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第零章 天女の始まり
30 軋轢
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真田屋敷に着くと、徳と千代はてきぱきと妖の傷の手当てをし、佐助は部屋に結解を張ったりなどあわただしく時間が過ぎ去った。
妖の傷は切り傷に擦過傷、打撲など様々であり、幼い体に刻まれるには余りに痛々しいものだった。早く治る様にと念じながら徳は佐助に貰った特性の薬を傷に塗り込む。
初め出会った頃に生えていた黒い羽は今は見当たらず、着替えをさせるにはちょうどいい。身体の汚れなどもきれいに落とし、だいぶ大きいが徳の小袖に着替えさせ、夜着の上に横たわらせる。先ほどの様な荒い呼吸は治まった様だ。
「――それで、あんたはいつまでここにいるつもりだ?」
ある程度落ち着いたため、一呼吸入れようと皆で茶をすすっているのだが、信繁の発言で皆の視線が才蔵に向かう。
「別にいいじゃねぇか。俺ぁしばらくこの屋敷で世話になるぜ。」
「は?却下だ。」
「あぁ!?別にいいじゃねぇか!一人や二人変わんねぇだろ!」
「そもそもなぜあんたがここにいる必要がある。」
「猿飛佐助には負けちまったし、あんたもあんたで武将様の癖に忍術の完成度がすげぇしよ!ほら、技は見て盗めって言うだろ?」
「却下だ。帰れ。」
「即答かよ!…といいうか、妖が起きて暴れだしたら、相手にできるに人数は多いほうがいいんじゃねぇの?」
なぜか案じる様な発言をする才蔵に、信繁の綺麗な柳眉が歪む。
「…あんた伊賀の忍なのだろ?依頼もして無いのにそんなこと言うなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「俺は気の向くまま動くんだよ。まぁ、そのうち依頼が来たら出ていくけどな。」
「…伊賀のやり方は全く理解できませぬ。」
「んだと、ちび。俺からしたらおめぇらのほうが理解できねぇよ。一人の主に忠誠を誓うって?はんっ!自由がねぇし、自分の意志ってもんはねぇのかよおめぇら。」
「徳様を選んだということが私の意志なのだ!おまえみたいに仕えたいと思う主がいないなど、悲しく寂しい人生を歩んでおらんのだ!」
「まぁまぁ、落ち着きなって二人とも。忍にとってこの話題が一番時間の無駄だから。」
「…伊賀とか甲賀とか、何なんですか?」
千代と才蔵は反りが合わないらしい。出会った時からお互いがお互いを貶し合っているというか、口を開けば喧嘩しかしていない。そんな二人を横目に、徳は先ほどから出てくる単語について尋ねた。
「…んー、なんというか、伊賀の里と甲賀の里っていうい二つの忍の里が山を隔ててあってさ、近いからお互い仲はまぁまぁ良いし協力してやっていってるんだけど、働き方の根本が違うっていうか、そこだけが相容れないんだよねー。」
佐助が眉を八の字にして苦笑いで答える。
「おれたち甲賀忍者は一人の主に仕えるのが基本で、主が決まればほとんどの忍が里から抜けてばらばらに過ごすようになるけど、伊賀忍者は基本里からの任務で働くから、主は依頼によってころころ変わるんだよ。」
「…だから、今こうやって普通に過ごしていても里からの依頼が来れば、明日俺らに刀を向けているかもしれないということだ。力試しではなく、殺すためにな。」
「え…。」
信繁の淡々とした発言に徳は驚いて才蔵の顔を見る。
「まぁ、そういうことだけど、あんたら強ぇえもんよぉ。だいぶ金詰まれない限りやだね。」
「こういうところが意味が分からんのだ。」
「別にちび助に分かってもらおうたぁ思ってねぇよ。」
「何だと!馬鹿蔵!」
「はいはい。喧嘩しないで。今はあの妖について考えなきゃだから。」
「はっ!…あ、あのー…、…そのことで、信繁様と佐助さんにお話ししたいことがあるんですけど、良いですか…?」
才蔵の話を聞き、驚いていた徳だったが、徳も徳で話さなければならないことがあった。
