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第零章 天女の始まり
14 振り回される
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「よし!いい感じじゃない?」
目の前には鮎の塩焼き、ナスとピーマン、鶏肉の甘酢炒めと味噌汁が綺麗に皿に盛りつけられていた。鮎の塩焼きは佐助作だ。佐助曰く、鮎を食べなければ一日が始まらないらしい。そのほかの料理は徳が作ったのだが、本音を言えば甘酢炒めは油で揚げたかったのだが、油を大量に使ってしまうため焼くだけに留めておいた。
「おおー。すごいね姫さん。予想以上においしそう。」
「でしょ?私だってやればできるのよ。」
「はは。自画自賛だね。ほんと、姫とは思えない出来。」
「…………はは。」
先ほどまで朗らかに穏やかに料理をしていた二人だが、佐助の一言で徳はギシリと固まった。ニコニコと笑顔を浮かべる佐助だが、徳は冷や汗が止まらない。やはり『お姫様』は料理などしないのか。なんとかから笑いを返し、徳は佐助からの視線から逃げるように台所の入り口まで移動する。
「の…、信繁様に声掛けてこようかな~…。」
「主様の部屋に居ると思うよ。」
「は~い…。呼んできまーす…。」
「…。」
徳が台所から消えると佐助は笑みを消し、徳の作った料理を見つめた。
徳は廊下へ出ると、信繁の自室へと向かう。
(あ~、やっちゃったかなぁ~。佐助さんの目って優しそうだけど、…なんだろう。すごく中身まで見られているというか、探られてるというか、鋭いというか…、CTスキャンみたいな…?)
徳はドギマギと早鐘が鳴る心臓を落ち着けながら歩みを早める。日はどんどん昇り、気温上昇し始めた。屋敷の庭では蝉が元気に鳴いている。
にゃー
にゃー
――いや、鳴いているのは蝉だけではない様だ…。
近くで子猫の鳴き声が聞こえる。しかも、だいぶ切羽詰まったような…
「――どうしよう…。」
(…信繁様に声をかけなきゃだけど……)
子猫の切実な鳴き声に負け、徳は言い訳を胸中で述べながら中庭へ降りた。鳴き声が聞こえるほうへ移動すると、庭に植えられている桜の木の上から聞こえているようだ。
「おーい。どこにいるのー?」
にゃー
にゃー
(んー?このあたりな気がするけど…登ってみる…?)
松が居れば「はしたない!」とすごい剣幕で怒られそうだが、今はいない…。それに、徳の中では礼儀作法よりも切羽詰まった子猫のほうが優先順位は高かった。
「よし!」
にゃー
にゃー
「居た!ってか小っちゃ!」
木の中腹まで登り、鳴き声が聞こえる枝先を確認してみると、生まれて数か月ぐらいではないかと思われるほど小さな猫が、枝の先でプルプルと震え縮こまっていた。
「おーい。こっちにおいで。」
声をかけるが、徳の存在に気づいた子猫は、徳の思惑とは裏腹に徳から逃げ、どんどん枝先へと向かってしまう。
「ちょっ!だめだよ。そっちは!」
(ダメだ…。完璧警戒しちゃってる…。)
子猫だから進める幅だが、徳が進めるのはあと数センチしかない。
(とりあえず…)
徳は枝が折れなさそうなぎりぎりのところまで進み、手を伸ばして子猫に近づく。――が、
シャー!
「…大丈夫。大丈夫。怖くないから。」
「痛てっ…、……大丈夫だよ。こっちおいで。」
徳が近づけば近づくほど子猫の警戒は増し、触れられそうな距離まで近づくと子猫は徳の指をひっかき、さらに枝の先へと進んでしまった。ひっかかれた指から血が滲む。しかし、徳は気にせずそのまま子猫へ手を伸ばした。
にゃー…
――すると、先ほどの様子から一変、まるで徳をひっかいてしまったことを申し訳なく思っているかのように、しゅんっと子猫の警戒が弱まった。
「そう!そのままUターンするか、バックしておいで!」
子猫が振り返り徳の手に近づこうとした。その時――
「危ない!」
子猫が足を滑らせてしまったのだ。徳はとっさに身体を伸ばし子猫を確保することに成功する。成功はしたが…――
(あ…、)
バキッドサドサッ!!
「痛ったー…。」
(…ん?)
