白に憧れても

夏木ほたる

文字の大きさ
上 下
66 / 122
十三話

2

しおりを挟む
 
 声を上げ、地団駄を踏むように地面を蹴って、頭を掻きむしる。まるで子供みたいな素振りを見せていたのは、日比野さんだった。僕は唖然とする。いつもぬるいそよ風のような彼の、初めて見る激情だった。

 一方でほとんど動きもしなかった篠崎先生は、花壇に飛んでいった傘を取り上げるともう一度ふたりの頭上にそれを差す。しかしすぐに篠崎先生は傘を持ったまま一歩後ろへ下がった。日比野さんが突き飛ばしたようにも見えた。

「……」

 僕はいつの間にか額をほとんど窓にくっ付けていた。手元のコードを引っ張ると左耳からイヤホンが外れ、聞こえる雨の音が倍になる。

 雨に打たれた日比野さんが右腕を伸ばしたのは一瞬だった。日比野さんのすぐそばには紫陽花が咲いていて、彼はその花を掴み取り、篠崎先生の方へ投げ捨てる。

 灰色ばかりの視界の中で、青い紫陽花は嫌味なほどに鮮やかだった。

 やがて日比野さんは早足で姿を消し、黒い傘もそれを追いかけるように去っていく。誰もいなくなった校舎裏には、散らばった紫陽花だけがまるでゴミのように残されていた。

 また、チャイムが鳴る。部活が終わる時間だ。
 その余韻が残っているうちに美術室のドアが開く音がした。篠崎先生が来たのかと思ってどきりとした僕の耳に届いたのは、別の人物の声だった。

「凪?」

 僕を呼んだのは彰都だった。彰都は僕が放課後に美術準備室を使っていることを知っているけれど、何故か一度も中へ入ってきたことはない。

「今行く」

 視線を外に向けたまま声を上げ、さっき見た光景を覆い隠すようにカーテンを閉めて準備室を出る。

「……お待たせ」
「待ってない」

「うん。帰ろ」

 廊下を歩きだした僕を、すぐ後ろから彰都が再び名前を呼んで止めたので、振り返る。彰都は美術室の入り口から動いていなかった。

「何?」
「なんかあった?」

「……なんで?」
「なんとなく」

 いつも通りに僕の目を真っ直ぐ見つめる彰都の瞳は、ときどき怖い。僕が口にしないことや、したくないことが、全部ばれてしまうような気がする。そしてそれを恐れてしまうのは、たぶん僕に後ろめたいことがありすぎるからだ。

「なんでもない」

 そうか、と答えて微笑んだ彰都から僕は目を逸らした。
 それから僕と彰都はいつも通りに帰路につく。いつもの道を歩いて、いつもの電車に乗った。

「明日、空いてるか?」

 彰都が僕にそう訊いたのは一つ目の駅を電車が出発してすぐのことだった。

「明日? 空いてるけど」
「ちょっと出かけないか。凪、毎日受験勉強頑張ってるから、たまには息抜きってことでどうだ」

「……」

 部活もして、店の手伝いもして、頑張っているのは彰都の方じゃないのか。僕はそんな思いを心の中に留めたまま、彰都の誘いに頷いた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

学祭で女装してたら一目惚れされた。

ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…

目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件

水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。 そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。 この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…? ※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

たとえ性別が変わっても

てと
BL
ある日。親友の性別が変わって──。 ※TS要素を含むBL作品です。

処理中です...