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第零章 天女の始まり

34 陰陽師(2)

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「なっ!――いけません!!徳様!」







 真田屋敷の台所で千代の叫び声が響いた。


「え、な、なんで…?」
「なんでも糞もありません!」
「千代、口が悪くなったよね。」
「徳様は敦賀城つるがじょうの姫なのですよ!そのような方が勝手場で調理をなさるなんて…!」
「え、でも、姫さん、敦賀城つるがじょうでも料理してたんでしょ?料理が趣味とか言ってなかった?」



ギクッ



 ここにきて遂に徳の嘘にぼろが出てきた。

「な、なに言ってるのー千代ー!敦賀城つるがじょうでもよく料理してたじゃないー!」
「ふ!ふがふがっ!」
 徳は千代がこれ以上何か言わないように千代の口をふさぎながらごまかすが、佐助の視線は痛い。

「と、とりあえず、私が朝食係だったのに、今日は作ってなかったので、お夕飯は私が作りますね。」
「ふー!ふがふがー!」
「…別におれ作ってもいいけど。」
「いえ!私が作ります!」
「ぷはっ!徳様!でしたら私が作ります!」
 徳の手から逃れた千代が叫ぶ。その横できらきらと目を輝かせた二郎坊が徳を見上げた。
「おれ!徳のご飯食べてみたい!」
「俺も姫様の飯くってみてーな。」
「お前は黙れ!バカ蔵!」
「んだと、このちびっ!」
「はぁ。もー、こんなこんなとこで喧嘩しないでよ、暑苦しい。じゃぁ、夕餉は千代と姫さん作ってくれる?」
「はい!喜んで!」
「…姫様が言うセリフじゃねぇな。」
 才蔵がまともな発言をした。


















「…で、なんでまだお前はいるんだ?」




 日が沈みかけたころ、信繁は外出先から戻ってきた。
「良いじゃねぇか。細けぇことはよ。」
「……。」

 信繁がすさまじい圧で睨むも才蔵は歯牙にもかけずへらへらとしている。ある意味、強者である。


「それで、主様どうでした?陰陽師についても調べてきたんでしょ?どうせ。」
 夕餉を運びながら佐助が信繁に尋ねる。
「……秀吉様が陰陽師を弾圧したことで最近は活動がめっきり減ったからあまり詳しいことは聞き出せなかった。…だが、分かったことはある。」
「…え、弾圧、ですか?」
「あぁ…、大谷の姫は知らなかったか?…秀吉様は祈祷や呪術を嫌っていてな。まぁ、そのほかにも様々な要素が重なったのだが、宮廷陰陽師という職は実質なくなったのだ…。―――それで今、民の間で民間陰陽師を生業としているものが増えてきているそうなのだが、…その頂点に居る者の名が阿部吉明あべのよしあきらと言うそうだ。」

 横に座っていた二郎坊が徳の着物の袖をぎゅっと掴む。
 夕餉が並んだ居間に不穏な空気が流れる。夏の夕独特の涼しい風が空気を和らげるようにそよ吹いた。

「ささ!この話は一旦止めにして、夕餉にしましょうか!」
「いや、お前ぇが出した話題だろうが…。」
「お前は招かれてないのだ。口を動かさず、手を動かせバカ蔵。」
「うるせぇ餓鬼だな、本当にこいつは…。」




 空気を変えるように各々箸や茶などを用意し、夕餉の準備が整った。皆の前には魚の煮つけ、玄米に味噌汁と浅漬けが並んでいる。
「今日の夕餉はなんと!千代と姫さんが作りましたよー!」
 じゃじゃーん!と効果音が付きそうなテンションで紹介する佐助。それをよそ眼に徳は頭を垂れた。

「すいません。今朝は朝食を作れず…。」
「いや、気にするな。俺は適当に済ますから。」
「…なんか、俺の知ってる姫やら武将やらとあんたら違い過ぎんだけど…。」
「「徳様(主様)をそんじゃそこらの姫(武将)やつと一緒にするな。」」
「……おめぇらやっぱ兄妹だわ。」

