徳は子猫を胸に抱えたまま地面へと落下したはずだ。しかし、予想していた痛みとはまた違う痛みが。
「ひぃっ!」
「――…大谷の姫はだいぶじゃじゃ馬のようだな。…何年も臥せっていたとは思えん。」
「ごっ!ご、ごめんなさい!?」
地面に落ちたと思ったが、なぜか信繁にお姫様抱っこの形で抱きかかえられていた。徳は条件反射で謝罪する。
(なっ!ナニコレ!?ナニコレ!?ナンナノ!?)
「…暴れるな。危ない。」
羞恥にじたばたと暴れる徳を静かに叱責し、信繁は訝し気な表情を浮かべながら徳を地面へと降ろす。
「…屋敷から逃げるのかと思い来たものの、そうでもなさそうだな。…仮にも姫なのであろう…。木の上で何をしていたのだ。」
にゃー
「…?」
「え、…えーっと、こ、子猫がですね、木から降りられなくなっておりましてですね…。」
「…それで登ったと…。」
「…はい…。」
「…。」
(いたたまれない…!沈黙がいたたまれない…!でも、子猫を見過ごすこともできなかったしぃ!…はい、ごめんなさい。そうですよね。姫は木に登らないですよね!でも、私はこういう人間なんだよー!自分でも姫要素ゼロだと思ってるよ!…あれ?それよりも、信繁様大丈夫…?私の体重+勢いがあるから、信繁様への衝撃は相当すごかったんじゃ…、え、どうしよう!?骨折れてたりしたら!?)
頭の中で言い訳や逆切れが始まり、混乱する徳を無視し、信繁の視線は徳の表情から徳の手の中の子猫へ、そして徳の指へと移った。その視線の先では子猫がペロペロと指の傷口を舐めている。
「…血が出ているぞ…。」
「へ?あ、あぁ…。…さっき少しひっかかれて…。でも、別に大したこと…――。」
「見せてみろ。」
「…。」
――ペロっ
「はいッ!?」
信繁は徳の手を握り顔に手を近づけたと思えば、あろうことか傷ついている中指を子猫同様舐めたのだ。
「み!み!…見せてみろって!見せてみろって言ってたじゃないですか!?」
「…?ちゃんと見た。まだ出てる。」
(いやいやいやっ!あんたの唾液は血小板か!?)
ペロ
「うひゃぁ!」
「止まらんな。」
血がじわッっと滲み出し、再度信繁に舐めらとられる。その仕草があまりにも艶めかしすぎて胸の早鐘が止まらない。信繁の口から赤い熟れた果実のような舌が顔を出し…――
―――バチッ
信繁と目があった。上目遣いで徳を覗き込む視線。2人の瞳が交わる。
「ごっ!」
「…?」
「ご、ご飯です!!佐助さんが待ってるので行きますよっ!ではっ!」
目が合った瞬間徳の心臓は一際強く収縮し、火照っていた頬はより一層羞恥の熱が広がる。握られていた手を勢いよく引き抜き、一呼吸で叫ぶと徳は子猫を抱えたまま信繁を残し屋敷へ向かって猛ダッシュしてその場から逃げた。
(なにあのイケメン…!なにあのイケメンっ…!
天然のたらしなの!?ってか、人の血は舐めてはいけませんよね!?危険ですよね!学校で習いますよね!?)
徳は世間的に見ればとても整った顔でスタイルもよく、モテる部類に入っているはずなのだが、実はいうと今まで一度も異性からアプローチをかけられたこともなければ、同年代の異性と親しくなったことがなかった。朱里には『あんたは高嶺の花なんだよ』と言われていたが、ここまで異性と関わりがなければ徳からしたらお世辞にしか聞こえない。
――と、前の世界でのことは置いといて、つまり、徳は同年代の異性との接触はほぼなかったし、青春や色恋なんて無縁だったのである。
「あれ?戻ってこなくて良かったのに。あとはお箸持っていくだけだよ。」
「…。」
「…?聞こえてる?」
「…。」
食事をする部屋も通り過ぎ、徳は台所まで出戻っていた。先ほどは佐助から逃げるように離れたくせに、だ。
「…ん?姫さん、顔赤くない?」
「……。」
「おーい。」
(なんなのあのイケメンっーーー!!!)