皆の視線が徳に集まる。だが、徳はと言うと、才蔵が居るこの場で言っても良いのかということが気になっていた。再び視線を才蔵へと向ける。
「あ?なんだよ。」
「いや…、」
「あー。」
佐助がなにやらピンときたようで瞬時に印を結んだ。
「げっ!」
才蔵が声を上げた瞬間、顔に墨で描いたような文字が浮かび上がり、一瞬だけ光ってふわっと消えた。
「これで口止めの術書き換えたから話して大丈夫だよ。」
「だから、言わねーつってんだろ!?つーか、口止めの術の書き換えだと!?んだよそれ!?」
「毎回口止めの術するのって面倒じゃん?だからおれが創ってみた。大丈夫。効果は立証済みだから。」
「はぁ!?…術を創るだと…!?」
「佐助兄さまっ…!私と離れている間にも実力を伸ばされていたのですね…!」
「……おい、そう言う話はあとにしろ…。話が進まん…。」
信繁があきれたように忍三人の会話を止め、徳へ視線を向けた。
「それで?大谷の姫の話を聞こう。」
「はい…。えーっと…、」
どう切り出そうかと徳が悩んでいると、横から千代が顔をのぞかせる。
「…徳様、私から話をしてもよろしいですか?」
「千代…。」
「徳様にも知っていていただきたい話もありますゆえ。」
「…。」
千代は笑顔を浮かべているが、目はいつになく真剣だ。徳は静かに頷く。
「…信繁殿らも知っての通り、今の世は妖にとっては生きにくい世であります…―――。」
昔は妖と人とが共に生活をしていたが、人間は欲が深く、川でしか生活できない妖がいても人間の生活のために川を汚し、森でしか生活できない妖がいても木々を倒し、そして妖が不満を訴えると人間に背いたと妖を阻害し始めた。そのうち妖も人を嫌いだし、自身の居場所を守るために人を攻撃するようになった。
「それからというもの、国によっては敵意のない妖であっても見かけたら殺せと御触れが出ている場所だってあります。…むしろ、そのように考えている人間のほうが多いかもしれませぬ。」
「……そんな…、だって、元はというと人が妖の場所を奪ったのでしょ…?」
「人間はもともと自分と違うものを追いやろうとする排他的な性質がございます。それに、妖は人より強いものが多いのです。人間は力も心も弱い。殺られる前に殺らなければという気持ちが働くのでしょう…。そのため、今の世では妖は人の前に姿を現すことがなくなりました…。」
「――…しかし、越前国では違います。敦賀城を筆頭に、妖も人も協力して生活しております。」
「「…。」」
「は?」
「吉継様の代からですので、越前国全域ではありませんが、ほぼほぼ全域に達します。妖らしく気ままに生きている者もおれば、妖にしかできない働きをして仕事をしている者もおります。」
「…は?妖が仕事…?まじかよ…。」
千代からの話や信繁、佐助、才蔵の驚きのリアクションを見て、徳は敦賀城で妖が普通に生活したり、働いていたりすることは普通なことではないのだと改めて悟る。
また、吉継が領民にどれほど頑張って働きかけたのかが計り知れない。恐怖心を抱いているものを懐に入れ、共に生活していくというのは簡単ではないだろう。
「流石によその国のものには知られるわけにはいかないため、国全体に術がかけられていると聞いています。」
「術?」
「はい。他国のもので、かつ妖を快く思っていない者には、妖は人間のように見えるそうです。」
「…そんなものがあるの…?」
「それについては私も詳しくお聞きしていないため、分からないのですが…。とりあえず、妖には妖なりの良さもありますし、人間よりは純粋なものが多いです。しかし、純粋だからこそ、憎しみを持てば怖い面もある…。
…信繁殿、佐助兄さま、妖をひとまとめに悪く思わないでいただきたいのです。徳様の周りには徳様を慕う妖が多かったのです…徳様があの妖を救おうと思うお気持ちも理解していただきたい…。
――そして徳様、あなたの周りにいた妖は皆徳様に懐いています。しかし、妖が皆あのように善意のみだと思わない方がよろしいのです…。人間が悪いのは十も承知ですが、それゆえ人すべてを嫌っている妖もおります…。」
