白に憧れても

十二話

4

　
　ぽつり、ぽつり、と話す卓の言葉には隙間が多かったけれど、布団の中にふわふわと漂う声はほとんど独り言のような感じがして、僕は黙って聞いていた。

「なんとなく解る気がするんだ、母さんの気持ち。……時々、頑張って進めたゲームのデータを全部消したくなるときがあるんだけど、たぶん、そういう感じ。だってさ、好きな人と結婚できて、その人との子供が出来て、幸せなストーリーだと思ったのにさ、突然、自分の旦那が自分の息子の身体弄ってるなんてさ、……そんなのクソゲーだよね。リセットしたくなるのも当然だよ。でも現実はゲームみたいに簡単じゃないからさ、ボタン一つでリセットとかは出来ないもんね。それでも母さんはやり直しをしたかったから、頑張ったんだと思う。まずはお父さんと別れて、家族をやめた。おれと二度と会わないことを約束させて、家から追い出した。それから新しい恋人を作って、結婚して、子供つくって、もうすぐ新しい家族が出来る。あとは、おれとバイバイするだけ」

　僕の胸のあたりを見ながら喋っていた卓が、こっちへ顔を上げる。

「へへ、なんで凪が泣いちゃうの」

「……泣いてない」
「嘘だー」

　卓はいつもと変わらずへらへらと微笑んでいた。どうしてだ、と思う。

「卓は、怒ってないの？」
「……母さんに？」

「そう」
「うん」

「なんで？」
「んー、なんでだろ」

　どうして腹が立たないんだろう。

「……自分が作ったくせに子供を捨てるなんて、無責任だ。……勝手だよ」

　卓が「そうだね」と言う。ほとんど僕を宥めるような口調だった。

「おれ、小さい頃はお父さんと結婚できるって思ってたんだ。本気で、だよ？　でも出来なかった。母さんもたぶん本気なんだと思う。しかも、あとはおれから離れるだけでそれが実現するんだ。……だから進級することにした。三年になって、卒業して、おれもこの家出るんだ」

　卓と出会ってすぐの頃、留年した理由を訊いたことがある。卒業するのが嫌だ、と卓は答えた。大人になるよりも高校生でいる方が楽しそうでしょ、と。そうかもしれない、と僕は返したし、実際そんな風に考えてもいた。高校生活が楽しいと感じていたわけではないけれど、大人にはなりたくなかった。

　僕は卓に対して一方的に親近感を覚えていたのかもしれない。いや、それはたぶん聞こえのいい言い方で、実際は、自分が将来に向き合うことから逃げるのを、卓を使って肯定しようとしていた。卓が立ち止まっているのを見ながら、僕は安心していたかったんだ。