徳は羞恥で身悶え、しばらくの間佐助の存在に気づくことはなかった。
目の前には鮎の塩焼き、ナスとピーマン、鶏肉の甘酢炒めと味噌汁が綺麗に皿に盛りつけられていた。鮎の塩焼きは佐助作だ。佐助曰く、鮎を食べなければ一日が始まらないらしい。そのほかの料理は徳が作ったのだが、本音を言えば甘酢炒めは油で揚げたかったのだが、油を大量に使ってしまうため焼くだけに留めておいた。
「おおー。すごいね姫さん。予想以上においしそう。」
「でしょ?私だってやればできるのよ。」
「はは。自画自賛だね。ほんと、姫とは思えない出来。」
「…………はは。」
先ほどまで朗らかに穏やかに料理をしていた二人だが、佐助の一言で徳はギシリと固まった。ニコニコと笑顔を浮かべる佐助だが、徳は冷や汗が止まらない。やはり『お姫様』は料理などしないのか。なんとかから笑いを返し、徳は佐助からの視線から逃げるように台所の入り口まで移動する。
「の…、信繁様に声掛けてこようかな~…。」
「主様の部屋に居ると思うよ。」
「は~い…。呼んできまーす…。」
「…。」
徳が台所から消えると佐助は笑みを消し、徳の作った料理を見つめた。
徳は廊下へ出ると、信繁の自室へと向かう。
(あ~、やっちゃったかなぁ~。佐助さんの目って優しそうだけど、…なんだろう。すごく中身まで見られているというか、探られてるというか、鋭いというか…、CTスキャンみたいな…?)
徳はドギマギと早鐘が鳴る心臓を落ち着けながら歩みを早める。日はどんどん昇り、気温上昇し始めた。屋敷の庭では蝉が元気に鳴いている。
にゃー
にゃー
――いや、鳴いているのは蝉だけではない様だ…。
近くで子猫の鳴き声が聞こえる。しかも、だいぶ切羽詰まったような…
「――どうしよう…。」
(…信繁様に声をかけなきゃだけど……)
子猫の切実な鳴き声に負け、徳は言い訳を胸中で述べながら中庭へ降りた。鳴き声が聞こえるほうへ移動すると、庭に植えられている桜の木の上から聞こえているようだ。
「おーい。どこにいるのー?」
にゃー
にゃー
(んー?このあたりな気がするけど…登ってみる…?)
松が居れば「はしたない!」とすごい剣幕で怒られそうだが、今はいない…。それに、徳の中では礼儀作法よりも切羽詰まった子猫のほうが優先順位は高かった。
「よし!」
にゃー
にゃー
「居た!ってか小っちゃ!」
木の中腹まで登り、鳴き声が聞こえる枝先を確認してみると、生まれて数か月ぐらいではないかと思われるほど小さな猫が、枝の先でプルプルと震え縮こまっていた。
「おーい。こっちにおいで。」
声をかけるが、徳の存在に気づいた子猫は、徳の思惑とは裏腹に徳から逃げ、どんどん枝先へと向かってしまう。
「ちょっ!だめだよ。そっちは!」
(ダメだ…。完璧警戒しちゃってる…。)
子猫だから進める幅だが、徳が進めるのはあと数センチしかない。
(とりあえず…)
徳は枝が折れなさそうなぎりぎりのところまで進み、手を伸ばして子猫に近づく。――が、
シャー!
「…大丈夫。大丈夫。怖くないから。」
「痛てっ…、……大丈夫だよ。こっちおいで。」
徳が近づけば近づくほど子猫の警戒は増し、触れられそうな距離まで近づくと子猫は徳の指をひっかき、さらに枝の先へと進んでしまった。ひっかかれた指から血が滲む。しかし、徳は気にせずそのまま子猫へ手を伸ばした。
にゃー…
――すると、先ほどの様子から一変、まるで徳をひっかいてしまったことを申し訳なく思っているかのように、しゅんっと子猫の警戒が弱まった。
「そう!そのままUターンするか、バックしておいで!」
子猫が振り返り徳の手に近づこうとした。その時――
「危ない!」
子猫が足を滑らせてしまったのだ。徳はとっさに身体を伸ばし子猫を確保することに成功する。成功はしたが…――
(あ…、)
バキッドサドサッ!!
「痛ったー…。」
(…ん?)
