追いかけるように去っていく。誰もいなくなった校舎裏には、散らばった紫陽花だけがまるでゴミのように残されていた。
また、チャイムが鳴る。部活が終わる時間だ。
その余韻が残っているうちに美術室のドアが開く音がした。篠崎先生が来たのかと思ってどきりとした僕の耳に届いたのは、別の人物の声だった。
「凪?」
僕を呼んだのは彰都だった。彰都は僕が放課後に美術準備室を使っていることを知っているけれど、何故か一度も中へ入ってきたことはない。
「今行く」
視線を外に向けたまま声を上げ、さっき見た光景を覆い隠すようにカーテンを閉めて準備室を出る。
「……お待たせ」
「待ってない」
「うん。帰ろ」
廊下を歩きだした僕を、すぐ後ろから彰都が再び名前を呼んで止めたので、振り返る。彰都は美術室の入り口から動いていなかった。
「何?」
「なんかあった?」
「……なんで?」
「なんとなく」
いつも通りに僕の目を真っ直ぐ見つめる彰都の瞳は、ときどき怖い。僕が口にしないことや、したくないことが、全部ばれてしまうような気がする。そしてそれを恐れてしまうのは、たぶん僕に後ろめたいことがありすぎるからだ。
「なんでもない」
そうか、と答えて微笑んだ彰都から僕は目を逸らした。
それから僕と彰都はいつも通りに帰路につく。いつもの道を歩いて、いつもの電車に乗った。
「明日、空いてるか?」
彰都が僕にそう訊いたのは一つ目の駅を電車が出発してすぐのことだった。
「明日? 空いてるけど」
「ちょっと出かけないか。凪、毎日受験勉強頑張ってるから、たまには息抜きってことでどうだ」
「……」
部活もして、店の手伝いもして、頑張っているのは彰都の方じゃないのか。僕はそんな思いを心の中に留めたまま、彰都の誘いに頷いた。
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