「……わかった。」
シーンと部屋の中の空気は重い。雨が降った後のじめっとした空気は、徳らにより一層居心地の悪さを感じさせた。
妖の傷は切り傷に擦過傷、打撲など様々であり、幼い体に刻まれるには余りに痛々しいものだった。早く治る様にと念じながら徳は佐助に貰った特性の薬を傷に塗り込む。
初め出会った頃に生えていた黒い羽は今は見当たらず、着替えをさせるにはちょうどいい。身体の汚れなどもきれいに落とし、だいぶ大きいが徳の小袖に着替えさせ、夜着の上に横たわらせる。先ほどの様な荒い呼吸は治まった様だ。
「――それで、あんたはいつまでここにいるつもりだ?」
ある程度落ち着いたため、一呼吸入れようと皆で茶をすすっているのだが、信繁の発言で皆の視線が才蔵に向かう。
「別にいいじゃねぇか。俺ぁしばらくこの屋敷で世話になるぜ。」
「は?却下だ。」
「あぁ!?別にいいじゃねぇか!一人や二人変わんねぇだろ!」
「そもそもなぜあんたがここにいる必要がある。」
「猿飛佐助には負けちまったし、あんたもあんたで武将様の癖に忍術の完成度がすげぇしよ!ほら、技は見て盗めって言うだろ?」
「却下だ。帰れ。」
「即答かよ!…といいうか、妖が起きて暴れだしたら、相手にできるに人数は多いほうがいいんじゃねぇの?」
なぜか案じる様な発言をする才蔵に、信繁の綺麗な柳眉が歪む。
「…あんた伊賀の忍なのだろ?依頼もして無いのにそんなこと言うなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「俺は気の向くまま動くんだよ。まぁ、そのうち依頼が来たら出ていくけどな。」
「…伊賀のやり方は全く理解できませぬ。」
「んだと、ちび。俺からしたらおめぇらのほうが理解できねぇよ。一人の主に忠誠を誓うって?はんっ!自由がねぇし、自分の意志ってもんはねぇのかよおめぇら。」
「徳様を選んだということが私の意志なのだ!おまえみたいに仕えたいと思う主がいないなど、悲しく寂しい人生を歩んでおらんのだ!」
「まぁまぁ、落ち着きなって二人とも。忍にとってこの話題が一番時間の無駄だから。」
「…伊賀とか甲賀とか、何なんですか?」
千代と才蔵は反りが合わないらしい。出会った時からお互いがお互いを貶し合っているというか、口を開けば喧嘩しかしていない。そんな二人を横目に、徳は先ほどから出てくる単語について尋ねた。
「…んー、なんというか、伊賀の里と甲賀の里っていうい二つの忍の里が山を隔ててあってさ、近いからお互い仲はまぁまぁ良いし協力してやっていってるんだけど、働き方の根本が違うっていうか、そこだけが相容れないんだよねー。」
佐助が眉を八の字にして苦笑いで答える。
「おれたち甲賀忍者は一人の主に仕えるのが基本で、主が決まればほとんどの忍が里から抜けてばらばらに過ごすようになるけど、伊賀忍者は基本里からの任務で働くから、主は依頼によってころころ変わるんだよ。」
「…だから、今こうやって普通に過ごしていても里からの依頼が来れば、明日俺らに刀を向けているかもしれないということだ。力試しではなく、殺すためにな。」
「え…。」
信繁の淡々とした発言に徳は驚いて才蔵の顔を見る。
「まぁ、そういうことだけど、あんたら強ぇえもんよぉ。だいぶ金詰まれない限りやだね。」
「こういうところが意味が分からんのだ。」
「別にちび助に分かってもらおうたぁ思ってねぇよ。」
「何だと!馬鹿蔵!」
「はいはい。喧嘩しないで。今はあの妖について考えなきゃだから。」
「はっ!…あ、あのー…、…そのことで、信繁様と佐助さんにお話ししたいことがあるんですけど、良いですか…?」
才蔵の話を聞き、驚いていた徳だったが、徳も徳で話さなければならないことがあった。
皆の視線が徳に集まる。だが、徳はと言うと、才蔵が居るこの場で言っても良いのかということが気になっていた。再び視線を才蔵へと向ける。
「あ?なんだよ。」
「いや…、」
「あー。」
佐助がなにやらピンときたようで瞬時に印を結んだ。
「げっ!」
才蔵が声を上げた瞬間、顔に墨で描いたような文字が浮かび上がり、一瞬だけ光ってふわっと消えた。
「これで口止めの術書き換えたから話して大丈夫だよ。」
「だから、言わねーつってんだろ!?つーか、口止めの術の書き換えだと!?んだよそれ!?」
「毎回口止めの術するのって面倒じゃん?だからおれが創ってみた。大丈夫。効果は立証済みだから。」
「はぁ!?…術を創るだと…!?」
「佐助兄さまっ…!私と離れている間にも実力を伸ばされていたのですね…!」
「……おい、そう言う話はあとにしろ…。話が進まん…。」
信繁があきれたように忍三人の会話を止め、徳へ視線を向けた。
「それで?大谷の姫の話を聞こう。」
「はい…。えーっと…、」
どう切り出そうかと徳が悩んでいると、横から千代が顔をのぞかせる。
「…徳様、私から話をしてもよろしいですか?」
「千代…。」
「徳様にも知っていていただきたい話もありますゆえ。」
「…。」
千代は笑顔を浮かべているが、目はいつになく真剣だ。徳は静かに頷く。
「…信繁殿らも知っての通り、今の世は妖にとっては生きにくい世であります…―――。」
昔は妖と人とが共に生活をしていたが、人間は欲が深く、川でしか生活できない妖がいても人間の生活のために川を汚し、森でしか生活できない妖がいても木々を倒し、そして妖が不満を訴えると人間に背いたと妖を阻害し始めた。そのうち妖も人を嫌いだし、自身の居場所を守るために人を攻撃するようになった。
「それからというもの、国によっては敵意のない妖であっても見かけたら殺せと御触れが出ている場所だってあります。…むしろ、そのように考えている人間のほうが多いかもしれませぬ。」
「……そんな…、だって、元はというと人が妖の場所を奪ったのでしょ…?」
「人間はもともと自分と違うものを追いやろうとする排他的な性質がございます。それに、妖は人より強いものが多いのです。人間は力も心も弱い。殺られる前に殺らなければという気持ちが働くのでしょう…。そのため、今の世では妖は人の前に姿を現すことがなくなりました…。」
「――…しかし、越前国では違います。敦賀城を筆頭に、妖も人も協力して生活しております。」
「「…。」」
「は?」
「吉継様の代からですので、越前国全域ではありませんが、ほぼほぼ全域に達します。妖らしく気ままに生きている者もおれば、妖にしかできない働きをして仕事をしている者もおります。」
「…は?妖が仕事…?まじかよ…。」
千代からの話や信繁、佐助、才蔵の驚きのリアクションを見て、徳は敦賀城で妖が普通に生活したり、働いていたりすることは普通なことではないのだと改めて悟る。
また、吉継が領民にどれほど頑張って働きかけたのかが計り知れない。恐怖心を抱いているものを懐に入れ、共に生活していくというのは簡単ではないだろう。
「流石によその国のものには知られるわけにはいかないため、国全体に術がかけられていると聞いています。」
「術?」
「はい。他国のもので、かつ妖を快く思っていない者には、妖は人間のように見えるそうです。」
「…そんなものがあるの…?」
「それについては私も詳しくお聞きしていないため、分からないのですが…。とりあえず、妖には妖なりの良さもありますし、人間よりは純粋なものが多いです。しかし、純粋だからこそ、憎しみを持てば怖い面もある…。
…信繁殿、佐助兄さま、妖をひとまとめに悪く思わないでいただきたいのです。徳様の周りには徳様を慕う妖が多かったのです…徳様があの妖を救おうと思うお気持ちも理解していただきたい…。
――そして徳様、あなたの周りにいた妖は皆徳様に懐いています。しかし、妖が皆あのように善意のみだと思わない方がよろしいのです…。人間が悪いのは十も承知ですが、それゆえ人すべてを嫌っている妖もおります…。」
「……わかった。」
シーンと部屋の中の空気は重い。雨が降った後のじめっとした空気は、徳らにより一層居心地の悪さを感じさせた。
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