◇◇◇
「とくー!見てみて!どうこれ?」

 翌朝はしっかり起きれた徳は、朝食の準備に勤しんでいるが、今日は普段よりにぎやかだ。昨夜から二郎坊は徳と同じ寝床で休み、朝も徳と同じ時間に起床した。徳と二郎坊が朝食づくりに台所へ移動すると、すでに千代と佐助がスタンバイしており、台所には計4人。

「うん。上手。ありがとう二郎ちゃん。」
「へへ!」
 味噌汁に入れるねぎを切り終えた二郎坊は徳に褒められて嬉しそうに鼻を触る。

「本、当に!徳様は味噌汁だけでよろしいので!あとは私が作りますゆえ!」
「えー…。私もお世話になってるわけだから、私も他に何か…。」
「いえ!むしろ、味噌汁を作っていただいているだけでも、申し訳ないのに…!」
「姫さん、ここは折れてあげて。千代が泣きそうになってる。」
「え、」

「徳様にこのような雑用をさせてしまっているとは…」「しかし、徳様の手料理をいただけるという幸せ…」「いや、私の馬鹿者!徳様の高貴な御手を家事炊事で煩わせるなんてもってのほか…。」

 千代を見ると料理をする手は止まっていないが、眉間にしわを寄せ何やらぶつぶつと唱えている。
「じゃ、じゃあ、私味噌汁作るねー…。」
「はい!洗い物も置いていてくだされ!」
「うん…。ありがとう。」
 徳はそっと千代から視線を逸らした。




「徳!俺シロと遊んでてもいい?」
 徳が意識を切り替え、味噌汁の最後の仕上げをしていると、二郎坊の元気な声が響いた。
「はーい。屋敷からは出ちゃだめだよー。」
「分かったー!」
 そう叫ぶと勝手口から庭に出てシロを撫でまわしだした二郎坊。楽し気な声が台所に響く。

「……俺さ、初めて妖と関わるんだけど、こうして見ると本当に人間と変わりなく見えるね。」
「………私は妖が常に傍に居る日常に慣れていたので、言えることなのかもしれませんが…、もっと、人と妖が理解し合って、仲良くなってほしいなって思うんです…。」
「うーん…。難しいと思うよー。やっぱり、今までの関りがそうだったから、妖に対しての恐怖心が根付いているっていうかねー…。」
「佐助さんもまだ妖が怖いですか?」
「んー…、二郎坊は怖いとは思わないけど、…やっぱ知らない妖とかにはまず警戒心向けるかもねー。」
「…そうです、よね…。でも、それって人間に対してでも同じじゃないんですか?」
 徳が佐助に疑問を投げつけると、佐助はきょとんとした表情で徳を見つめた。

「あはっ。あー、確かにそうかもねー。」
 そう言うとくくくっと笑い、遂には笑いが止まらない様子の佐助。
「え…、なに?何でそんなに笑ってるんですか?」
「いやー。なんか面白くって。くくっ。」
「…徳様、放っておいてくだされ。朝餉が出来ました故、ほら!佐助兄さま!運びましょう。」
 未だにくくくっと口元をこぶしで隠して笑っている佐助の背中を押しながら、千代が朝食の支度を促す。
 佐助の行動原理が謎過ぎるが、今に始まったことではないかと思いなおし、徳は庭にいる二郎坊に声をかけ二郎坊と共に台所を後にした。





















 ――真田屋敷の上空に、人型のような、鳥型のような、手のひらサイズの紙がひらひらと浮遊している。
 風に乗っている様子とも異なり、生き物のような動きをするその紙は、屋敷に近づいた瞬間電流が走ったようにビリっと光り、その場で地に落ちた…――



 寝巻の小袖から袴へと着替えていた信繁は、閉ざされている襖障子から意識を屋敷外へ集中する。
「…案外早いな…。」
 自室で独り言ち、そろそろ呼びに来るであろう自身の従者が訪れる前に、信繁は部屋から出て行った。
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