徳は子猫を胸に抱えたまま地面へと落下したはずだ。しかし、予想していた痛みとはまた違う痛みが。
「ひぃっ!」
「――…大谷の姫はだいぶじゃじゃ馬のようだな。…何年も臥せっていたとは思えん。」
「ごっ!ご、ごめんなさい!?」
地面に落ちたと思ったが、なぜか信繁にお姫様抱っこの形で抱きかかえられていた。徳は条件反射で謝罪する。
(なっ!ナニコレ!?ナニコレ!?ナンナノ!?)
「…暴れるな。危ない。」
羞恥にじたばたと暴れる徳を静かに叱責し、信繁は訝し気な表情を浮かべながら徳を地面へと降ろす。
「…屋敷から逃げるのかと思い来たものの、そうでもなさそうだな。…仮にも姫なのであろう…。木の上で何をしていたのだ。」
にゃー
「…?」
「え、…えーっと、こ、子猫がですね、木から降りられなくなっておりましてですね…。」
「…それで登ったと…。」
「…はい…。」
「…。」
(いたたまれない…!沈黙がいたたまれない…!でも、子猫を見過ごすこともできなかったしぃ!…はい、ごめんなさい。そうですよね。姫は木に登らないですよね!でも、私はこういう人間なんだよー!自分でも姫要素ゼロだと思ってるよ!…あれ?それよりも、信繁様大丈夫…?私の体重+勢いがあるから、信繁様への衝撃は相当すごかったんじゃ…、え、どうしよう!?骨折れてたりしたら!?)
頭の中で言い訳や逆切れが始まり、混乱する徳を無視し、信繁の視線は徳の表情から徳の手の中の子猫へ、そして徳の指へと移った。その視線の先では子猫がペロペロと指の傷口を舐めている。
「…血が出ているぞ…。」
「へ?あ、あぁ…。…さっき少しひっかかれて…。でも、別に大したこと…――。」
「見せてみろ。」
「…。」
――ペロっ
「はいッ!?」
信繁は徳の手を握り顔に手を近づけたと思えば、あろうことか傷ついている中指を子猫同様舐めたのだ。
「み!み!…見せてみろって!見せてみろって言ってたじゃないですか!?」
「…?ちゃんと見た。まだ出てる。」
(いやいやいやっ!あんたの唾液は血小板か!?)
ペロ
「うひゃぁ!」
「止まらんな。」
血がじわッっと滲み出し、再度信繁に舐めらとられる。その仕草があまりにも艶めかしすぎて胸の早鐘が止まらない。信繁の口から赤い熟れた果実のような舌が顔を出し…――
―――バチッ
信繁と目があった。上目遣いで徳を覗き込む視線。2人の瞳が交わる。
「ごっ!」
「…?」
「ご、ご飯です!!佐助さんが待ってるので行きますよっ!ではっ!」
目が合った瞬間徳の心臓は一際強く収縮し、火照っていた頬はより一層羞恥の熱が広がる。握られていた手を勢いよく引き抜き、一呼吸で叫ぶと徳は子猫を抱えたまま信繁を残し屋敷へ向かって猛ダッシュしてその場から逃げた。
(なにあのイケメン…!なにあのイケメンっ…!
天然のたらしなの!?ってか、人の血は舐めてはいけませんよね!?危険ですよね!学校で習いますよね!?)
徳は世間的に見ればとても整った顔でスタイルもよく、モテる部類に入っているはずなのだが、実はいうと今まで一度も異性からアプローチをかけられたこともなければ、同年代の異性と親しくなったことがなかった。朱里には『あんたは高嶺の花なんだよ』と言われていたが、ここまで異性と関わりがなければ徳からしたらお世辞にしか聞こえない。
――と、前の世界でのことは置いといて、つまり、徳は同年代の異性との接触はほぼなかったし、青春や色恋なんて無縁だったのである。
「あれ?戻ってこなくて良かったのに。あとはお箸持っていくだけだよ。」
「…。」
「…?聞こえてる?」
「…。」
食事をする部屋も通り過ぎ、徳は台所まで出戻っていた。先ほどは佐助から逃げるように離れたくせに、だ。
「…ん?姫さん、顔赤くない?」
「……。」
「おーい。」
(なんなのあのイケメンっーーー!!!)
徳は羞恥で身悶え、しばらくの間佐助の存在に気づくことはなかった。
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