上 下
18 / 71
第零章 天女の始まり

17 懇願(1)

しおりを挟む
「ただいま戻りましたー。」
「戻りました。」
「って言っても、主様はまだ帰ってきてないだろうけどね。」
「…信繁様はどちらに行かれたんですか?」
「うーん…内緒。ってのは冗談で、おれが言って良いのかわかんないから本人に聞いて。」
「…え…。…いえ、やっぱり大丈夫です。」
「そーお?ささ、子猫の様子でもみて信繁様の甘未作るか。」

 先ほど、買い物先で徳が「必要ない」とどんなに主張しても「良いって良いって。」などと言いながらいろいろなものを買い占めた佐助に、徳は大いに振り回されたのを思い出す。

(…掴みどころがないというか…)

 荷物を持ちながら、音もなく廊下を進んでいく佐助の背中を眺めながら、徳は何とも言えない感情でその背中を追いかけた。




にゃー

「おー、偉いね。そのままここに居たんだ。」
「ほんとだ…。猫ちゃんただいまー。」
「この子猫飼うの?」
「うーん…、人様のお宅で猫を飼うっていうのも気が引けるんですが、餌も与えちゃったし…。住み着いちゃうようなら私が責任持って世話をしようかなと…。」
「主様も飼っていいって言ってたんだし、人の家とかは気にしなくて良いんじゃない?それに、子猫居た方が姫さんは気が紛れるでしょ?」
「まぁ、そうかもしれませんが…。うーん…いいんでしょうか…。」
「良いの良いの。まぁ、餌あげようって言ったの俺だけどねぇ。」

 そう言いながらはっぱをひらひらと動かして子猫とじゃれあっている佐助。
(…本当につかみどころがない…――)

 
 子猫と遊んでいる佐助をぼんやりと眺めながら、徳は先ほど心に決めたことを今一度頭の中で反芻した。
(こんなこと頼める立場ではないのは承知の上…。だけど、城に帰っても聞ける人がいないんだから、むしろ今がチャンス…。)






「よし!佐助さん!甘未作るので、かまどの火をお願いしてもいいですか?」
「お、はいよー。」
 子猫と遊んでいた佐助は手を止め、徳を振り返る。なんだかんだ佐助のことをつかみどころがないと思いながらも、気を許していた徳だった。






「どうでしょう!」
「おー。団子だね。」
「はい!みたらし団子です!」
「みたらし団子?みたらし団子って醤油味じゃないの?」
「え?みたらし団子は砂糖醤油じゃ…?」
「いや、初めて聞いたかな。砂糖醤油のみたらし団子かぁ。敦賀城つるがじょうではそうやって食べてたの?」
「ま、まぁ。今までずっと砂糖醤油でした…。基本は醤油だけなんですか?」
「そうだねー。結構おれ各地行くことあるけど、砂糖醤油は聞いたことないなぁ。砂糖なんて高級品だしさ。…あぁ、そっか、吉継殿の愛娘だもんなぁ。吉継様、娘に滅茶苦茶甘そう。」
「いや…。というか、お砂糖使ってもよかったんですか?高級品って…。」
「別にいいんじゃない?主様が台所のもの勝手に使っていいって言ったんだし。」
「…え…。…なんか、佐助さんと信繁様って主従関係っていうか、兄弟とかお友達みたいな感じですね…。」

 そう伝えると佐助はきょとんとした顔をする。そう。2人はリアクションもそっくりなのだ。


「あー、まぁ、出会いが出会いだったし、主様って身分振りかざす感じとかは好きじゃないからね。」
「へー…、そうなんですね。クールだし、馴れ馴れしくしちゃうと、怒っちゃいそうですけどね。」
「くーる?」
「あ、なんというか、冷静っていうか、大人びているというか…。」
「あー、確かにね。基本主様は他人に無関心なところあるっていうか、淡々としているからそんな感じに見えるのかも。でも意外と主様って気になった人とかにはめっちゃ首ツッコんでくるよ。面倒見がいいというか。良すぎというか…。そんでもって、主様は姫さんのこと…――、」



ガラガラガラ



「お、噂をすれば主様帰ってきたね。」



ギクッ

 丁度みたらし団子を作り終わったタイミングで信繁が帰ってきたようだ。徳は図々しくも、刺客ではと疑われながら居座らせてもらっている立場で、信繁に懇願したいことがあるのだ。徳は心の中で自身に活を入れる。
(…よし!頑張れ、徳!女は度胸だ!幸せ実家生活のため頑張れ!)






「お帰り主様ー。」
「お、お帰りなさい。信繁様。」
「なんだ、2人そろって台所で。何か作ってたのか?」
「そうそう。姫さんが主様へ。」
「俺に?」
「んじゃ、姫さんのことは主様に任せて、俺は俺の仕事してくるよー。」
「ちょ、え?佐助さん?」
「じゃぁねー。」

 戸惑う徳を見もくれず佐助は後ろ手に手をヒラヒラと振り立ち去っていった。

「…。」
「…。」
「あ、あの…、実は、みたらし団子を作りまして…。」
「みたらし団子?」
「はい…。あ、でも、私が知ってるみたらし団子と佐助さんが知ってるみたらし団子が違っていまして…。お口に合うか…。」
「大谷の姫がわざわざ作ってくれたのだろう?いただくよ。」

 そう言い、信繁は目じりを下げ雰囲気を和らげ笑顔を作った。

「……。」
(…信繁様ってこんな顔もするんだ…。)

「…?大谷の姫?」
「は!いえ、なんでもありませんっ!…お疲れですよね!お部屋にお持ちしますので、お部屋で寛いでいてください!」
「別に疲れてないからよい。茶を入れて共に向かおう。」
「…あ、はい…。」
 信繁の笑顔に当てられ、思わず徳の頬は熱くなる。見てはいけないものを見てしまったような感覚になり、動悸がとまらない。
 気持ちを落ち着けようとそそくさと信繁に背を向け、存在を消すように団子を皿に移す徳。その横では徳の気持ちなど露知らず、信繁が慣れた手つきで茶を入れるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

旦那様は私に隠れて他の人と子供を育てていました

榎夜
恋愛
旦那様が怪しいんです。 私と旦那様は結婚して4年目になります。 可愛い2人の子供にも恵まれて、幸せな日々送っていました。 でも旦那様は.........

処理中です...