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三話
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しおりを挟むところが、歩き始めて少し進んだあたりから僕は後悔することになった。
いつもは花火が終わるまで同じ場所で立ち止まっているからわからなかったけれど、打ち上げの最中の人混みはとても歩きづらかった。人が多いのは言うまでもないけれど、その上みんな歩きながらも空を気にしているせいで、人の波は全体がふらふらと不安定だった。
やがて横に並ぶのが難しくなって、僕は彰都に手を引かれる形になる。そうやって何分歩いていただろうか。ようやく人の流れがいくらかマシになった場所まで出られた。
「あっつ……こっちはこんな感じなんだ」
首元にじっとりと汗が滲む感触に、僕は浴衣の掛け衿を掴んでぱたぱたと動かす。
「俺も人は多いだろうとは思ったが、ここまでだとは思わなかった」
「でもまあ、なんか……」
「祭りって感じだな」
言葉を半分取られ、どちらからもなく笑い合った。
打ち上げ場所の埠頭に近い道路は車の通行を封鎖してあって、花火の鑑賞スペースとして歩行者に開放されていた。立ち見の人だかりに混ざって、僕たちは立ち止まる。しばらくは休憩も兼ねて立ち止まったまま黙って花火を見上げていた。
空には色とりどりの花火が次々と打ち上がっていく。少しユニークな形や、大きめのものが上がると、辺りには歓声が広がった。
夏の夜風に乗って、屋台の匂いや火薬の匂いが漂っている。写真を撮る学生の集団や、レジャーシートを広げる家族、浴衣を着て寄り添うカップル、どの人たちも一様に空を見上げている。花火が上がって、空を彩って、消えていく。
僕は、本当に綺麗なものは形に残らないものだけだと、考えている。
そんな時、ふと、彰都が僕の腰に手を当てた。僕は驚いて反射的に隣へ視線を移すのと同時に、彰都の手を払っていた。
「……何?」
「悪い。でも凪、帯が」
言われて自分の帯を触ると、わずかだけれど緩んだ感じがする。思えば、帯の締め付けも家を出たときより楽になっているような気がした。
彰都は辺りを見回して、僕に視線を戻す。
「直すか」
「直すって」
「確かそこの公民館の手洗いが開放されてるはずだ」
どうしようか迷った。
「家までもたないほどでもないと思うけど」
「帰り道も人がすごいんだぞ。全部解けたら、大変だ」
それは確かに大変だと思う。
「わかった」
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