61 / 122
十二話
2
しおりを挟むゲームを一人でやる気になんてならないし、なんとなくテレビをつける。卓が観ていたらしい映画は、洋画だった。僕は映画をあまり観ないほうだし、洋画となれば観たことがないと言っても大袈裟にはならないほどだ。
しかし、再生した映画の冒頭にはうっすらと見覚えがあった。ただのデジャヴかと思ったけれど、違った。確か一年くらい前に同じものをこの部屋で卓が流したのだ。ただあの時は、ろくに観ないうちに僕が卓をベッドに引っ張り上げてしまったような気がする。記憶では卓はこれを恋愛映画だと言っていたけれど、観始めてしばらく、映画はそんな雰囲気ではなかった。
大まかなストーリーは、卓がいつもやっているゲームによく似ていた。
人間がゾンビになってしまう謎のウイルスが世界に蔓延して――というような。途中、ヒロインらしき女性がゾンビに襲われそうになったところを主人公が助け出し、手を握って逃げるシーンに差し掛かる。でも、僕はどうも映画を観るのが不得意らしい。ハラハラする場面だということを感じながらも、這い寄ってくる眠気には勝てなかった。
何かが爆発するような音と同時に目を開けた感覚があった。ずっと目を閉じていたのか、ただ瞬きをしただけなのかもわからないまま辺りを見渡す。夜で、とにかくうるさかった。
ビルが立ち並ぶ大きな通りの、交差点のど真ん中に立っているらしい。また、どこかで爆発音。目につくだけでも何ヶ所かで煙が上がっていた。
「凪!」
名前を呼ばれ、手を引かれる。声に顔を向けると彰都がいて、なにか必死な顔で僕を引っ張っていた。返事もしないで走る。周りには悲鳴みたいな声がして、背後からは呻き声がした。ゾンビから逃げている、という状況には疑問も違和感もなかった。
僕は彰都に引かれるままに走り続ける。しばらくは大通りをずっと真っ直ぐ進んで、それから突然、左に折れた。そこは人がすれ違えないくらいに細い路地だった。足元にはゴミが散乱していてとても歩きづらかったけれど、絶えず引っ張られているせいで足を進めるしかない。せめて転ばないように足元に目を凝らしながら路地裏を進んでいく。
「やば……」
前方からそんな声。僕の前には手を引いていた彰都しかいないはずだった。顔を上げる。
目の前にいて僕を引っ張っているのは、卓になっていた。
「凪、どうしよ」
卓の焦った声の先を追って前方を見る。路地は行き止まりだった。突き当たりで足を止めるのと同時に後ろから嫌な呻き声がいくつもした。振り返ると、狭い路地を埋めるようにゾンビが何匹も僕らの方へ迫ってきている。
「凪!」
叫ぶような卓の声に、反射的に「なんだよ!」と僕も叫んだ。
「撃って!」
その言葉に戸惑うのと同時に、突然、手元に何かの重さを感じて目を落とす。
いつの間にか、右手に拳銃を持っていた。
卓がやった方がいい。そう言おうとしたときには、拳銃を握りしめる僕の右手を卓がさらに掴んでいて、銃口はゾンビの集団へ向いていた。引き金には僕の指が触れている。
「撃つんだよ凪!」
叫ぶ卓の声を最後まで聞き終わる前に僕は引き金を引いていた。卓の部屋で聞いたことのある銃声が路地に響き渡る。二発目からは躊躇いがなかった。次々と引き金を引く。ゾンビの呻き声は確かに聞こえた。僕が撃つのに合わせるような喚き声がいくつもいくつも。
だけど次第に、音は意識から遠ざかるようにぼやけ始める。爆発音も、銃声も、悲鳴も、呻き声も、全部がぼやけて混ざり合っていく。
しかしその一方で、銃を握った手のひらの感触だけがやけに鮮明だった。弾を撃つたびに伝わってくる振動を知っていた。卓にやらされたゲームのコントローラーの振動にほとんど似ている、けれど、それとは別のなにか。もっと、弱々しいなにか。
卓が喘いだときの喉の振動だ。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
My heart in your hand.
津秋
BL
冷静で公平と評される風紀委員長の三年生と、排他的で顔も性格もキツめな一年生がゆっくり距離を縮めて、お互いが特別な人になっていく話。自サイトからの転載です。
学祭で女装してたら一目惚れされた。
ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…
目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件
水野七緒
BL
一見チャラそうだけど、根はマジメな男子高校生・星井夏樹。
そんな彼が、ある日、現代とよく似た「別の世界(パラレルワールド)」の夏樹と入れ替わることに。
この世界の夏樹は、浮気性な上に「妹の彼氏」とお付き合いしているようで…?
※終わり方が2種類あります。9話目から分岐します。※続編「目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件」連載中です(2022.8.14)
風紀“副”委員長はギリギリモブです
柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。
俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。
そう、“副”だ。あくまでも“副”。
だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに!
BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる